第712話 「クラン星《ステッラ》の成長」
今は存在しない、古のシリウス公国の魔法武官シモン・ゾンダーハが、張り巡らした強固で大掛かりな魔法障壁。
しかしルウが軽く触れると、あっさりと砕け散ってしまう。
渾身の防御魔法があっさりと破られた、シモンの悔しそうな気配が辺りに満ちた。
アエトス砦は石造りのとても古い遺跡である。
ルウ達が依頼の際に冒険者ギルドから支給された資料によれば、ヴァレンタイン王国建国より遥かに古くからあった古戦場だ。
ルウが師シュルヴェステルから教えて貰った歴史によれば、古のシリウス公国は大国ガルドルド魔法帝国と領地を巡って激戦を繰り広げた国である。
当時国境沿いに位置したアエトス砦は援軍が送られず、孤立無援の中で全員が討ち死にしたという。
魔法武官だというシモンは多分、砦の守備隊長なのであろう。
ルウが魔法障壁を破壊すると、フランにより召喚されたオルトロスが自分の役割とばかりに先頭に立った。
まるでクラン星を護る盾役は自分であるというように……
ルウ達が現在立っているのは、砦の正門部分である。
かつては頑丈な木製の門が据え付けられてあったのであろうが、今は朽ち果ててしまったのか門柱のみしか残ってはいない。
正門から中を窺うと、正面には居館を兼ねた塔がそびえていて、その前には砦に逃げ込んだオーク達が武器を持って頑張っている。
ぐるりと砦を囲んだ石壁の左右には側塔が備えられていた。
ルウがすっと手を挙げて制し、クランメンバーへ「まだ入るな」という意思を見せている。
先頭のオルトロスも、フランの意向を汲んで動かなかった。
相手を組し易し! と見たカサンドラがルウに問う。
「ルウ様! とりあえず敵は正面のオークだけでしょう? 一気に殲滅しないのですか?」
カサンドラの問いに対して、ルウはいつもの通り穏やかな表情で微笑んだ。
「勢いに乗ってうかつに踏み込んでは駄目だ。……油断すると足元をすくわれるぞ、まず状況や相手の意図を掴んでからだ」
「は、はいっ」
ルウに諭されたカサンドラは恥じ入るように俯いた。
クランへ貢献したいという思いが強かったのであろう。
つい、逸る気持ちが出てしまったようだ。
そんなカサンドラとの会話の間に、ルウは『索敵』を終えていたらしい。
「よっし! じゃあ皆にこれから俺の索敵の結果を話そう」
クランメンバーの視線がルウへ集中した。
「正面の塔は4階建て、最上階は見張り台だな……ここにシモン・ゾンダーハが居る。……他に、結構な魔力を持った人外が1体……侵入口となる塔の内部への入り口は1階だ。内部は、と……1階が作戦室兼食堂……か、2、3階は兵舎で不死者の骸骨剣士が数十体詰めている……」
人外!?
クランメンバーに緊張が走る。
人外とはシモンの背後に居る上級魔族では、と誰もが思ったからだ。
「地下には牢があり、そこには魔力を封じられた人外が1体……ふうむ、そして左右に側塔があり、兵士詰め所に伏せ勢のオークがそれぞれ10体余り……居る……塔の最上階は石壁の上に通じている」
ルウの説明を聞いたフランは驚愕してしまう。
旦那様の『これ』って!
単なる索敵じゃないわ!
入った事もない砦の内部まで……旦那様……はっきり把握しているじゃない!
フランが感じた同じ事を、他のクランメンバーも感じているようである。
あのミンミでさえ、感嘆しているのだ。
フランはここで気になる人物を見た。
モーラルである。
彼女だけが先程の魔法制御も理解していたからだ。
案の定、モーラルは納得顔で頷いている。
例外は……やはり、モーラルちゃんだけか……
旦那様なら当り前よ! みたいな顔をしているわ。
ここでルウははたと手を叩く。
新たな情報を得たようである。
「おおっ!? 正面のオーク達の脇にいかにもと言う感じで古代兵士の石像がある。ははっ、案の定、内部は魔力が充満しているな! こいつは……ゴーレムだ」
「「「「「ゴーレム!?」」」」」
ルウの意外な言葉に全員が驚く。
オークに不死者にゴーレム……
敵の陣容は多種多様である。
「ははっ! これで相手の作戦がほぼ読めたな! 俺達が正面の囮を手薄と見て、うかつに正面突破を図った時に左右から伏せ勢が挟撃、そして俺達が不意を衝かれたと見たら、正面の塔から後詰の骸骨共が、そしてあのゴーレムを起動させて一気に殲滅する……まあ、良く考えたな」
ルウは感心したように言うと、面白そうに笑った。
ここでフランが「はいっ」と手を挙げる。
「旦那様! 加えて相手の大将の魔法攻撃も注意が必要ですね!」
シモンの攻撃魔法も想定に入れる事が必要だというフランの提言。
ルウは満足そうに頷く。
「ああ、忘れないように注意だな! 絶対に撃って来るだろう。地上部隊の援護射撃という形で、な。混乱の中では俺の使った対魔法防御も直ぐには使えないという読みだ」
「旦那様!」
自分の発言がクランの役に立ったと受け止めて、フランも嬉しそうだ。
「ああ、フラン! これで作戦はもう立った。俺達がわざわざ罠の中に入る必要はない」
「うふふ、さすが旦那様です!」
ルウは状況説明もしながら、作戦も立てていたらしい。
「俺がまず左右の伏せ勢を叩く。死角に居る敵に対して、俺がどのように魔法を撃つか、参考にして欲しい」
「「「「「了解!」」」」」
またもルウの特別な魔法が見られると聞いて、クランメンバーの返事にも期待の感情が篭っている。
「次にカサンドラ、ルネの攻撃魔法で正面のオークを叩く。火弾、岩弾で充分だぞ。万が一、敵の魔法障壁がある場合はさっきのように俺が破壊する」
「「了解!」」
「ここでフランがオルトロスに正面に突撃するように指示してくれ。オルトロスに反応してゴーレムが動き出す筈だ。ゴーレムを倒す役はモーラルに任せる」
「はいっ!」
自分に中々指示が出されず、焦ったミンミがルウに喰いつく。
「だ、旦那様っ! ミ、ミンミはっ!? 私の役割はっ!?」
ミンミはそう言うと不満げに鼻を鳴らした。
しかしルウはミンミの存在を忘れたりはしない。
「ははっ、塔の中に大将シモンと共に強力そうな人外が控えているじゃないか。俺達が戦っている間に、これで魔力回復を図るんだ。先程のオーガエンペラーとの戦いで少し使い過ぎただろう?」
「う!? た、確かに!」
実はルウの指摘通りであった。
ミンミは先程のオーガエンペラーとの戦いで一気に魔力を半分以上使っていたのである。
ルウは小さな魔法水晶をミンミへ渡す。
この水晶石は魔力を補填する機能を持ち、魔法使いが一般的に飲用する魔力ポーションの数倍の効果がある。
当然ルウの自作であった。
「皆! 魔法使いにとって魔力切れは死に繋がるぞ! 一応全員へ同じ物を渡すから、念の為に魔力回復しておくんだ」
「「「「了解!」」」」
フランは思う。
クラン星は今回が初めての依頼遂行である。
自分も含めてルウやモーラルは冒険者としての経験さえ無い。
しかし、クラン星のメンバー全員が、もうそんな事を感じさせない程、確りとひとつに纏っていたのであった。
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