第73話 「決着」
「おお、良い顔になって来たじゃないか! お前の本性はその顔か?」
挑発とも言えるジーモンの言葉に、ルウは答えなかった。
その代わり、僅かに口角を上げ、舌で乾いた唇を舐める。
「……もっと打ちこんで来いよ。物足りないぜ」
ルウの口から、いつもの彼とは思えない台詞が洩れる。
ジーモンはルウの言葉を聞くと、悪魔のような笑みを浮かべ、鋭い突きを何発も、速射砲のように打って来た。
眉間、眼球、鳩尾、そして股間。
攻撃は全て急所を狙った容赦無いものである。
しかし!
ルウはそれを全て、紙一重で躱した。
今度はジーモンの攻撃のパターンを読んでいるのか、最低限の動きで躱している。
「さすがだ! たった1回で見切られたか!」
ジーモンが、感嘆の声をあげた。
しかしルウは指をくいっと動かし、「もっと来い」とばかりにジーモンを挑発する。
「えげつない攻撃ばかりだ。しかしお前には、まだまだ隠しているモノがあるだろう?」
「ほう! 嬉しい事を言ってくれるなぁ!」
ルウの指摘は、どうやら図星のようである
ジーモンは満面の笑みを浮かべると呼吸を整え、リズムを取るように小刻みに動き出した。
それはやがて……
タップダンスを踊るような軽やかな動きとなる。
来る!
ルウが、そう感じた瞬間。
ジーモンが溜めていた息を一気に吐き出す。
それが攻撃の合図であった。
ジーモンは、ルウの居る間合いへ、凄まじい速度で跳び込んだ。
急所である脳天に、手刀が振り下ろされ、空気が断ち切られる不気味な音が響く。
ルウは僅かに後ろに下がり、攻撃を避けた。
するとジーモンは、巨大な手でルウの頭を摑まえにかかる。
そして同時に繰り出された、右足の鋭い蹴りが、高い角度からルウの側頭部を襲う。
頭を押さえようとするジーモンの指先がかすめ、切断されたルウの黒髪が何本か宙を舞った。
しかし、体を入れ替えたルウは、素早くジーモンの間合いから抜け出たのである。
「おおっ、やるな! 兜割りの連係攻撃を避けるとは!」
思わず大きな声を出すジーモンだが、つい本音が出た。
「だが! 避けるばかりじゃ、つまらんだろうよ」
ジーモンは自分の技をぶつけるだけではなく、ルウの技を体感したいのだ。
「す、凄い! 凄すぎるっ!」
少し離れた場所から……
ジゼルは「どきどき」しながらルウ達の戦いを見守っていた。
興奮する。
身体が……熱くなって来る。
しかし、『正々堂々』がモットーのジゼルは、ジーモンの戦い方に不満のようだ。
「父上。あの家令は、禁じ手ばかり使っているように見えます……少々卑怯かと!」
ジゼルが非難するように言うと、彼女の父レオナールは首を横に振った。
「いや、別に卑怯ではないぞ」
「そう……ですか?」
「何故なら、私のような誇りを重んじる騎士と違い、彼は従士であり、且つ生粋の戦士。主人を守る為、敵を確実に倒すのに手段など選ばない」
『禁じ手』と言われる技も、「実戦的な戦場での技だ」
と、レオナールは説明する。
「騎士の試合で例えれば……一対一で戦う、馬上槍試合」
「馬上槍試合?」
「あれは……実戦ではない。戦場での騎士の戦い方は基本、集団戦だからな」
「…………」
「馬上槍試合は、衆人環視の場で、正々堂々たる騎士の生き様を見せる試合の要素が大きいのだ」
父の言葉を聞きながら……
ふたりの戦いを見て、ジゼルは思う。
自分のやって来た事が、所詮児戯に等しい事を。
―――じゃあ、今度はこちらから行くぞ!
ルウはジーモンに目で合図をした。
いきなり間合いに踏み込むと、右拳で腹を打つ。
深く急所に入る、抉り込むような打ち方だ。
しかしルウの拳は、呆気なくジーモンに身体に弾かれる。
「ははは、ルウ! この前はたまたま油断したが、俺にそんな柔な拳は効かぬ」
ルウは弾かれた拳を左手で押さえた。
衝撃で痺れているのである。
しかし、ルウの表情には余裕がある。
ジーモンの防御方法も見抜いていた。
成る程!
俺の拳が入る瞬間に、呼吸法で筋肉を鎧化し弾き飛ばしたか。
面白い!
こうやって未知の技を持つ相手と戦い、その技を取り入れながら……
爺ちゃんもその先代のソウェル達も、この拳法を強くして行った。
だが、そろそろ決着をつける!
ルウが構えに入り、魔力が高まって行く。
ゆるゆると身体を動かして行く。
その流れるような体捌きは、まるで異国の舞いのようだ。
一方、ジーモンもルウの動きを見ながら構えていた。
相手の攻撃を防ぎ、すかさず反撃しようとする準備は万端である。
いきなりルウが跳んだ!
ジーモンが気が付けば、目の前にルウの顔があった。
驚愕したジーモンが対処する間もなく、防御の構えがこじ開けられ、ルウの突きが喉に入った。
凄まじい衝撃で、ジーモンの首が不自然に曲がる。
更に凄まじい速度で、ルウの突きと蹴りが数発放たれ、ジーモンの体勢が崩れる所を腕が取られた。
「ふん!」
瞬間!
ルウの気合の入った声が発せられる。
すると、ジーモンの巨体は宙に舞い そのまま大地に叩きつけられてしまった。
地に伏したジーモンは……
意識を朦朧とさせ、起き上がる事が出来ない……
「むう! 勝負あった。それも、青年の方がだいぶ手加減をしている」
レオナールが唸る様に呟いた。
そして、
「凄い! 凄い! 凄いっ!!! そ、そして! つ、強くて美しいっ!!!」
真剣勝負の戦いを、息を呑んで見守っていたジゼルは……
強く美しいルウの戦いに圧倒され、すっかり惚れ込んでしまった。
同じく、勝負の結果を見届けた、もう一組の父娘が居る……
―――ば、馬鹿な!
そんな!
ありえない!?
ナディアの父エルネスト・シャルロワ子爵は意外な結果に呆然としていた。
魔法使いの青年が勝ち、自分の賭けた逞しい家令が負けた。
それも愛娘が言った通り、最後は一方的になったのだ。
「ほら、ボクの言った通りだね。賭けはボクの勝ちさ、父様」
「お願いを聞いて貰う」と笑顔のナディアに対し、エルネストは深呼吸をして、何とか体裁をとりつくった。
まあ、良い。
想定外だが……大した願いでもあるまい。
新しいドレスや装飾品を買ってくれというのか?
いや……
魔法使いのこの子の事だ……
何か新しい魔導書か、魔道具かもしれない。
エルネストはそんな事を思い、苦笑した。
そんな父へ、ナディアはにっこり笑う。
「父様。後でボクと一緒に理事長に……ドゥメール伯爵に会って欲しいんだ」
「ドゥメール伯爵に?」
「うん! その時に『お願い』を言う。良い? 約束だからね」
愛娘に念を押されたエルネストは……
不本意ながらも、「分かった」と言わざるを得なかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……どうやら、俺はまた負けたようだな」
ルウに倒されたジーモンは……
ダメージを、即座に魔法で治癒され、何とか意識を取り戻していた。
苦笑するジーモンに対し、ルウも穏やかに微笑む。
「ああ、でも俺には有意義な戦いだった」
「はぁ? あれでか? お前……だいぶ手加減をしていただろう?」
「…………」
「俺を……簡単に殺せた筈だ」
「…………」
ルウはジーモンの問いに答えない。
「いや、ジーモンさんの体術で、俺は更に強くなれた」
「な、何!?」
「ありがとう!」
「むむむ、俺が弾いたお前の拳……俺の体術を試していたな?」
呆れたように呟いたジーモンへ、ルウが黙って手を差し伸べた。
目の前に伸ばされたルウの手を、しっかり掴んで立ち上がったジーモンは、白い歯を見せて笑う。
自分の力と技を尽くして戦った、全く悔いのない思いが表れた晴々とした笑顔であった。
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