第748話 「揺るぎない覚悟」
ドゥメール伯爵邸、大広間……
アルマン、ドミニク、そしてアンナのブシェ家の3人は先程から落ち着かなかった。
一旦、客室へ通されると、間も無くこの大広間に通されて、ここで待つように言われたのである。
ここまで来たらアルマンはさすがに覚悟を決めていた。
と、同時にもう割り切っていたのである。
自分にとってひとり娘のアンナは確かに可愛い。
そして祖父、父と3代続いて来たブシェ商会を潰すのも惜しい。
アルマンにとっては今迄貫いて来た自分の生き方そのものだからだ。
だが自分を含めて家族の『命』には代えられない。
それに今回ブシェ商会が負った負債も、このドゥメール伯爵家に援助して貰えるかもしれない。
その為にはアンナをあの少年へ一種の『人身御供』として差し出すのも仕方がないと割り切ったのだ。
このヴァレンタイン王国で王族に次ぐ名家はいくつかある。
その筆頭がドゥメール家である。
本家はエドモンの居るバートランドにあり、王都セントヘレナにあるこのドゥメール伯爵家は分家ではあるが、この王国の開祖バートクリードの血を引く名門中の名門なのだ。
そんな名家の御曹司がアンナを見初めた?
冷静に考えたらどうしても信じられなかった。
どうみても釣り合わない。
正夫人などは無理に決まっているのだ。
良くて第二夫人、まあせいぜい妾という話になるだろう。
ここでアルマンはとんでもない想像をした。
もしやアンナのお腹にはあの少年の子が宿っているのでは……
そう考えると全て辻褄が合うのだ。
まあその時はその時だ。
たっぷり伯爵家から金を貰った上で、その子を新生ブシェ商会の跡取りにすれば良い。
非嫡出子ではあっても名門ドゥメールの血を引く子供なのだ。
悪い扱いは受けまい。
うん!
どう転んでも悪くはない。
しかしここまで考えるとアルマンは急に不安になって来た。
馬車でこの屋敷に着くまで妻に止められるのも構わず、ずっとジョルジュを罵倒し続けてしまったからである。
アンナの父、すなわち妻の父としては最悪の印象に違いない。
そう考えるとアルマンはだんだん胃が痛くなって来た。
「う~」
「大丈夫ですか? 貴方」
「お父様……」
ドミニクとアンナが、呻くアルマンを心配そうに見詰める。
「だ、大丈夫だ……」
ここで傍らに控えていたジーモンが高らかに声をあげた。
「お客様方、奥様とジョルジュ様がおなりになりました」
アルマン達が見ると階上の部屋から出て来たアデライドとジョルジュが並んで歩いて来るのが見えた。
アデライド・ドゥメール伯爵。
かつて舞姫と呼ばれた天才魔法使い、そして魔法大学の学長を長く務めた後、今は娘アンナの通うヴァレンタイン魔法女子学園の理事長……
アンナはともかくブシェ夫妻にとっては久々の対面となる。
平民の2人からしれみれば、とりあえず礼を尽くさなければならない。
それにアデライドにとってはブシェ商会の事件など直接関係が無い。
敢えて言えば、学園の生徒が遭遇した私的なトラブルであるのだから。
アデライドは陽気という性格だとは巷へ伝わっていない。
それどころか彼女はヴァレンタイン王国では畏怖される存在であった。
普段は優しくて穏やかだが、一旦怒らせると怖い!
彼女のイメージは10年前の大破壊の際に獰猛な二足竜を1人であっさりと3頭も屠った事で更に怖いというイメージに拍車をかけていたのである。
しかし意外であった。
アデライドはブシェ一家へきさくに挨拶をしたのである。
まるで親しい友人にするかのように。
「あら! ご無沙汰しています。アルマンさん、ドミニクさん」
逆に緊張していたアルマンとドミニクは直立不動で挨拶をしてしまう。
「は、はい! 伯爵閣下!」
「ご機嫌麗しゅう、伯爵閣下!」
「そんな他人行儀な言葉遣いはやめましょう。アデライドと呼んで下さい」
「そんな伯爵閣下!」
「とんでもありません!」
そんな中、アンナだけが違う呼び方をしたのである。
「理事長! ごきげんよう!」
「うふふ、アンナ。ごきげんよう!」
ここで言葉を発したのがジョルジュである。
「母上、あまり時間がありません。早速話を始めましょう」
「ええ、良いわよ」
アデライドが快諾すると、ジョルジュはジーモンをじっと見詰めた。
「ジーモン! 悪いが、使用人と一緒にこの大広間には暫く近付かないでくれるかな」
「かしこまりました」
ジョルジュは家族のみの話とし、人払いをしたいのであろう。
ジーモンはジョルジュの意図をすぐ察したらしい。
深く一礼して、屋敷の使用人達を連れて奥へ引っ込んだのだ。
「アルマンさん、今回の事件に関しては全て母であるアデライドに話しました。そして本題に入る前にここで改めて宣言させて頂きます」
ジョルジュは一同を見渡した後、アンナをじっと見詰めた。
「アンナ! 僕のお嫁さんになって欲しいんだ。僕と結婚してください」
「はいっ!」
「……」
「……」
ジョルジュのプロポーズが出たが、何故かアデライドは動じていない。
しかしジョルジュに臆する余裕はない。
「母上、これでアンナは僕の妻です、家族です。ここまでは宜しいですか?」
「ふふふ、良いわよ」
アデライドが頷いたのを見ると、ジョルジュは話を続けた。
「ということは母上とアンナ、そしてアルマン父さん、ドミニク母さんも家族になります。家族は助け合うものです」
「ふふ、それで……」
「ここで先程の話に戻ります。ブシェ商会の借金は都合、約金貨50万枚※です。これを我がドゥメール家で肩代わりしていただけませんか?」
ジョルジュは一気に本題に入った・
「!!!」「!!!」「!!!」
大広間に緊張が走る。
しかしアデライドの答えはつれないものであった。
「うふふ、では私も改めて言いましょう。普通に考えれば、無理。そして貴方を担保にすると言っても今の貴方には金貨50万枚の価値などないわ」
「はい! そう来ると思っていましたのでまずは僕の覚悟を見せます」
アデライドの答えはジョルジュにとって想定内だったらしい。
ジョルジュは、いきなり立ち上がって、床へ膝を突いた。
「え!?」
「えええっ!?」「ま、まさかっ!」「そんな!」
さすがのアデライドも驚く。
それ以上に驚いたのがアンナ、そしてブシェ夫妻であった。
息を呑む一同の前でジョルジュはそのまま……土下座したのである。
貴族が、しかもヴァレンタインのトップクラスの貴族が土下座したのである。
誇りと名誉の中で生きるのが貴族……なのに。
「や、やめてぇっ!!!」
アンナの悲鳴が響く。
「ジョルジュ! そんな! あ、貴方にそんな事までさせたくないっ! 良いの! 私達が何とかお金を返します!」
アルマンも呆然としている。
そして同時に大きな後悔が襲って来たのだ。
私は……
私は……
何て……馬鹿なんだ!
自分にここまでの覚悟があったのか?
状況を打開する為に、この少年のような覚悟を見せたのか?
しかし事態は思わぬ展開を見せる。
「ジョルジュ! 甘いわ、いくらお前が土下座をしようが、金貨50万枚は出せません」
絶望的ともいえるアデライドの冷たい声が、ここ大広間に響いたのであった。
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