第691話 「クラン『星』の初陣⑤」
「よ~しっ、では俺の立てた作戦を話そう」
ルウはじっと見詰めるフラン達を見渡すと、にっこりと笑う。
「作戦は至極単純さ。俺とモーラル、そしてミンミは飛翔して空中から攻撃魔法で包囲しているオークの群れに損傷を与える」
事も無げにいうルウ。
彼を見て先程、飛翔魔法の話を聞いてショックを受けたカサンドラとルネ。
2人は相変わらず大きく目を見開いている。
そんな2人に構わずルウの説明は続いて行く。
「但し、村に攻撃魔法が影響しないように注意して攻めてくれ、慎重にな。俺は同時に火の精霊を呼び出すから、ミンミも遠慮なく魔力を使って良いぞ」
「はいっ! ルウ様」
ミンミが元気良く返事をしたのに続いて、フランが大きな声をあげる。
「という事は私も!ですね? 旦那様」
どうやらフランは自分のやるべき事を即座に理解したようだ。
「ははっ、察しが良いな! さすがフランだ」
「はいっ!」
フランの返事も決してミンミに負けてはいない。
両名のやる気を感じて、ルウも嬉しそうに笑い、続けて指示を出す。
「フランとカサンドラ先生、ルネ先生はここで待機。もしこちらへオークが逃げて来るようであれば、俺が指示を出すから攻撃魔法で迎撃してこれを殲滅する。その際、フランは火の精霊を召喚し、攻撃と魔力補充をするんだ」
フランが火の精霊を召喚出来ると聞いたミンミが、少し驚いた表情を見せる。
「ほう! フランシスカ様も火の精霊を召喚出来るのですね?」
「ええ、まだまだ交歓を始めたばかりの『初心者』ですが」
ミンミの問いに対して、フランは謙遜するように答えた。
初心者――しかし、それは真意ではないと直ぐにミンミは分かったようである。
「ふうむ! やはり貴女は私の好敵手として相応しい! 私、絶対に負けませんよ!」
ミンミはやはりフランを自分の好敵手として見ているらしい。
そんなミンミの宣言に対してフランも全く負けてはいない。
「うふふ、ミンミさん! 私も……絶対に負けませんよ」
しかし傍らで聞いていたカサンドラが不思議そうな表情でさっと手を挙げた。
「ちょっ、ちょっとルウ様! し、質問です!」
「ははっ、何だ? カサンドラ先生」
「火の精霊を召喚出来るだけでも私には驚きなのですが……その上で魔力補充とは何でしょう? 教えて下さいっ!」
カサンドラも必死なのである。
元々ルウの弟子入りを宣言したので、この機会に様々な事を学び、経験したいとの気持ちが強いらしい。
ただ、あまりにも違うレベルの差を見せられて少々臆しているのが真実のようだ。
ルウはカサンドラの気持ちを察して説明をしてやった。
「ああ、簡単だ。精霊とはこの世界を成り立たせている4つの元素の大元だろう。この大気に満ちる魔力は例えれば彼等の息吹とも言えるんだ」
「???」
だが、カサンドラは首を傾げている。
最初の件ではまだ意味を理解出来ないようだ。
「ははっ、もう少し説明しよう。4大精霊の発する魔力波は、そのまま大気中の魔力に変換されるんだ。俺達は普段、この魔力を体内に取り入れて自分の魔力に変換するだろう。だから火の精霊を召喚し、彼等が実体化すれば付近の魔力が通常より濃くなり、魔力供給が容易くなるのさ」
「ななな、成る程!」
カサンドラはルウの説明で理解出来たらしい。
納得したようにポンと自分の手を叩いたからだ。
ルウは更に追加の説明をしてやった。
「精霊魔法とは精霊の魔力を使って発動させる魔法だから、召喚した後は基本的に術者の魔力は消費しない。それどころか精霊が居る事で通常より魔力消費の負担が軽いから、異種魔法同時発動が容易になるぞ」
「えええっ、異種魔法同時発動って!?」
またも新たな話が出て、カサンドラは吃驚している。
異種魔法同時発動とは同時に種類の異なる魔法を発動する事であり、魔法使いでも発動可能な者は数少ない。
以前にナディアが嘆いていたが、中々難易度が高いのだ。
ここでミンミが胸を張った。
「ははは! カサンドラ、ルウ様は既にケルピーを召喚している。更に火の精霊を召喚し、自身を飛翔させ、最後には攻撃魔法さえ使う! 底知れないだろう?」
「あわわわ……」
4種類の魔法を同時に発動するルウを、まるで自分の事を誇るようにいうミンミの『煽り』に対してカサンドラは改めて吃驚し、大きく目を見開いている。
だが、これはさすがにルウの『教育的指導』が入った。
「こらこら、ミンミ。まだ作戦の説明中だぞ」
「はっ、はいっ! 申し訳ありません! つい誇らしくて!」
申し訳無さそうに頭を掻くミンミ。
彼女は本当にルウを崇拝しているのである。
勿論ルウも本気で怒ってなどいない。
そんな中、ルウはフランへ最後の説明をした。
「ははっ、万が一フランの方へ来るオークが捌き切れない場合は待機させてあるケルピーに乗って脱出してくれ。行き先は先程の騎士小隊の駐屯地にしてある。彼等に報せて一旦、ジェトレ村まで撤退して欲しい。だがそれは最悪のケースだ。まあその状況になったら俺達3人のうち1人が動いて背後から挟み撃ちにしてやるけどな」
「了解しました!」
フランが元気良く返事をした。
ここからクラン星による、タトラ村を襲うオーク殲滅の作戦が開始されたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「飛翔!」
ミンミの詠唱と決めの言霊が発せられるとルウとモーラルも同時に飛び立ち、その姿はあっという間に見えなくなる。
「すす、凄い!」
「…………」
「ほらほら、カサンドラ先生、ルネ先生、こちらも用意しますよ」
ルウ達が飛び去ったのを呆然と見送るボワデフル姉妹に対してフランが声を掛けた。
フランは自分の方に向くボワデフル姉妹へにっこりと笑いかけると、直ぐに表情が真剣に切り替わる。
3人はここでオークの群れを迎撃するのだ。
「カサンドラ先生は先程と同様、火弾で攻撃して! 万が一の場合は合図をするから、全員が直ぐケルピーに騎乗する事。状況によって旦那様とオークを挟み撃ちにするか、騎士達の所まで撤退。これで良い?」
フランが作戦を再確認すると、ルネが慌てて喰らいつく。
「ま、待って、フラン! 私も! 私も岩弾で迎撃くらいさせて! さっきから全然貢献していないもの!」
「了解! じゃあルネ先生が撃つタイミングは指示するわ」
ホッとするルネを横目で見て、フランへルウへ念話でスタンバイOK!の連絡をしたのである。
一方、こちらはルウ達であるが、もうタトラ村上空に到着していた。
「成る程! オーク共め! ぐるりと四方を包囲しているな?」
「はい! 正面の正門前が1番多いようですね」
オーク達は既に上空に居るルウ達に気が付いている。
指をさして騒いではいるが、弓などの攻撃手段を持たないので意味も無く石を投げるくらいであった。
だが、正門に居るオークの部隊は何か丸太のようなものを持ち出して、木製の正門へ打ち付けている。
どうやら門を打ち壊して、村へ乱入しようとしているらしい。
それを見たルウの瞳がスッと細くなった。
「猶予は無いようだ、行くぞ!」
パチンと指を鳴らしたルウの目前にいきなり巨大な火の精霊が出現する。
無詠唱で召喚した神速ともいえる早業であった。
思わずミンミが溜息を洩らす。
「はぁ……さすがです、ルウ様!」
「よしっ、ミンミ。炎の飛燕の真髄、存分に見せてくれ! モーラルも思い切り行け! 但し村を壊すなよ!」
「「了解っ!」」
ミンミが愛用の剣を抜くと燃え盛る炎が噴き出した。
モーラルも不敵に笑っている。
ルウは大きく頷くと、改めて眼下に居るオークの大群に厳しい視線を投じたのであった。
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