第692話 「クラン『星』の初陣⑥」
「うふふふ、漲る! 魔力がこの身に漲って行く! 愛しいルウ様の呼んだ火蜥蜴なら尚更だわ!」
傍らに現れた巨大な火蜥蜴の威容を見て、ミンミが恍惚の表情を浮かべる。
先程、ルウが話した通りであった。
火蜥蜴の発する大量の波動がすかさず大気中の魔力に変換され、ミンミの身体をたっぷりと満たして行くのである。
「ではミンミ殿! 申し訳ないけど私も魔力補充させて頂きます!」
モーラルはルウに抱き付くと、甘えるようにして心臓の辺りへ頬を擦り付けた。
「あああ、旦那様の魔力が入って来るぅ! 濃くて美味しい魔力が私を満たすぅ!」
魔力を糧として生きる夢魔モーラルは、ルウの心臓にある魔力が大のお気に入りである。
愛する人という特別なスパイスがルウの魔力を一層美味にしていたのだ。
ルウに甘えるモーラルを見たミンミが少しだけ羨ましそうな表情をしたのは愛嬌である。
やがて準備万端という雰囲気でミンミとモーラルが言い放つ。
「じゃあ、ルウ様! 私から置き土産を差し上げます!」
「うふふ、旦那様! では私もミンミ殿に倣って」
2人は村の正面入り口を包囲したオークの大群の真上に降下して行く。
があおおおおっ!
ぐあごおおおお!
アールヴの女と人間の女?が挑発しているとみて、オーク達が猛り狂う。
怨嗟と殺意の咆哮が充満する中で、ミンミは冷たい笑いを浮かべた。
「お前達……私の剣がもっと近付かなければ役に立たないとでも思っているみたいね。 でもそれは、ね。大きな大きな間違いなのよ!」
ミンミはミスリルの剣を握っている手に軽く力を込める。
すると剣から噴き出す炎がまるで鳥のような形状になり、分離したのである。
「私が何故、炎の飛燕と呼ばれているか、教えて、あ・げ・る!」
ミンミはオーク達を鋭く睨むと裂帛の気合を発した。
「たあおっ!」
すると分離した鳥の形状をした炎が鋭くオークへ向かったと思うと、1体、2体、3体とオーク達の間を飛び抜けたのである。
その瞬間、炎の鳥に傍らを飛ばれたオーク達の動きが止まってしまう。
動かない筈である。
オーク達はとっくに絶命していたからだ。
ず、ずず……
『飛燕』によって屠られたオーク達の首がずれ、地に落ちた。
そして首を失くした胴体からはあっという間に炎が噴き出し、その炎は落ちた首もろともオークの身体全てを炭化させていたのである。
ぎゃっぴーっ!
あぎゃおううううっ!
一瞬のうちに仲間を殺されたオーク達が驚きと悲嘆の声をあげる。
ミンミは混乱するオークを見てまた笑う。
「ふふふ、見た? 『炎の飛燕』を! だけどね、私の飛燕はたった1羽じゃあないのよ。さあ、もっと味わってみてね!」
ミンミが再度剣を振ると、今度は5羽の『炎の飛燕』が出現した。
「どうぞぉ!」
飛燕は目にも止まらぬ速さでオークの群れに飛んで行く。
そしてまるで意思があるかの如く、オークの群れの中を鋭く飛びまわり、阿鼻叫喚の地獄を呼んだのである。
一方――
オークの大群がミンミの『飛燕』により大混乱する中をモーラルも平然と眺めていた。
そして小さく呟いたのである。
「うふふ、怖い? 痛い? そりゃ怖いし、痛いでしょう? でもね……」
一旦言葉を閉ざしたモーラルは唇をきゅっと噛み締めたのだ。
「私には見える! お前達に憑依した恨みの残滓が! 犯されながら喰われた女性の哀れな魂が! なのにお前達の邪な思念も見えるのよ、はっきりとね! ……この村の女を犯せ! 殺せ! そして喰えと!」
モーラルは呟きながら急速に魔力を高めて行った。
「汚らわしいお前達に黙って犯されて喰われるだけなんて……嫌! 私も死を覚悟したあの時、一歩間違えばそうなっていた……だから決して許さない!」
凄惨な笑みを浮かべたモーラルが、オーク達と距離を縮めるべくゆっくりと降下して行く。
「我が主の名において助力を要請する。水の王アリトンよ! 嘆きの川の凍れる水に鋼の如き硬さを与えよ」
ぴしゅっ!
モーラルの指先から冷たい水が噴出した。
魔法で呼び寄せた異界の水を高圧化し、鋼の刃のようにしたものであり、かつて楓村で大量のゴブリンを屠った大技である。
「しゃああああっ!」
モーラルは気合の入った声で雄叫びをあげ、大混乱するオーク達を薙ぎ倒して行く。
あっと言う間にオーク達の屍が散乱する。
「うふふ、ミンミ殿。こんなものかしら? 置き土産」
「うふふ、やるじゃない! モーラル様」
ミンミは阿鼻叫喚の地獄と化したオークの群れの上を滑空し、モーラルとハイタッチを交わす。
ここでミンミとモーラルはルウに向って念話で報告を入れる。
『ルウ様、これから私達左右の群れを殲滅します』
『はい! さくさくっとやっつけます!』
『よっし! あれでOKだ! 頼むぞ、2人とも!』
ミンミとモーラルは左右に散って行った。
彼女達が見せた『置き土産』はこれから左右の群れに対して行う攻撃の仕方の確認の意味もあったのである。
ど~ん!
ど~ん!
常人の聴覚より遥かに優れたルウの耳へ、先程から木が打ちつけられる鈍い音が止まらず入っている。
驚いた事に群れの仲間が大量に殺されて大混乱している中で、丸太で村の門を壊そうとしている連中は平気で作業を行っているのだ。
ルウの魂にモーラル同様、彼等の本能の声が聞えて来る。
犯セ! 殺セ! 喰エ!
「そうやって人の子に恐怖を与えるか……」
ルウがピンと指を鳴らす。
指の上に小さな火球が現れる。
ルウが無造作に手を振ると火球は消え失せ、丸太を持っていたオークが悲鳴も出せずにあっという間に燃え尽きる。
「お前達にも中で震えている村の女と同じ様に恐怖を与えてやろう」
ルウの鋭い目は射抜くようにオークの群れを見詰め、彼が指を鳴らすとまた丸太を持った別のオークが炎に包まれたのであった。
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