表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/1391

第70話 「お節介」

 金曜日午前11時50分……

 魔法女子学園2年C組教室…… 


「では春季講習はこれでおしまいです。再来週は入学式が行われ、新入生が入って来ます。皆さんにも後輩が出来るのですから、温かく迎えてあげてくださいね」


 フランが締めの挨拶をして、2年C組の春期講習は終了となる。

 生徒達は残り僅かな春季休暇を楽しんだ後、再び学生生活を始めるのだ。

 

「ルウ先生、週末はどうお過ごしになるんですの?」


 ジョゼフィーヌがやって来て、ルウへ話し掛けて来た。


「う~ん、魔法の研究や身体の手入れかな」


 対して、ルウは曖昧に答える。

 確かにジーモンとの模擬試合があるから嘘はついていない………

 

 しかし、ジョゼフィーヌはすぐには引き下がらなかった。


「で、では! 来週の予定はどうなっていますの?」


「ジョゼ、俺も先生になったばかりだから、悪いが学園で新学期の準備だな」


「そう……ですか」


 取り付く島も無いといった感じのルウ。

 寂しげに俯くジョゼフィーヌであったが……

 ハッとして、ポンと手を叩く。


ちまたでは、ルウ先生が生徒会の顧問になったという噂で持ちきりですわ。という事は……むむむ」


 いつの間にか……

 『自分の世界』に入っているジョゼフィーヌを、取り巻きの生徒達は呆れた顔で見つめていつる。


「そうですわ! 私も生徒会に入れば良いという事です! 何故すぐに気付かなかったんでしょうか!」


 ジョゼフィーヌは、自分の考えに夢中で周りが見えない状況だ。

 「得意満面!」という表情のジョゼフィーヌを置いて、ルウとフランはそっと教室を抜け出した。


「じゃあね」


「ああ、俺は職員室へ行くよ」


 ふたりは別々の方向へ……

 フランはルウに手を振り、校長室へ戻って行く。

 

 軽い足取りで廊下を歩きながら、フランはつい含み笑いが出てしまう。

 ルウと知り合って、こんなに余裕のある状態になったのは初めてであったから。

 

 先日の一件は、ルウを騙したような結果になって、多少気がとがめはした。

 だけど、そんな拘りを打ち消すくらい、喜びの方が大きい。

 ナディアと共に約束した『婚約者』という肩書きが、こんなに安らぎを与えるとは想像以上だったのである。


 多分、ナディアも同様に安心しているだろう。

 しかし彼女は3年A組の生徒であり、普段ルウとは接点が少ない。

 

 ルウに……会いたいだろうな、あの子……


 そう考えると、少しナディアに同情するフランであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「お疲れ様です!」


「やっと今日で終わりね~」


「新入生の受け入れ準備をしなくちゃ!」


 ルウの居る職員室は、教師達の様々な声が飛び交っていた。

 安堵の声、疲れた声、やる気満々の声―――様々である。

 

 だが……

 講習が無事に終わったのと同時に、憂鬱な表情の女性教師がひとり居た……

 彼女は自分の席に突っ伏し、「ぶつぶつ」と何か呟いている。


「はああ……いつも季節の変わり目になると、身体がすっごくだるくなるのよね」


 どうやら「ぽつり」と口に出した後は、ずっと考え事をしているようだ。


 昨日もずっとお腹が痛くて……出勤するどころじゃなかったし。

 結局、講習も今日しか出られなかった……

 それも定時に来れなかったし……最悪。


 でも、やっと副担任から昇格して、ひとり立ち出来ると思ったら……

 いきなり新1年生の担当なんて!

 生意気盛りの子達の面倒なんて……

 私が見れると思う?


 悩む女性教師の年齢は20代半ばであろうか?

 

 顔立ちは整っている。

 金髪に切れ長の碧眼、そして肉厚の唇が愛嬌を感じさせている。

 しかし体調が悪いせいか、少しやつれて呆けた顔、そして後れ毛が無造作になびいていた。

 

 と、その時。

 背後にいきなり誰かが立った。


「わ!? だ、誰?」


 振り返ると黒髪、黒い瞳の長身の青年が立っていた。

 彼女には見覚えの無い顔である。

 

 立っていた男は……

 ルウであった。

 

 微笑を浮かべたルウは、「ぺこり」と会釈をすると自分の席へ戻って行った。

 体調不良でずっと休んでいた彼女にだけ、ルウは面識が無かった。

 

 その上、今朝も定時に出勤せず、ルウとはすれ違い……

 なのでルウは、とりあえず傍に行って、簡単な挨拶代わりの『顔見世』をしたのである。

 

 女性教師は傍から見ても、とても不機嫌そうであったから、ルウでさえ会釈に止める程だった。


「ち、ちょっと! き、君!」


 女性教師は呼び止めるが……

 ルウは自分の机を「さっ」と片付けると、すぐに職員室を出て行ってしまった。


 呼び止められず、思わず苛立った女性教師は大きく舌打ちをする。

 

「ちっ!」


 しかし、間が悪いとはこの事。


「……サラ先生。ちっ……は、あまり綺麗な言葉ではありませんよ」


「へ?」


 注意の言葉が、背後から投げ掛けられた瞬間!

 女性教師……サラ・セザールは雷に打たれたように身体を硬直させ、固まってしまった。


「き、き、教頭ぉ!?」


 しかし、ずっとそのままというわけにもいかない。

 サラが恐る恐る振り返って見ると……

 眉間に皺を寄せ、腕組みをしたケルトゥリが不機嫌そうに立っている。


「教頭! も、も、申し訳ありません! 以後、言葉遣いには気をつけます」


「宜しい! 誓い通り、絶対に気をつけなさい。教師の品のない言葉遣いは、生徒達にも悪影響を与えますからね!」


 ううう~!

 あいつのせいで、怒られたぁ!


 サラは体調が最悪な上、ケルトゥリに叱られた恨みで、ルウへの印象が最悪になったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 放課後……


 サラが何とか業務を終え、学園の本校舎を出た時……

 あの憎き? 『例の男』が手を振っていた。


「おお~い!」


 男は当然ながら、ルウであった。


「な、何よ! あいつ!」


 ムッとしたサラが、ルウの居る方向へ一歩踏み出そうとした時。

 傍に影のように寄り添っている女性が目に入る。

 

 サラが目をこらして見ると……何とそれは! 


「げ! こ、校長代理じゃない!」


「サラ先生~!」


 フランは大きな声でサラを呼んだ。

 しかしサラはフランの事が、ケルトゥリ以上に苦手であった。

 いつも表情のない無機質な顔付きで、何を考えているか分からないから……

 生徒達が呼ぶ、『鉄仮面』というフランの渾名は言い得て妙だと思ってしまう。

 

 不機嫌そうな顔ならお互い様と言われそうだが……

 サラの不機嫌さは体調不良から来ているから、仕方のないものである。

 明るい性格?のサラとしては、健康だが暗い性格のフランと一緒にされては困るのだ。


 ちなみにサラは、フランが以前とは全く違い、とても明るくなった事など知りはしない。

 それ故、フランの方から声を掛けられたのに戸惑い、また叱責でもされると思ってしまう。


 ど、どうしよう!?

 講習にもろくに出勤出来ず、この状況で逃げたら……

 下手をすれば私はクビ?


 そんな事を考え、愚図愚図しているうちに……

 何と!

 ルウが目の前にやって来たのである。


「サラっていうのか、宜しくな。俺はルウ・ブランデルだ」


「は?」


 いきなり不躾ぶしつけな挨拶をされ、ポカンとするサラへ、ルウは言う。


「お前、身体の中の血の巡りが悪くて、魔力波オーラの巡りも悪くなっているぞ」


「何!? お、お前って? それに今、何て言ったの?」


 ろくに面識のないルウから、いきなり「おまえ」呼ばわりされ、サラは思わずカッとなる。

 しかしルウは、サラが怒っているのに全く構わず、つかつかと近寄って来た。


「まあ、良いから俺に任せろ!」


「な、何をする!?」


鎮静リミッション!」


 ルウが発動した魔法は……

 以前フランが異形の魔物をフラッシュバックさせ、取り乱した際、使った魔法と同じである。

 

 ルウの魔法のショックからか、サラはつい膝から崩れ落ちそうになる。

 そこにルウが咄嗟に飛び込み、彼女の身体を抱え、支えた。

 

 見ず知らずの男に抱かれ、当然サラは嫌がった。


「ううう、や、やめろ……私に触るな」


治癒(キューア)


「あううう」


 身悶えするサラへ……

 ルウの手から溢れた眩い光が包む。

 すると、彼女の身体は瞬く間に軽くなってしまう。

 今迄のけだるさが嘘のようだ……

 

 ルウにとっては至極簡単な回復魔法ではあった。

 だが、あまりにも劇的な効果にサラは呆然となる。


「な、何……これ?」

 

 脱力したままのサラを抱き起こし、傍のベンチに座らせると、ルウは穏やかに微笑んだ。


「ほら、だいぶ身体がほぐれただろう?」


「…………」


 ルウが尋ねても、サラは力なく、彼を見つめるだけである。


「また具合が悪くなったら、遠慮せず言って来いよ。じゃあな」


 笑顔のルウは、手を振りながらフランの居る方へ去って行く。

 一方、サラはまるで魂を抜かれた者のように呆然と見送っている。


「もしかして、あいつ……私の体調を気にして、待っていてくれたのか?」


 考えた途端、サラの口元に笑みがこぼれる。


「ふん……お節介め」


 だが、辛辣な言葉とは裏腹に……

 サラの口調には、間違いなくルウへの親しみが籠もっていたのである。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ