第688話 「クラン『星』の初陣②」
ヴァレンタイン王国第二の都市バートランドの南正門を出て南下する街道は、暫く行くと道は3つの方向に分かれる。
ここを左折すると、村と言うには大きな街に近いジェトレの村へ、右折すると幾つかの町や村を経て海洋国家バートルガーへ、そして真っ直ぐ南下すると辺境の村タトラへ到達する道となっているのだ。
ケルピー達は通常の馬の倍近い速度で滑るように駆けて行く。
通常の馬であれば当然『揺れ』があるのだが、この美しい妖精馬は大地に蹄を着けずに、滑空するように走っているのだ。
あっという間に『分かれ道』に着いたルウ達であるが、今回の依頼書によるとオークの群れが占拠している街道はタトラ村へ続く道にあたる。
そしてそのタトラへの道は10名ほどの騎士の小隊が簡単な陣地を作り、封鎖していたのだ。
「おお~い、そこの冒険者達、止まれ~!」
ルウ達がケルピーを止めると、隊長らしい男が歩み寄って来た。
髭をたくわえた中年の人間族の男である。
騎士の男は少し疲れているような印象をルウは受けた。
「もしかして、お前達はオーク討伐の依頼を受けた冒険者のクランか?」
騎士隊は依頼を受けた冒険者のクランを心待ちにしていたようだ。
ルウはすかさず返事をする。
「ああ、そうだ」
「で、あれば冒険者ギルド発行の依頼書を持っている筈だ。確認させて貰おう!」
騎士隊は冒険者ギルドから正式な発注を受けたクランの確認もしているらしい。
ルウとしても全く異存はない。
「了解だ! 今、馬を降りるから待っていてくれ。とりあえず下馬するのは俺だけで良いか?」
「OKだ! 但し、おかしな真似をしたら直ぐに戦闘態勢に入らせて貰う」
騎士が笑顔のまま、警告を発した。
たまに無頼の徒が現れるのであろう。
そんな輩は悪即斬なのは当り前である。
「ただでさえ怪しい奴が多いだろうから当然だろうな、じゃあ直ぐ下馬しよう」
ルウはふわっと宙に浮き、ケルピーの傍らに降り立った。
「おおっ!」
騎士もルウの下馬を見て、彼が魔法使いだと気付いたらしい。
「ははっ、失礼した。こちらが依頼書だ」
ルウが依頼書を渡すと、騎士はじっくりと目を通して行く。
「ふうむ! クラン星というのか? 成る程! おおっ、あの炎の飛燕ミンミ・アウティオ殿が居るではないかっ!」
どうやらこの近辺ではミンミの2つ名は有名らしい。
「はぁい! 私はここです」
ミンミは、さっと手を挙げるとケルピーから飛び降りた。
そしてルウの傍らに駆け寄るとにっこり笑う。
美しい菫色の瞳に見詰められた騎士は年甲斐も無く照れている。
「おお! 相変わらず美しい! 素晴らしい目の保養をさせて貰ったぞ! これは幸運だ! ええと、クラン星のリーダーはルウ・ブランデル? ……これは誰だ?」
「あんたの目の前の俺がルウ・ブランデルだ」
「ミンミ殿、間違い無いな?」
「はい! この方がルウ様です。そして貴方が見ている依頼書のサインを見て頂きたいわ」
ミンミの指摘を受けて、騎士の男は依頼書の一番下を凝視した。
「サイン? む? クライヴ・バルバーニーだと! ギルドマスターが依頼書へ直々にサインか? ミンミ殿、このクランは貴女が参加している事も含めて特別なクランという事か」
騎士の男はクラン星を認めたようである。
ミンミの参加とクライヴのお墨付きはそれを証明して余りあるのだ。
「そういう事!」
得意げに胸を張るミンミに騎士はOKサインを送る。
オークの脅威を考えて実力不足のクランを追い返す仕事もあるのだろう。
「分かった! このまま通ってくれ」
ミンミの説明とアピールにより騎士が通過OKを出したが、今度はルウがストップを駆けた。
「ちょっと待ってくれ。少し聞いて良いか?」
「何だ?」
「まずこの先のオークの群れの情報を知っておきたい。依頼書によれば50~80くらいの数だというが、それで間違い無いか?」
ルウの索敵なら正確な情報を掴める筈である。
傍らのミンミは怪訝な表情になった。
「ふうむ……それがなぁ……残念ながら現在は、はっきり確認出来ていないのだ」
「確認出来ていない?」
「ああ、最近は人手不足で碌に偵察を出していないからな。何回か、全員で恐る恐る遠巻きに確認したら、大体それくらいの数だった。今はまた増えたかもしれないなあ、ははは……」
「お前達は……王国の民を守り、治安を維持するのが任務ではないのか?」
「ああ、確かにそうだな……だが俺達地方の騎士隊は慢性的な人手不足でね。人も装備も碌に整っていない、戦いになれば仲間は呆気なく死んでしまう。俺も明日になればどうなるかは分からないのさ」
騎士は寂しそうに笑う。
「俺達はヴァレンタイン王国騎士隊ジェトレ村支部の所属なんだが、王国騎士隊で人数が充分に足りているのは王都セントヘレナとバートランドくらいなんだ」
目の前の騎士の男からは無垢な魔力波が放出されている。
後方に居る騎士達も同様であった。
彼等に無力な民を守りたいという志はあるが、慢性的な戦力不足という現実の前では無力感に打ち拉がれてしまうようだ。
地方勤務を名乗り出る者が圧倒的に少ないのはどうしても避けられない。
騎士の出自が貴族が大多数を占める現状では王都セントヘレナやバートランドにどうしても志望者が偏ってしまうのだ。
そうなると若干高めの報酬を設定しても、コスト的には冒険者を使って解決するのがずっと効率的となってしまうのが事実である。
「今回は王国の判断で冒険者のクランに任せる事になっていたからな。ジェトレの防衛を考えると、この場所に割けるのは俺達小隊だけなのさ」
「…………」
「与えられた任務も単なる街道封鎖なんだ。それにたった10名の、この小隊ではオーク80体に攻められたら到底敵わない……絶対無駄死にになる。俺はともかく部下を無為に死なせるわけにはいかない。もし奴等が来たら、直ぐに撤退さ」
「では……タトラの村は今、どうなっている?」
「うむ……さすがにそろそろ偵察を出そうと思っていたんだが、状況によってはバートランドへ援軍を求めなくちゃいけなくなる。だが……とりあえず、魔法使いのあんた達が来てくれたからな。……期待しているよ、頼む!」
騎士の男は真剣な眼差しで右手を差し出した。
自らの無力さを感じながら、全ての現実を飲み込んで目の前の任務に邁進する男がここに居る。
ルウはがっちり握手して、その男の思いを確りと受け止めたのであった。
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