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第756話 「幕間 アデライドの喜び」

 8月5日ブランデル邸ルウの書斎……


 今日のフランは完全休養日である。

 8日からは夏期講習を皮切りに学園の行事が目白押しなので、身体を休める日に充てたのだ。


 ロドニアから戻ってからも、すぐに冒険者クランステッラのクランメンバーとしてバートランドに飛び、そこから辺境の村タトラにおいてのミッションクリア。

 そして最後にブシェ商会の商隊護衛のミッションが、予想もつかなかった大捕り物になってやっと昨日ケリがついたのであった。


 フランが屋敷で休養していると聞いて、彼女の身体を心配したアデライドが久々にブランデル邸を訪ねたのだ。

 在宅していた他の妻達は気を遣ってくれ、2人きりで内々の話をして、終わったら声を掛けてくれとそれぞれ自室に篭もったのである。


 ちなみにルウは外出していた。

 妻達のうち結婚したばかりの何人かを連れて、セントヘレナの街中へ出たという。

 母娘だけで話すようにとの他の妻達の気遣い、そしてルウの外出……

 そのような理由で、いつもなら開放的な大広間で話すのに今日はルウの書斎で話しているのだ。


「お母様、かけて下さい」


「ありがとう!」


 とんとんとん!


 フランとアデライドが肘掛け付き長椅子ソファに座ったと同時に、リズミカルにノックがされる。


「はい!」


 フランが声を掛けると、ノックをしたのはお茶を運んで来たソフィアである。


「失礼します」


 笑顔を見せるソフィアを見て、ついぼうっとしてしまうアデライド。

 アデライドに対しても、厳秘という条件でソフィアが旧魔法帝国の遺産である自動人形オートマタである事は教えられていた。

 古代人工遺物アーティファクトの中でも究極ともいえる技術を反映した存在が目の前に居るのだ。

 魔法オタクと娘にからかわれる魔法研究の鬼に我慢をしろというのが酷なのである。


「どうぞ、奥様!」


 ソフィアの声でハッと我に帰ったアデライドもぎこちない笑顔を見せた。

 アデライドもソフィアの過去を知っている。

 ※第432話参照

 

 もし自分がこのような存在であれば、過去を探られる事がどんなに辛いか、アデライドは自分に置き換えて理性という鎖で自分を縛っていたのである。

 ましてやソフィアは人間だ。

 断じて実験材料などではない。


「あ、あら、ありがとう!」


 アデライドにそっと出されたのはキンキンに冷やされた硝子の器に注がれた、これまた冷たい紅茶である。


「うわぁ、涼味たっぷりね。ありがとう、ソフィア」


 アデライドは素直に礼を言う。

 紅茶の入った硝子の器は少し前にルウとフランがバートランドからのお土産として屋敷へ持ち込んだものである。


「では失礼します」


「ありがとう!」


 アデライドの感謝の言葉を聞いて、ソフィアもにこっと笑って扉を閉めたのだ。

 笑顔は普通の人間と全く変わらなかった。

 ソフィアが部屋から出た後、アデライドは大きく溜息を吐く。


「やっぱり……凄いわ……まったく自動人形に見えない……」


「お母様……駄目よ」


 母のその言葉だけで意味を理解したフランは自制を促した。

 フランの言葉は穏やかであったが、母を見詰める視線は強い。


「分かっているって!」


 アデライドが苦笑すると、フランも釣られて笑顔を見せた。


「もう! すぐオタク心丸出しにするんだから」


「まあ、オタクって何? 好奇心旺盛といい直して頂戴」


「はいはい」


 2人は改めて見つめあう。


「お母様、何か久し振りって感じね」


 久し振りに会う娘を見てアデライドは何かが違うと感じている。

 そんな違和感を併せて飲み込むように、アデライドは紅茶を含んだ。


「そりゃそうよ。だってお前達ったらロドニアから帰った途端に、冒険者になってバートランドまで行ってしまうんだもの」


「考えられないような強行軍ではっきり言って疲れたわ……でも凄く楽しかった!」


 遠い目をして語るフラン。

 1ヶ月足らずの日々で様々な街を訪れ、様々な人達に会った。

 楽しい体験も、悲しい体験もした。

 今となっては全てが素晴らしい財産である。


 穏やかに、そして堂々と……

 そんな愛娘を見たアデライドは「ほう」と息を吐いた。


「お前……とても逞しくなったわ」


「そう? 自分じゃ全然分からないわ」


 フランは不思議そうに首を傾げる。

 アデライドは感心しきりだ。


「確かに成長したわよ、フラン。自信を持ちなさい」


 アデライドが太鼓判を押すと、何故かフランは笑う。


「うふふ」


「何、その笑いは?」


 今日のフランは余裕綽々だ。

 しかし、笑った理由わけを母に聞かれたフランは何故か口篭った。


「うん、お母様に褒められるのは嬉しいんだけど……」


「だけど?」


「ええ、最近はお母様より、旦那様に褒められる方が嬉しいの」


 何?

 この子?


 アデライドは呆れてまじまじと愛娘の顔を見てしまった。

 しかし同時に可笑しさもこみあげて来る。

 ルウとフランは仲が良いどころではない。

 単なる夫婦を超えた間柄なのだ。


 アデライドはちょっと意地悪をしたくなった。


「へぇ! じゃあもう私のアドバイスなんか不要ね」


「えええっ! そんなぁ」


「うふふ、良いのよ。貴女とルウがすご~く仲が良くてご馳走様って感じね」


「えへへ……」


 嬉しそうなフランを見たアデライドは気になっていた事を聞いてみる。

 これだけ大所帯になったブランデル家の人間関係の事だ。


「他の子達とはどうなの?」


「うん、バッチリよ!」


 即答するフランに、アデライドは確認するように妻達の名前をあげて行く。


「ええと……私が知っている限りでは、モーラルちゃん、ジゼル、ナディア、オレリー、ジョゼフィーヌ、リーリャだったっけ……」


「うふふ! もう3人増えているわ。アリス、ラウラ、そしてミンミね……今の妻は私を入れて10人!」


「ええっ? ラウラはあのラウラさんでしょ? ミンミって? ……ああ、新しく来たギルドマスターさんね、アールヴの……それで、アリスって?」


 アデライドは顔と名前が一致しない。

 しかしフランは笑顔で答える。


「お母様も知っている子よ。ほら、お屋敷で使用人をしている子」


「え? あ、ああ、あの子ね。……でも妻が10人!? ……凄いわね、ルウも」


「まだ増えるわ。婚約者も居るから」


 フランは平然と言い放つ。


「え? 婚約者?」


「ええ、ロドニア騎士団長の娘さんでエレオノーラ、そしてあのマリアナさんも」


 フランが更に名前をあげると、アデライドは大袈裟に肩を竦めた。


「……呆れた! ほんと昔の王様みたいに後宮に100人! も現実味を帯びてきたわね」


「うん! どんと来いって感じよ」


 フランはそう言うと、本当に自分の胸を叩いた。

 彼女はやはり堂々としている。

 アデライドはその時にはっきり分かったのだ。

 フランはやはり変わったのだと。


「フラン……」


「私、楽しみなの。皆、姉妹って感じで仲が良いのよ。同志って感じなの」


「フラン……お前が凄く強くなった理由のひとつが分かったわ」 


「え? お母様、何か言った?」


「何でもない! さあジゼル達を呼んであげましょう。お前から旅の話を聞きたくて仕方がないのでしょう」


「あ、分かるんだ」


「分からいでか!」


 アデライドは誇らしかった。

 フランもジョルジュも、もう1人前の大人なのだと。


 私と貴方の子供達はこんなに強く逞しくなった!

 アデライドは遠い空へ居る夫へまたも語りかけていたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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