第734話 「山賊と貴族」
『ほう! また別の襲撃者が出たぞ。今度は山賊……ではなく騎士と従士の混合部隊だ。人数はさっきと同じ10名で全員が馬に乗っている。見かけはさっきと同じ山賊風だがな』
『『『『『了解!』』』』』
ルウの索敵に再び襲撃者がキャッチされたようである。
今度の襲撃者も人数が同じであり、身なりも先程と変わらない山賊風らしい。
馬に乗っているせいもあり、彼等はあっと言う間に距離を詰めて来た。
ひょおっ!
山賊の1人が馬で急接近していきなり矢を射る。
常人であれば完全に射程外だが、射手は結構な腕前らしい。
カーン!!!
何と放たれた矢は先頭の馬車の御者台に座っているバンジャマン・ベカエールのすぐ傍に突き刺さったのだ。
「ぎゃああっ!」
座っていた御者台から、悲鳴をあげて飛び上がるバンジャマンに対して、馬上から声を掛けたのはルウである。
当然、放たれた矢の軌道を見て当らないと、ルウが見切った上での対応だ。
「ははっ、無事ですか?」
あまりにも緊張感のないルウの物言いに、バンジャマンの怒りが爆発した。
「ははっ、無事ですかじゃね~よっ! 奴等め! あれほど言っておいたのに、もう少しで当たるところだったじゃね~か」
激高したバンジャマンは自分の失言に気が付いていない。
ルウがさりげなく問い質す。
「奴等? あれほど言っておいたのに?」
「い、いや! 何でもねぇ! そ、それより冒険者共! 余所見をせずに俺を確り守らないかぁ! その為に高い金払って雇っているんだぞ!」
昨夜、名乗ったルウの名前やクラン名は完全にバンジャマンの頭から飛んでいた。
バンジャマンはクーデターの事で頭が一杯だったのである。
「ははっ、了解!」
ルウは軽く返事をすると、今の矢について考えてみた。
外れはしたが、今の矢は確実にバンジャマンを狙っていた。
狙い済まして射殺そうとしたのがはっきりしていたのだ。
気が付かないのはバンジャマン本人だけである。
まさか手を組んだ相手に裏切られるとは思っていないのだ。
ここでモーラルが叫ぶ。
「旦那様、ミンミ姉と私で出ます。残りのメンバー全員で商隊を守って下さい!」
「了解! お前達、気をつけろよ」
「はいっ! 作戦通りにやりますよ」
モーラルとミンミの騎乗したケルピーは『山賊』の追撃にかかった。
やはり今回の山賊の動きも不可解であった。
鬨の声をあげて、矢を数本射掛けた後はさっさと撤退して行くからである。
それをモーラルとミンミが一定の距離をとって追う。
山賊とモーラル達はあっと言う間にルウ達の前から姿が見えなくなった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
山賊達は追撃するのがモーラル達2騎だけと知って、一旦歩みを止める。
「何だ! 追って来るのは女2人だけですぜ! 非力そうなアールヴの剣士に、まだ餓鬼みたいな女だ」
リーダーの男は豊かな髭をたくわえた40歳くらいの男である。
彼は部下の言葉を聞いて、にやりと笑う。
女と聞いて、何か邪な考えが浮かんだようである。
「よ~し! この先に開けた草原がある。全員で囲んでしまえ! 捕まえて散々楽しんだ後に奴隷で売っちまおう。今回の仕事のついでだ」
「そりゃ良いですね! 待ち伏せしましょう!」
山賊達は馬を進めて、リーダーが言う通りに開けた草原でモーラル達を待ち伏せしたのである。
部下のひとりがぺろりと舌を出し、唇を舐め回す。
「やせっぽちのアールヴに、餓鬼女じゃあ抱き心地が今ひとつだが仕方が無い。我慢してやりましょう」
「ははははは」
何を我慢してやる……のか、わけが分からないが山賊共は高らかに笑う。
その笑い声と共にケルピーに騎乗したミンミが草原の入り口に登場する。
至近距離まで来たミンミの顔を見て、山賊達は「ほう」と息を吐く。
「ほうっ、良くみりゃ顔だけは良いぞ!」
アールヴの女は総じて美しい。
中でもミンミは際立った美しさを誇っている。
彼女はバートランドの冒険者達の憧れの的だったのだ。
しかしリーダーの男が決して言ってはならない禁断の言葉を言い放ってしまう。
「多分、胸は絶壁だがな!」
「ははははは!」
山賊共の大笑いする声が聞えたのであろう。
ミンミに眉間に皺が寄る。
「失礼な輩め! アールヴは人間の数倍の聴覚がある! お前達の暴言、全部聞こえたぞ」
怒りに燃えるミンミを見ても、山賊達は相手の実力を軽視しているらしい。
「ぐはは! 聞こえたなら却って好都合だ。俺達が全員で可愛がってやるからこっちに来い」
山賊のリーダーが得意顔でそう言った瞬間であった。
「がっ!」「ぎっ!」「ぐっ!」「げっ!」「ごっ!」
リーダーの背後で短い悲鳴と共に山賊5人が乗っていた馬から転げ落ちた。
「な!?」
「ちょろいわ! こんなの」
落馬した山賊達の背後にモーラルが佇んでいた。
魔導拳を応用した目にも止まらぬ動きを用いて、山賊達に軽く触れたモーラル。
以前、冒険者にそうしたように行動不能になる程度に魔力を吸い取ったのである。
あっと言う間に戦闘可能な山賊は半分になってしまう。
呆気に取られてモーラルに見とれる山賊達。
活を入れるかのように、ミンミの檄が飛ぶ。
「ほらぁ、余所見をすると――こうよぉ!」
モーラルと山賊の会話が為されていた時に、ミスリルの魔法剣をさりげなく抜いていたミンミ。
そしてケルピーを相手の馬にぶつけるようにして、油断している馬上の山賊達に突っ込んだのである。
「がっ!」「ぎっ!」「ぐっ!」「げっ!」
ミンミが倒した山賊も、先にモーラルが倒した者達と全く同じ悲鳴をあげて倒れてしまう。
愛用の魔法剣は片刃である。
ミンミは先程のお返しとばかりに「ふっ」と笑う。
「ふ! 峰打ちよ……それにしても芸のない悲鳴ね、皆、同じパターンじゃない」
「残ったのはもう貴方1人だけよ。……アンクタン男爵」
今度は腕組みをしたモーラルが、呆然とする山賊のリーダーへずばっと直球を投げ込んだ。
年端も行かぬ小娘に、いきなり本名を告げられ、アンクタンはとても吃驚した。
「は!? ななな、何故!?」
アンクタンは動揺のあまり、モーラルの顔を見てぱくぱくと口を動かす。
男爵という割にはあまりにも情けない姿のアンタクンを見て、モーラルとミンミは顔を見合わせて苦笑した。
「杜撰でバレバレなのよ、貴方達の計画は。うふふ、あれを見て!」
モーラルが指差した方角には1人の逞しい戦士が立っていた。
戦士の傍らには、最初の襲撃でリーダー役だった山賊の男がロープでぐるぐる巻きに縛られていたのである。
「あ!? オーバン! ななな、何故!?」
思わず名前を呼んだアンタクンであったが、慌てて口を押さえた。
狼狽するアンクタンに対して、モーラルは更に問い掛ける。
「うふふ、何故貴方が彼を知っているのかしら? このオーバンさんはさっき商隊を襲った山賊の首領よ。そして山賊の恰好をしている男爵さんはやっぱり同じ趣味なのかしら?」
「くうう!」
悔しがるアンクタンであったが、部下を全て倒されて抵抗する意思は挫けてしまっていた。
モーラルは更に追い討ちを掛ける。
止めを刺したに行ったと言っても過言ではない。
「貴方の屋敷はもう制圧したわ。うふふ、一杯見付かったわよ、これから某所へ納品するものが、ね」
「ば、馬鹿な! まだ屋敷には10人以上も従士が残っている筈だ」
「たった10人? それで彼に勝てる筈ないわ! 無理に決まっているじゃない。あの山賊を捕まえた戦士は一騎当千の猛者なのよ」
きっぱり言い放つモーラルの台詞を聞いたアンクタンは、がっくりと肩を落としたのであった。
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