第74話 「衝撃」
激闘の末、ルウとジーモンとの試合は終わった。
ふたりは、ギャラリーに向かって一礼する。
ルウの回復魔法のお陰だろうか……
ジーモンは受けたダメージも、全く尾を引いていないようだ。
家令として行う業務の為、急ぎ屋敷の中へと戻って行く。
入れ替わりに……
他のギャラリーと共に、試合を見守っていたフランが進み出て、ルウに労わりの言葉を掛ける。
「ルウ、お疲れ様! ジーモンも満足していたようだったわ」
「ああ、俺もジーモンさんの技を受ける事が出来て良かった」
フランに言葉を返し、微笑むルウであったが……
そこへ、レオナールとジゼルの父娘がやって来た。
「これはこれはご機嫌麗しゅう、公爵様。」
フランが優雅に一礼すると……
レオナールは彼女に対して言葉も発せず、感に堪えないように見惚れていた。
愛娘であるフランに、若き日の『舞姫』アデライドの面影を見たからである。
「もう父上! そんなにじっと見ては失礼だろう!」
呆れたジゼルが父の袖を引っ張ると、ようやくレオナールは我に返った。
「ああ、つい気持ちが昔に飛んでしまってな、許して欲しい」
第2夫人とはいえ……
自分の母がレオナールに見初められた事をフランは知っている。
だが、ジゼルが目の前に居る手前、黙って微笑んでいるしかなかった。
苦笑したレオナールは、何とか気持ちを切り替え、ルウを見た。
「成る程。今の試合を見たら、先日の勝負でウチの娘が負けたのも納得がいった。ああ、失礼、私はジゼルの父、レオナール・カルパンティエだ」
「初めまして公爵。ルウ・ブランデルと申します」
跪き、挨拶をするルウを、値踏みするようにレオナールは見る。
それ自体がもう失礼な行為ではあるが……
彼は別に悪意があってそうしているわけではない。
その証拠に……
次に発した言葉から、レオナールの真意はうかがい知る事が出来たのである。
「ルウ君、君は魔法使いだから当然だが……」
「…………」
「魔法を使わせても凄いそうだな」
「…………」
「もし良ければ、王都魔法騎士隊の特別枠で入隊しないかね?」
レオナールはキャルヴィン・ライアン伯爵の上司でもあった。
持っている人事権の中で、貴族以外の身分から募る騎士採用の枠が特別枠なのだ。
しかしそこへ、フランが口を挟む。
「公爵様、申し訳ありません。ルウは魔法女子学園の大事な教師であり、私の1番大切な人でもありますので……」
フランの『断り』の言葉を聞き、レオナールは怪訝そうな表情となった。
1番大切な人?
それはキャルヴィンから聞いている報告とは、少々ニュアンスが違うな……
部下であるライアン伯爵からは、既に報告が入っている。
怖ろしい異形の怪物による襲撃で、フランを護衛していた5人の騎士が死亡した。
そしてフラン自身も絶体絶命の危機に陥ったところを、このルウという男がぎりぎりで救ったと……
またフランが、ジゼルの通う魔法女子学園の校長代理でもある事から……
レオナールは、彼女が命の恩人であるルウを学園の臨時教師で雇い、そのまま従者にもした事も噂で聞いている。
と、その時。
一陣の風が吹き……
フランは、乱れて顔にかかった髪を搔きあげる。
何気にフランの左手を見たレオナールは……
薬指に銀色の指輪がはまっているのを認めた。
「む! フランシスカ殿、もしや貴女は彼と?」
「はい! 婚約致しました。母も大喜びで賛成してくれましたので」
「そ、それはおめでとう!」
何故、貴女が平民のルウと?
という言葉を飲み込み……
レオナールとしては、素直に祝福するしかなかった。
「ううううう……」
突如、苦しそうな呻き声をあげたのはジゼルである。
彼女は俯き、息を荒げていた。
「おい、ジ、ジゼルよ、どうした?」
「……な、何でもありません。父上!」
「苦しそうだぞ?」
「な、何でも無いと言っています!」
最後は喧嘩腰になって食ってかかるジゼルにレオナールは唖然とした。
と、そこに現れたのは、
先程までルウと試合をしていた家令のジーモンである。
「公爵様、ジゼル様。こちらへどうぞ! 大広間にて食事の準備が出来ましたので」
「家令殿。先程は見事な試合であったが、残念だ」
レオナールが尋ねるが、ジーモンは穏やかに微笑んでいた。
「ジーモンとお呼びください、閣下」
「ならば、ジーモン。怪我などは無いのか?」
「ええ、彼の……いえ、ルウ様の魔法のおかげで問題ありません」
ドゥメール伯爵家の忠実な家令であるジーモンが、ルウに対し、初めて敬称をつけて呼んだ。
ジーモンはルウがフランの婚約者になったと聞いた時……
この試合が終わったら彼を主人として認め、仕えようと決めていた。
改めて仲睦まじいルウとフランのふたりを見て……
アデライドは勿論、今は亡き主人フレデリク・ドゥメール伯爵に対しても心の中で祝福したのである。
一礼したジーモンは、カルパンティエ父娘に大広間へ「どうぞ」と促した。
父娘が大広間に向かうと、ルウとフランに向き直り、
「ルウ様とフラン様は奥様がお呼びです」
と、アデライドからの招集を告げたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ドゥメール伯爵邸大広間……
今日の食事は立食形式となっていた。
レオナールが娘のジゼルと到着すると同時に宴は始まった。
しかし、ここにエルネスト・シャルロワ子爵と娘のナディアは居ない。
魔法女子学園の生徒らしい少女が、数名居るだけであった。
「ジーモン、シャルロワ子爵とナディア殿はどこに居るのだ?」
「はい、おふたりは奥様の所にいらっしゃいます。ルウ様とフランシスカ様もご一緒です」
『舞姫』殿の所?
しかも彼女の部屋には、ルウとフランシスカ殿も一緒?
何故だ?
「うううううう」
ジーモンの言葉を聞いたジゼルはまた唸り出した。
―――同じ頃
ここはアデライドが『関係者』全員を呼んだ彼女の書斎である。
アデライド、そしてルウとフラン。更にはナディアとエルネストの計5名が顔を揃えていた。
何と!
エルネストは、愛娘から衝撃的な告白を聞いていた。
「な、な、何だと! ナディア! ね、願いとは、お、お前、それがか!」
エルネストは驚きのあまり……
酸欠状態に陥った金魚のように、口をぱくぱくと動かしていた。
「そう! さっき父様と約束したのはその件さ」
「お、おい! ナディア!」
「うふふ、父様は約束を反故になんかしないよね?」
ナディアはにっこりと笑う。
愛娘のこぼれんばかりの笑顔を見て、先程の約束もあり……
エルネストは何も言葉を発する事が出来ない。
「ボクはルウ先生の、いやルウ様の妻になる」
「お、おおお……」
「いきなりでごめんね、父様」
「うう……」
「何故そうなったのか……ここに居る人は皆、事情を知っている。それをこれから父様にも話すよ」
そう言うと……
ナディアはエルネストをじっと見つめ、ゆっくりと話を始めたのである。
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