第745話 「アンナの告白」
「どうしたら……これから、一体どうしたら良い?」
アルマン・ブシェは独り言ちる。
しかしセルジュは既に部屋を出ており、返事をするものは居なかった。
「ううう……糞っ! 皆、私を裏切りおって!」
頭を抱えて、呪詛の言葉を吐くアルマンではあったが、これこそ因果応報である。
商会の社員を人間扱いせず、利益と効率のみを追い求めた事で商会の結束は乱れてしまっていた。
商品横領という身内の社員が行った理不尽な犯罪とはいえ、今迄の自分の行動が跳ね返って来たとも言えるのだ。
しかも始末が悪い事にアルマン自身にその自覚がないことが更に不幸を呼んでいる。
セルジュが部屋を出て、更に時間が経った。
既に陽は西へ傾いている。
窓から射す夕陽が部屋を赤く染めていた。
いきなり扉が開く。
「貴方!!!」
「お父様!!!」
「…………」
部屋に入って来たのは、アルマンの妻ドミニクと娘のアンナだ。
椅子に座り、頭を抱えて俯いたままのアルマンは妻子の方を見ようともしなかった。
ドミニクが心配そうに、夫へ呼び掛ける。
「貴方! セルジュから全て聞きました。このままではブシェ商会が危機に陥ると!」
ドミニクに続いてアンナも父へ呼び掛けた。
「お父様!」
しかしアルマンは顔をあげず、ぽつりと呟く。
「……このままではどころか……もうお終いだ」
「え!? 貴方!」
ドミニクは思わず大声をあげそうになった。
手で口を押さえている。
そこまで事態が切迫しているとは思わなかったからだ。
アルマンは力なく首を横に振った。
「打つ手を全て打ったが、万策尽きた。親戚も親しい同業者も助けてはくれん! ブシェ商会は……確実に破産する。もう……お終いさ」
「お父様……」
心配する妻子の声を聞いたアルマンに、ある怖ろしい決意が生まれた。
それは……
「ああ、もう生きていても仕方がない! こうなったらお前達、私と一緒に死んでくれ!」
自死をしようというアルマンに、ドミニクとアンナは驚愕した。
アルマンは真剣だ。
本当に……ブシェ家は終わりなのだと。
「貴方!!!」
「お父様!!! 何て事を!!!」
必死に翻意を促す妻と娘であったが、アルマンの決意は固いようだ。
「本気だ! さあ!」
「お父様! 何も手立てが無いのならジョルジュに、ジョルジュに相談したいの! 彼ならきっと助けてくれる!」
鬼気迫るアルマンを見て、アンナが叫ぶ。
大きく息を吸い込むと一気に捲くし立てたのだ。
自死にしか目が向いておらず、目をぎらぎらさせていたアルマンは思わず拍子抜けした。
全く聞いた事の無い男の名が娘から飛び出したからだ。
「ジョルジュ? それは……一体、誰だ? ド、ドミニク知っているか?」
「いいえ! 全く! アンナ……お前」
母ドミニクも大きく目を見開いている。
驚く両親へアンナはきっぱりと言い放つ。
「ジョルジュは私の……大好きな男性よ!」
愛娘の思わぬ告白にアルマンはわけも分からず混乱してしまう。
「お前の大好きなって……お前にそんな相手が居たのか? あ!? いい、いつか街で会っていたという男だなっ! ゆゆゆ、許さんぞ!」
逆にアンナは隠れて交際していた相手の名を伝えた事で、少し冷静になれたらしい。
今はなりふり構っている場合ではない。
ジョルジュには悪いが、アンナが頼れるのはもう彼しかいないのだ。
「お父様、今はそんな事を言っている猶予はないわ。本来なら凄く失礼な話だけど私が使い魔でジョルジュを呼ぶわ。彼にこの屋敷へ来て貰いましょう」
アンナはそう言うと大きく深呼吸して魔力を高めて行く。
魔力が漲り、彼女は大きな声で魔法式を詠唱する。
「創世神の御使いであらせられる大天使の加護により、我に忠実なる下僕を賜れたし! 御使いの加護により御国に力と栄光あれ! マルクト・ゲブラー・ホド! 永遠に滅ぶ事のない……来たれ、我が下僕よ――召喚!」
「おおっ! ア、アンナ! お前っ!」
「す、凄いっ!」
アルマンとドミニクがアンナの召喚魔法を見るのは初めてである。
両親の見守る中、アンナが召喚したのは『猫』のシルエットをした精神体であった。
精神体は瞬く間に小さな三毛猫の姿になり、ちょこんと座っていた。
「可愛い!」
母のドミニクが思わず声をあげた。
三毛猫はブシェ一家を見て、ひと声――にゃあと鳴いたのである。
まるでこれから頼まれる事を分かっているかのように鳴いたのだ。
「ジョルジュ! お願い! あの人の所へ行って! 私の気持ちを伝えて!」
アンナの使い魔『ジョルジュ』は、またひと声鳴くと、すっと消え失せたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時間は少し遡る。
ジョルジュは通学する魔法男子学園が夏季休暇に入ってから、それまでの寮暮らしから自宅に戻っていた。
元々、魔法男子学園の学生寮に入寮したのは母アデライドと姉フランへのコンプレックスが原因であったが、自分に魔法鑑定士の素質があると分かってからは卑屈さが払拭され、母と姉には穏やかに堂々と接する事が出来る様になっていた。
それもこれも自分の才能を見出してくれたルウのお陰だと、ジョルジュは感謝して止まない。
「兄上、今頃どうしているかな?」
ジョルジュは優しい兄ルウが好きで堪らない。
同性の身内として何でも相談出来る気安さが大きいし、姉の夫として姉フランは勿論、母と自分をとても大切にしてくれる。
また会うと、いつも色々な事を教えてくれるからだ。
逆に兄が知らない事を自分が教える楽しみもある。
もしかしたら知らない振りをしているだけかもしれないが。
ジョルジュは自分と同世代が多い兄の妻達とも大の仲良しである。
義理の姉達はいつも明るく優しく接してくれ、時には弱気になった自分に発破をかけてくれるのだ。
ルウの妻達はジョルジュが魔法鑑定士の勉強を兼ねてアルバイトをしている魔道具の店『記憶』の仕事仲間でもあった。
彼女達もジョルジュと同じく、魔法鑑定士を目指している。
ジョルジュも勉強の方は順調で近々C級の試験を商業者ギルドで受験する予定だ。
過信と油断は禁物だが、ジョルジュには揺ぎ無い自信があった。
これも以前の自分では信じられない事である。
一度、「目指せ、A級魔法鑑定士」と高らかに宣言したら、姉のジゼルにひどく怒られた。
まあ怒られたというのは正確ではないかもしれない。
「志は高く持て!」と気合の入ったジゼルに叱咤激励されたのである。
今日もこれから『記憶』でアルバイトだ。
屋敷の中ではブリオーを着ているジョルジュであるが、魔道具の店で働いている時は魔法使いらしく法衣を着用して働くのである。
多分、店の仕事は夕方早めには終わるだろう。
その日に品出しした商品は大体完売してしまうからだ。
今や『記憶』はこの王都でも有名な店のひとつになりつつあった。
店主のバルバは有名になるのが本意ではないと、呟くのも可笑しかったが。
そして仕事が終われば!
今日はアンナと会う約束をしている。
たぶん混んでいて座れないだろうが、金糸雀のカフェでも覗いてみようか、などとジョルジュは思った。
まあ、どこでも良い。
大好きなアンナが一緒なら、自分は楽しい。
アンナこそ自分の中では1番大切な女性なのだ。
これは母や姉には決して言えない事であった。
そんな時、いきなり兄の声が魂に響いたのである。
『あ、兄上!!!』
驚くジョルジュ。
兄が使ったのはまた未知の魔法に違いない。
『いきなり済まない。この会話は俺がお前の魂に直接呼びかける会話で念話というものだ。そんな事より大事な話がある。暫し、聞いて貰えるか?』
いつになく兄の声は真剣であった。
何か緊急な重大事のようである。
ジョルジュは見えない兄に向かって「分かった!」と大きく頷いていたのであった。
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