表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/1391

第72話 「駆け引き」

 やがて……

 中庭の中央へ、ルウとジーモンが進み出て正対する。

 

 ジーモンが闘志満々なのに対し、ルウは飄々としていた。

 

 ルウは180cmを超える長身だが、ジーモンの身長は遥かに2mを超え、腕組みをして見下ろしている。

 全身凶悪といえる筋肉をまとうジーモンが、痩身のルウを簡単に粉砕するのは、傍から見て当然の事のように思えた。


「ナディア、これのどこが闘技場コロシアムより凄い試合になるのだ?」


「うん、父様とうさま。多分、一方的な試合になると思うよ」


 笑顔で答える愛娘に……

 「そんな結果は誰でも分かる」と笑みを浮かべるエルネストである。


「ふうむ……お前と賭けても面白いかと思ったがな。ふたり共、あの家令ハウススチュワードに賭けるのでは、賭け自体が成立せん」


 父の言葉を聞いたナディアが、悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「うふふ、父様とうさま。その賭け、ボク、乗ったよ」


「は? ナディア? 今、何と言った?」


「父様、ボクはあの先生に賭ける。だから勝負だ、父様!」


 いきなり真剣な態度で賭けの勝負を持ち掛けて来た我が娘。

 エルネストは吃驚すると同時に「大丈夫か?」と彼女の顔をまじまじと見詰めてしまった。


「おいおい、ナディア。お前、気は確かか?」


「うん、至ってボクはまともだよ」


 我が娘ながらこの子は頭が切れる。

 弟のジャンとは大違い。

 この子がもし男子だったら……シャルロワ家は安泰なのに……

 

 ヴァレンタイン王国において、貴族家の跡取りは基本男子…… 

 エルネストは、何度もその才を惜しんだものである。

 

 だが……

 それも見込み違いだったのだろうかと、エルネストは複雑な表情だ。


父様とうさま、もしボクが勝ったらお願いしたい事があるんだ。それにうんと言って欲しい」


「ああ、良いさ。何でも頼み事を聞いてやる。その代わり私が勝ったら、逆に言う事を聞いて貰うぞ」


 エルネストは「これは良い機会」と考え始めていた。

 最近、とある上級貴族から、ナディアを「ぜひ自分の息子と見合いさせてくれ」 と申し入れがあった。

 その家と縁戚関係になれば、シャルロワ家はもっと『上』に行ける。

 

 エルネストはそんな思惑を持っていたのだ。

 

 一方……

 ナディアの中では、「これで父を説得出来る!」と確信があったのである。


 そして……

 ここにも試合に関して、怪訝な顔をしながら話をしている父娘が居た。

 ジゼルとレオナールである。


「父上、いくら過去にそんな事があったとはいえ……娘の私の前で、理事長を口説くなんてやめて頂きたい!」


「はははははは! ジゼルよ。このレオナール、美しい女性にはそうじゃないと言えない性質たちでな」


 顔をしかめるジゼルを見て……

 豪快に笑うレオナールであったが、ふと真顔に戻り、そっと愛娘に尋ねる。


「ところで、ジゼル。あの従者は大丈夫なのか?」


「大丈夫なのかとは?」


 思わず返すジゼルに対し、レオナールはゆっくりと首を振った。


「武術において、体格差というのはいかんともしがたいほど大きなハンデとなる。それに私はあの家令を知っている」


「え? 父上があの家令を?」


「ああ、今は亡きフレデリク・ドゥメール伯爵の部下で、かつて『黒鋼くろはがねのジーモン』と呼ばれた猛者もさだ」


黒鋼くろはがねのジーモン……」


「ああ、剣の達人な上に奴は特殊な体術を使う。過去に数百人も敵を殺し……倒した魔物など、数え切れない」


「敵を数百人!? 数え切れないくらい魔物を倒した? な、成る程! 凄い戦士ですねっ」


 むごたらしい話のはずなのに……

 ジゼルは何故か目を輝かせる。

 

 ジゼルの父レオナールは女性に対してとても寛容ではある。

 と、同時にこの国では最強と謳われる精悍な騎士だ。

 また長男で兄のジェロームも父の才を受け継ぎ、ゆくゆくは隊長といわれる王都騎士隊の有望株である。

 強い父や兄をジゼルはとても尊敬しており、彼女の強者願望はふたりの影響と言っても過言ではない。

 

 屈強な騎士である父や兄と、武技や武器防具について熱く語る。

 ジゼルにとってはこれほど楽しい事はない。

 彼女は、王都の闘技場で、騎士同士の馬上槍試合ジョストを見るのも大好きであった。

 

 やがてヴァレンタイン魔法女子学園に進んだジゼルは……

 武技は勿論、魔法の才能も花開いて行く。

 少女から大人になるにつれ、生来の美貌にも磨きがかかり、たくさんの男が言い寄って来た。

 加えてヴァレンタイン王国でも要職に就いた公爵の娘である事が、男達の求婚に拍車を掛けた。


 だがその中に、強い父や兄を超えそうな可能性のある男は一切居なかった。

 その為、ジゼルから見れば、言い寄る男全てが色あせて見えたのである。

 

 そんなジゼルにも今は悩みがあった。

 強さのみを求めて行く人生に、大きな迷いが出て来たのだ。


 本当の強さとは何だ?


 ルウに指摘されたのはまさに図星であった。

 「自分と、同じ様な道を歩んだシンディと話してみたい」

 と思う気持ちも、高まっていたのである。

 先日ルウやフランとの勝負に呆気なく負けた事も、葛藤をますます強くした。

 

 そこで、自分に勝ったルウの強さがどれ程のものなのかと……

 今日は期待し、やって来たのである。

 

 父の言う通り、相手のジーモンがとんでもない強さなのは、ジゼルから見ても分かる。


「おお、ジゼル。試合が始まるようだぞ」


 つらつら考えていた、ジゼルの思いは……

 父レオナールの声で破られた。


 そして……

 会場の片隅で、やきもきしながらルウを見守っている一団が居た。

 魔法女子学園2年C組の生徒、ジョゼフィーヌ、ミシェル、オルガの3人である。

 しかも彼女達は、ジーモンを見て震え上がっていた。


 ジョゼフィーヌが、震える手でジーモンを指さす。


「ミ、ミシェル、オルガ! あ、あ、貴女達。き、騎士志望でしょ? も、もし、あんなのが敵だったら……た、戦えるのですか?」


「あわわわわ……」


「私には無理です……」


「な、な、情けない! そ、それでも、ほ、誉れ高き騎士を目指す、志ある者の言う言葉ですか?」


 怯えるミシェルとオルガを叱咤しながら、当のジョゼフィーヌも歯の根が合っていない。


 そんなギャラリーが見守る中……

 ルウとジーモンの試合が始まろうとしている。

 

 ジーモンは改めてルウに念を押す。


「ルウ、さっきも言ったが、俺は本気で行く。だからお前も本気で来い。……俺を殺しても構わん」


「…………」


「奥様の事だけが気がかりだったが……もうお前が居ると思うと、俺は殺されても『安心』だからな」


 穏やかな表情で無言のルウに対し、何故か、嬉しそうにジーモンは笑った。

 まるで達観したような笑顔である。


「ルウ、そろそろ時間だ、行くぞ!」


「了解!」


 試合開始を促され、返事をしたルウと、ジーモンは互いに礼をした。

 即座に、構えへと入る。

 

 その瞬間。

 

 ジーモンの突きが、いきなりルウの顔面に伸びる。

 眼球を狙い、2本の指が真っすぐに伸びて来るのだ。


 思わず、ジゼルが息を吞む。

 

 眼球への攻撃は一般的な試合では危険な行為とされ、急所への攻撃と並び、禁じ手とされているからだ。


 しかしルウの動体視力で、見切れないレベルの拳ではなかった。

 彼は難なくそれをかわしたように見えた。


「うおっ!」


 突如、ルウが吼える。

 何と!

 一旦躱した筈のジーモンの突きが、再度、彼の眼球を潰しに来たのである。


「しゃっ!」


 ルウは気合一閃、左手でジーモンの拳を弾き、その攻撃をいなした。

 だが!

 同時にがら空きとなったルウの腹に、ジーモンの正面蹴りがうなりをあげて叩き込まれる。

 

 ルウは、僅かにバックし、蹴りも躱した。 

 と思った時。

 届かなかった筈のジーモンの蹴りが、またもや伸びて来たのである。


「おおっ!?」


 ルウは蹴りを喰らわないよう、素早く後ろに跳び退ると、驚いたように笑みを浮かべた。

 恐るべきジーモンの攻撃の、『秘密』を見抜いたらしい。


「成る程、拳や蹴りの軌道を途中で変えたり、且つ関節が伸ばせるのか?」


 ぽつりと呟いたルウの表情が、次第に変わって行く。

 そして今度は、大きな声で言い放つ。


「面白い!」


「な、お前っ!」 


 いつもとは、完全に変わったルウの顔付きは……

 百戦錬磨のジーモンでさえ畏怖を感じさせるほど……

 貪欲で凄味のある、肉食獣のような形相だったのだ。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ