第713話 「高揚感」
いざ出撃という際にフランが待ったを掛ける。
何か心残りがあるという切羽詰った表情だ。
「ご、御免なさい、旦那様! これからモーラルちゃんが倒す予定のゴーレムですが……後学の為に知りたいのです! どのように攻撃、対処すれば良いのですか?」
余程慌ててしまったのか、噛みながら言うフランの質問を聞いたカサンドラが追随した。
「あ、ああ……それは私もぜひ聞きたいぞ、ルウ様」
姉の言葉を聞いたルネも、黙ってはいられない。
「はいっ!!! 私も絶対に聞きたいです!」
こうなると魔法使いの好奇心は止まらない。
命のやりとりをしている最中だというのに、学ぶ事が絶対的に優先となってしまうのだ。
ルウは仕方が無いと苦笑して、大きく頷いた。
「分かった! ゴーレムの倒し方だが……さっきミンミが倒したオーガエンペラーと全く一緒さ」
傍らでルウの説明を聞いていたミンミが、その通りだと頷く。
「ルウ様の、……いえ、旦那様の仰る通りですよ、フラン姉」
「ミンミちゃん……」
普通に考えればオーガは生命体、ゴーレムは非生命体である。
根本的には全く違うが、フランは直ぐ共通点に気が付いたのだ。
「あ、ああ! 分かったわ! 紋章ね!」
フランの言葉を聞いたルウが満足そうに頷いた。
「ははっ、フランの言う通りだ。ミンミが倒したオーガエンペラーは通常の個体が魔法で強化された存在だ。奴等の膂力、そして守備力の源は悪魔の紋章の力による。それをミンミが必殺の技で破壊したから悪魔の加護が無くなり、単なる並のオーガに成り下がったのさ」
「はい! 破邪の魔力を込めた炎の魔導剣で神速の突きを繰り出し、悪魔の紋章を破壊しました。ルウ様の仰る通り、力の源である紋章のないオーガエンペラーなど、只の木偶に過ぎませんから!」
ミンミが先程の戦いを振り返ると、今度はモーラルが口を開いた。
「うふふ、ここからは私が! ゴーレムの力の源は術者が額のどこかに施した真理の紋章です。悪魔の紋章同様に位置の特定には魔力波読みを使います」
「ああ、そうなのね! 分かったわ!」
「私も分かったぞ!」
「同じく!」
どうやらフラン達生徒は全員が納得したようである。
魔法の紋章から力を得ている敵の討伐は、隠されたその紋章の位置を特定し、破壊する事が必要なのだ。
次の学習段階としては紋章をどのように破壊するかだが、それはミンミのやり方を検証し、これから行うモーラルのやり方をじっくり見た上で、次回以降への課題となるであろう。
頃合と見たルウがミッションの開始を宣言する。
「さあ、戦闘開始だぞ!」
「「「「「了解!」」」」」
まず、最初はルウが側塔の伏せ勢に一撃を加えるのだ。
魔法発動に注目して欲しいというルウに対して、クランメンバーの視線が集中する。
「ははっ! まずは魔法式の火弾だ、マルクト・ビナー・ゲプラー・ウーリエル・カフ!」
天の御使いの力を授かる魔法式が詠唱され、ルウの両手から2つの火球が発射された。
正面に居るオーク達が怯えた表情を見せるが、放たれた火球が途中から、それぞれ左右に分かれ放物線を描いて飛んで行く。
「「おおおっ!」」
ボワデフル姉妹が驚き、フランは「ほう」と溜息を吐く。
モーラルとミンミは納得したように頷いている。
どっごぉ~ん!
どっごぉ~ん!
火属性の基本的な攻撃魔法である火弾も、発動する術者によってその威力は天と地の差がある。
砦の側塔の小さな入り口へ飛び込んだ火弾は内部で派手な音を立てて爆発した。
ルウの見立て通り、中には伏せ勢が居たらしく絶叫が響き渡る。
「よしっ! 続いて行くぞ、次は精霊魔法での発動だ! 燃え盛る大地の血脈よ! 自在なる紅蓮の弾を我が手に与えよ!」
ルウが精霊魔法の言霊を朗々と詠唱し、両手を突き出した。
「はっ!」
小さな気合と共に火球が撃ち出され、これまた放物線を描いて呻き声が聞える側塔の入り口に飛び込んだのである。
どっごぉ~ん!
どっごぉ~ん!
火球が先程と同様に派手な音を立てて炸裂すると側塔の中は完全に沈黙した。
ルウが見る限り生命反応は無い。
どうやら伏せ勢は全滅したようだ。
ルウの魔法をじっと観察していたフランが興味深そうに問う。
「旦那様! これって!?」
「ああ、見た通り、魔力波の完全制御による火球の軌道変更さ」
ルウの言葉をボワデフル姉妹も興味深そうに聞いていた。
通常の魔法発動で変更する発射角度は上下角度くらいである。
これは後方から援護する魔法使いが前方の味方に対して、魔法の誤爆を避ける為に習得は必須だからだ。
加えて、火球等は基本的に真っ直ぐに飛ぶ性質がある。
発射の際の上下角度のみを設定する技術の習得難易度はそう高くはないのだ。
しかし、今ルウの放った火球は発射時に左右に曲がって行き、目標に対してピンポイントで着弾した。
これは火球を自在に制御して目標物に当てたという事になり、ただ発射するだけとは根本的に違うのだ。
「凄い! 火球の軌道を完全制御して目標に対して的確に当てたのですね!」
「ああ、魔力波制御が上手く出来るようになれば、魔力消費は若干増えるが、トータルで見れば無駄弾を撃つより効率的さ」
「確かに!」
フランが納得して頷くと、ミンミも自分の習得レベルの進行状況を告げる。
「ルウ様! 相変わらずやりますね! 私もやっと火球の軌道を少しずつ変えられるようになりました!」
「ははっ、ミンミは相変わらず学ぶ事に貪欲だな」
「はいっ! ミンミは自分に対してまだまだ物足りません!」
「私も燃えていますよっ!」
ルウとフラン、ミンミのやりとりに刺激を受けて、いつもは冷静な筈のモーラルさえも闘志を燃やしていた。
「よっし、カサンドラ、ルネ! 相手は魔法障壁を発動していないようだ。作戦通り行くぞ!」
「「了解!」」
カサンドラとルネはクラン星のミッションを開始してから、ずっと高揚感に満ちている。
ルウ達の魔法技術は確かに高い。
とてつもないハイレベルである。
だが、ボワデフル姉妹は決してめげたりなどしていない。
何故か学ぶ事が面白くて、困難と知りながら遥かな高みを目指さずにはいられないのだ。
カサンドラとルネの2人は改めて思う。
魔法とはこれほど奥深く、探求しがいがあるものだと。
真の魔法使いとは現状に飽き足らず、どんどん高みを目指す生き物なのだ。
「はっ!」
ボワデフル姉妹の気合の入った魔法式の詠唱と共に、火弾と岩弾がうなりをあげて敵に放たれたのであった。
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