第69話 「起こり得る事」
木曜日午後、陽は西へ少しずつ傾いていた……
夕暮れの中、レストランを出た3人は、ルウを先頭にし、フランとナディアは後ろにふたり並んで通りを歩いている。
「あんなに騒いだら、もうあの店は出入り禁止かもしれないわ」
苦笑するフランに釣られ、ナディアもはにかみ口を開く。
「でもフランシスカ先生、ボク後悔していません。他のお客さんに迷惑をかけて申し訳なかったけど……今日は特別な日になったんだもの」
ナディアは潤んだ目でルウの姿を追っている。
そんな彼女を見て、フランも嬉しそうだ。
「そうね。ルウを型にはめた感はなくはないけど、貴女のおかげよ、ナディア」
「うふふ……」
「それにこうなったからには学校以外ではフランって呼んでね。ルウを呼ぶ時も学校以外では『先生』って要らないかも」
「じゃ……じゃあフラン姉さんで良いかな? ボク、弟しか居ないから新鮮なんだ。素敵なお姉さんが出来るなんて凄く嬉しいよ!」
「うふふ、宜しくね。可愛い妹さん!」
「実は、ルウの事……少し前に先生無しで呼んじゃった。ご、御免なさいっ!」
素直に告白し、神妙に頭を下げるナディア。
フランもそんなナディアが急に愛おしくなって来たようだ。
ふたりが話を弾ませているのを聞き、ルウも嬉しそうである。
「お~い、楽しそうだな」
「あ、ル、ルウ、今日は御免なさい。何かね、ほら」
「うん、ボク達を許して。君に、そ、その、見捨てられたくなかったんだ。だからつい……」
口籠るフランとナディアに対し、ルウはいつもの通り穏やかな笑顔を見せた。
「いや、俺こそ悪かったよ」
「え? ルウ?」
「ど、どうして? 謝るの?」
戸惑うフランとナディアを見つめ、ルウは言う。
「いや、俺は自分自身の気持ちが今迄良く分からなかった。だけどお前達に言われてすっきりした。俺にとってお前達は、かけがえのない大事な『宝物』なんだ」
「大事な……宝物!」
「ルウ、何て事言うの! ボク達泣いちゃうよ、そんな事言われたら」
「女性からそこまで言わせて悪かった」と、ルウは思っているという。
聞けば、ルウが育ったアールヴ族の里でも愛を伝えるのは、『男から女が一般的』らしい。
アールヴという言葉を聞き、フランは急にケルトゥリの事が心配になって来た。
「ねぇ、ナディア……アールヴと言えば私、教頭がすご~く気になるの」
「う~ん。フラン姉、ボクも今、ジゼルの事を考えていたよ」
フランとナディアは顔を見合わせると同時に深い溜息をついたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
学生寮住まいのナディアを、魔法女子学園まで送り……
ルウとフランは、ドゥメール伯爵邸へと戻って来た。
週末の『試合』をずっと考えているのであろう……
満面の笑みを浮かべる家令のジーモンに、帰宅の挨拶をした後、
ふたりは、書斎に籠もっているアデライドの下へ向かった。
母の書斎の前に立ったフランは、軽く息を吐いてから、ノックをした。
入室を許可する声がしたのでフランは扉を開けて中へ入る。
書斎の机で仕事をしていたらしいアデライドは、微笑みながら立ち上がり、ルウとフランに長椅子へかけるよう告げた。
「お母様、報告があります! 大事なお話です」
座ってから、開口一番。
はきはきと話す愛娘の姿に、アデライドもつい居住まいを正した。
「あら、フラン。改まって何かしら? ふふふ、ルウと何かあったんでしょう?」
「えっ」
と、図星をつかれ、フランは小さく叫んだ。
ずっと愛娘を見守って来たアデライドには、母親としてだけではない。
同性としても、恋する気持ちが手に取るように分かるのだ。
「それであなた達、結婚するの? 私は構わないわよ。それどころか大賛成かも」
続けさまの、母の意外な反応に対し、フランは口籠ってしまう。
「ええっと、結婚はまだなんだけど……」
フランが悲しそうに呟くと、アデライドは苦笑した。
「まあ普通に考えて、いきなり結婚はないか……それなら婚約したのね」
「はい! 婚約しました!」
一転して、笑顔で頷く愛娘の姿に、相変わらず笑顔で応えるアデライドである。
しかし話はこれで終わらない。
「実はお母様、もうひとつ……」
「どうしたの?」
言い難そうに口籠る愛娘の姿を見て、アデライドは訝しげに尋ねた。
ここで助け舟を出したのはルウである。
「俺が説明しますよ、アデライドさん」
やや俯き加減となったフランの肩を軽く叩き、アデライドの顔を見つめると、ルウは話し始めたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ルウの説明が終わっても……
アデライドの笑顔が曇る事はなかった。
「へぇ……あのナディアも一緒に婚約したのね」
「ええ、間違いありません。フランとナディアの両方、守ってやりたい。ふたり共俺の愛する大事な女です」
ルウはアデライドへ向けてきっぱりと言い放った。
揺るぎない決意を秘めた『男』の表情である。
アデライドはそんなルウをじっと見つめていた。
洞察力に優れ、魔眼も合わせ持つ彼女はすぐに状況を察した。
多分……
ルウは、自分からアプローチなんてしていない。
フランとナディアから、「無理押しした」に決まっている。
だけど彼は、自分からフランとナディアを伴侶にしたいと言い切ったのだと。
結婚が嫌ならば、きっぱりと断わっていた筈である。
アデライドは愛娘の恋が叶ったと安堵し、嬉しくもなって来る。
「ルウ、この国は一夫多妻制を認めているの。これは確かアールヴも一緒だったと思うけど」
アデライドの問い掛けに、ルウは小さく頷いた。
同様に頷いたアデライドも、話を続ける。
「と、いう事で、倫理的には全く問題は無いわ……」
「だけどね」と、アデライドは悪戯っぽく笑う。
「まだクリアしないといけない問題があるの。この後、起こり得る事も含めてね」
「問題ですか?」
「ええ、問題が残っているのよ」
相変わらず笑みを浮かべるアデライド。
彼女の笑みは、「そんな『問題』如き、容易く解決して当然」という叱咤激励であった。
「ひとつめは……ナディアのお父上、エルネスト・シャルロワ子爵の説得よ」
「ナディアの親父さんの……説得」
「ええ、あの方は、平民という貴方の身分を理由にして、反対するかもしれないわ」
「分かりました。俺、頑張って説得します」
「宜しい! そしてふたつめは、『このような事』が今後も起こり得るって事なの」
「え? お母様? このような事がまた起きるって?」
母の言葉に反応したのはフランである。
対してアデライドは、フランを見据え、言う。
「ええ、他にも必ずいる筈よ。貴女や『ナディア』になる可能性の人がね」
「あ!」
母の言葉を聞き、フランは小さく叫んだ。
アデライドの言う通り……
学園内の出来事を見ていると、『心当たり』がたくさんあったから。
色々な考えや思いが駆け巡ったフランは、憂鬱になり表情も雲ってしまう。
暗い表情のフランだが、アデライドは相変わらず冷静である。
「もう、フランったら、今から心配しても仕方がないでしょう」
「ま、まあ……そうだけど」
「ルウは誠実よ、もし妻が増えても、貴女やナディアをないがしろにしたりしない」
「…………」
「魔法使いとして才能に満ち溢れ、将来は凄く有望。男としての甲斐性もある。私はそうなっても、大丈夫だと思っているわ」
ここでアデライドは、何かを思い出したように笑い始めた。
「うふふふふ。古代の王様で妻を100人持っていた人も居たらしいけど……ルウは何人まで行くかしら?」
複雑な表情を浮かべるフランの傍らで……
アデライドは楽しそうに笑い続けたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お母様」
「何、フラン?」
「まだ……お話があるわ。別の事で……」
フランはどうやらジョルジュの事を思い出したらしい。
目でルウへ合図する。
彼女は現場に居合わせなかったので、
ルウから、「アデライドへ説明して欲しい」という意思表示だ。
頷いたルウは……
昼間、ナディアと一緒の時、ジョルジュに出会った事。
そして街のならず者に乱暴されそうになった所を助けた事。
などを、ひと通り話したのである。
経緯を聞いたアデライドは……
ルウに頭を下げ、深く礼を言った後、大きく溜息をついた。
「あの子はね。魔力そこそこ、センスそこそこで、魔法使いとしては平凡なの」
アデライドは、我が子に対しても、はっきりと言い切った。
いかに身内だからといって……
魔法に関しては妥協せず、息子を贔屓しない彼女の厳しい姿勢がある。
「あの子は……ジョルジュはね。自分の才能が特別ではないことを自覚しているのよ。だから魔法使い以外の他の道も勧めた……でも、益々意地になってしまって……」
いろいろ聞けば、やはりジョルジュは、貴族らしく誇り高い少年らしい。
だが、溜息を吐くアデライドに対し、ルウのいつもの『言葉』が響いた。
「ジョルジュも、俺に任せてください」
「え?」
「フランと結婚したら彼は弟。俺で役に立つ事があれば何でもやります」
「あ、ありがとう!」
アデライドは思わず立ち上がって、ルウの手を握った。
フランも同じく礼を言い、ルウの背中から抱きついたのである。
「でもルウ、出来るなら、いつもの通りの言い方をしてくれない?」
笑顔のアデライドに言われたルウは、にっこりと笑って言い放った。
「まあ、任せろ!」
ルウとの出会いで、フラン同様、ジョルジュにも新たな可能性が生まれれば……
アデライドはルウの力強い言葉を聞いて、『ささやかな願い』を持ったのである。
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