第699話 「タトラ村を救え⑤」
『うふふ! ルネさんと言いましたっけ? 貴女は、ね。今迄本気を出していなかったのよ』
ヴィヴィはきっぱりそう言うとまた軽々と蜻蛉を切った。
『まあ、貴女のような前途有望な土の魔法使いが増えるのは、私達土の精霊にとっては喜ばしい事だから!』
神や精霊は自身が強大であれば凄まじい力を振るえるが、人間の信仰心も大きな影響をもたらす。
すなわち信仰心が高くなれば高くなるほど彼等や彼女達は『神力』と呼ばれる力を増して行くからだ。
人間に置き換えれば、支持するシンパが増えれば様々な影響を与える事が可能になり、個を超えた大きな力を使えるのと一緒である。
『ルウ様、ではこの娘を少しお借りしますよ。私達は村の反対側に行きますので』
「え!?」
一方的に喋り、段取りを仕切るヴィヴィ。
ルネは少し不安になった。
2人きりでこの場を離れてどうしようというのであろう。
『え? じゃあないわ! ここまで言っても分からないのぉ? 私が今夜だけは貴女の専属精霊になってあげると言っているのよ』
専属精霊!?
予想だにしないヴィヴィの言葉であったが、どうやら聞き間違いではないようだ。
ルネは盛大に噛みながらもヴィヴィに対して礼を言う。
『あ、あ、あ……ありがとうございます!』
しかし、すかさずヴィヴィから示された課題にルネは耳を疑った。
『さあっ! 私と共に、この村の半分の岩壁を造るわよっ!』
『え? ははは、半分!? そんなに!?』
『何!? もう臆したの? 私が貴女の魔法の手解きと魔力補給をしてあげようと言っているのよ!』
『ル、ルウ先生! い、いや、ルル、ルウ様!』
ルネがルウに対して縋るような眼差しを向ける。
このままヴィヴィと行動を共にして良いのかという問い掛けであろう。
しかしルウは大きく頷いていた。
『ああ、行って来い、ルネ! ヴィヴィはお前の素質を見込んでくれたんだ。彼女の期待に応えて来い! お前なら出来る!』
ルウの叱咤激励を受けてルネは奮い立つ。
基本的に割り切りの早いルネは確りと覚悟を決めたようだ。
『わ、分かりましたっ! ルネは頑張りますっ!』
『さあ! ダッシュで行くわよっ!』
ヴィヴィが手を挙げると、ルネの姿と共に2人が消えた。
転移魔法で村の反対側に向ったのであろう。
『ははは、ヴィヴィはご覧の通りのじゃじゃ馬だが、根は素直だし、ルウ様を想う気持ちは一途でな。ルウ様にはあいつを寛容な気持ちで受け止めてやって欲しい』
『ははっ! 分かっているよ、アマイモン。彼女は俺の大事な娘さ』
『それを聞いて俺も安心した! さあ、なんなりと命じてくれ、ルウ様。他の界王同様に!』
『了解だ! 我は高貴なる4界王の偉大な力を欲する者なり! ――荒々しく逞しき、大地の王アマイモンよ、 理不尽な暴力に曝されるこの村にお前の強大な加護の手を広げてやるがよい!』
アマイモンはルウの言霊を受けて全身を眩く輝かせて行く。
言霊と共に放たれたルウの魔力を吸収して、その力を振るおうとしているのである。
白光に包まれたアマイモンがすっと両手を挙げると鈍い音が響いて来た。
ルネが造った岩壁の両側に同じ様に岩壁がせり上がって来たのである。
どうやら村の半分の岩壁をたった一度の魔法で出現させたらしい。
フランとモーラルが見渡すと堅固な岩壁がぐるりとタトラ村を取り囲んでいた。
「ああ、す、凄いっ!」
「さすが高貴なる4界王です」
間近で見る上級精霊の力にフランは「ほう」と溜息を吐き、モーラルは腕組みをして納得したように頷いていた。
『ははは、こんなものですかな。このような岩壁など本当はルウ様が容易く発動出来るのに、この俺に花を持たせて頂き、恐悦至極!』
『ははっ、では父親の力を更に見せて貰おうか? 荒れた大地を均し、お前の魔力を込めて欲しい』
『おお、ありがたい! 俺の立場までご配慮頂き恐悦至極!』
「うふふ、恐悦至極! って彼の口癖? 可愛いっ!」
フランが微笑むと、アマイモンも同じ様に微笑んだ。
モーラルも釣られてにっこりと笑っている。
『おおっ! ルウ様のみならず、麗しき奥様方の笑顔を得て、このアマイモンいつもの倍以上の力が振るえますぞっ!』
アマイモンのごつい顔が子供のように無邪気な笑顔に変わると、辺りに濃厚な魔力が満ちて行く。
『我が分身たる大地よ! 邪なる存在に穢され力を失くしたそなたに我が力を与えよう! 再び美しき豊穣たる大地に復活せよ!』
再び、アマイモンの全身が白光に包まれていた。
びりびりと大気が震え、彼の全身から強烈な魔力が放出される。
アマイモンから放たれた白光が大地を輝かせると、何やら爽やかな土の香りが漂って来たのだ。
『ああ、良い香り!』
『うふふ、準備は万端ですね』
フランとモーラルがうっとりと目を閉じるとアマイモンが豪快に笑う。
『ははははは、土の塊を粉々にして、畦も確りと作っておいた。ついでに井戸も10個ほど掘ってある! 麗しき奥様方の笑顔を頂いた事に対しての大サービスだ!』
『ははっ、何だ! 俺だけの時と大違いだな』
ルウがちくりと皮肉を言うとアマイモンは無邪気に笑い、大袈裟に頭を掻いてみせる。
どうやら彼は勤勉、そして実直な性格の上級精霊らしい。
高貴なる4界王といっても性格は皆、それぞれ大きく違うのだ。
ルウ達はひと息ついて、ルネ達の帰還を待つのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ひい、ふう、はあ!」
やがてルネとヴィヴィが戻って来た。
どうやら割り当てられた村半分の岩壁を造ったようである。
今迄にない魔法発動の疲れからか息が切れ、両膝を突いたルネ。
彼女の傍らで腕組みをするヴィヴィの表情は厳しい。
『詠唱の速度といい、魔力の有効的な使い方といい、まだまだ課題だらけですね、この子は!』
『ははっ、ヴィヴィは中々、手厳しい先生だな』
『厳しくもなりますっ! この子は良い才能を持ちながら研鑽を怠って来ました。そのツケが如実に現れていますからっ!』
『私は……私は……』
疲れもあってヴィヴィに叱咤されたルネは相当落ち込んでいるようだ。
『ルネ……』
嘆くルネにルウが優しく声を掛ける。
『は、はい……』
ルネは捨てられた子犬のような眼差しでルウを見詰めていた。
『さっきも言ったろう、ルネはまだまだ発展途上なんだって! これからだよ! ヴィヴィだってお前に期待しているから厳しい事を言うのさ』
ルウの声がルネの魂に響く。
高鳴りを持って胸に響く。
土の上級魔法使いとして大幅に成長出来る期待への高鳴りだ。
表情が明るくなったルネへ、ヴィヴィからも声が掛かる。
『そうです! 私の叱咤激励は貴女への期待の表れです! もしも貴女が相性ばっちりな地の精霊に巡り会えばもっと魔法が上達しますからねっ!』
『ヴィ、ヴィヴィさん!』
ルネは吃驚した。
ヴィヴィが魂の底からと断言出来る、満面の笑みを浮かべていたからである。
大きく頷いたヴィヴィはルネに向けてぐいっと親指を立てて突き出した。
『今晩限りの弟子となりましたが、貴女には……期待してますよっ!』
『はいっ!』
嬉しそうに大きな声で返事をするルネ。
ここで、ルウがそろそろ頃合と判断したようだ。
『よっし! そろそろ仕上げだな!』
ルウの合図を受けてヴィヴィが父に声を掛ける。
『はいっ! お父様、準備は良いわねっ?』
『おう! ばっちりだ!』
アマイモンが大きな声で答えると真剣な眼差しで身構えた。
一体何が始まるのだろう?
フラン、モーラル、そしてルネは月明かりに照らされたルウと精霊達をじっと見詰めている。
暫し経ってルウが何かを空中へ放り投げる。
「何!? 種?」
「そう! 馬鈴薯と蕪の種……ですね」
フランが魔力波読みで認めたものを、モーラルが同意する。
ルウの魔法で空中に浮いた種はルウが両手を挙げると四方に散って行く。
『よっし! 種が着地した! アマイモン! ヴィヴィ!』
『了解!』
『任せてっ! ルウ様っ!』
地の精霊の父娘の声が響くと目の前の農地があっという間に緑の絨毯に変わって行く。
『ああっ! 馬鈴薯と蕪の種が発芽して……どんどん伸びて行くっ!』
『ああああっ!』
『うふふ……』
フラン、ルネが驚嘆し、モーラルは当然というように微笑んだ。
アマイモンとヴィヴィ……
植物の繁茂を司る地の上級精霊が力を発揮したのである。
それは何という幻想的な光景なのだろう。
月明かりの下で真っ黒だった大地が鮮やかな緑色に染め直されて行くのだ。
そしてタトラ村の周囲が緑一色になった瞬間であった。
『ルウ様! また私とお父様を使って下さい! 私達父娘はルウ様のお役に立つのが生きがいなのですから!』
『ルウ様……今後ともヴィヴィを! 我が娘を宜しくお願いしますぞ!』
アマイモンとヴィヴィは大きく手を打ち振っている。
2人の身体は少しずつ白光を帯び、やがて見ていられぬほどに眩しくなった。
『ああ、またなっ!』
ルウが念話で暫しの別れを告げると同時に、土の上級精霊達の姿は白光の中に消え去っていたのであった。
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