第685話 「美しき供物③」
「その日以来、私はルウ様達と共に歩んで来ました」
類稀なる才能と底知れない魔力量を見込まれて、ルウは当時のソウェルであるシュルヴェステル・エイルトヴァーラ直々に指導を受けていた。
誰もが羨むソウェルからの直接指導は他のアールヴ達の妬みを買うのには充分であったが、結局誰も何も言えなかった。
乾いた砂漠の砂がどんどん水を吸い込むようにルウがシュルヴェステルの教授する魔法をどんどん習得して行ったからだ。
そしてルウ自身も優秀な教師であった。
呪われた魔族である夢魔のモーラル、禁忌の存在であるアマンダやケイトに魔法を教えるような者はアールヴの中には皆無である。
その為、ルウが自然とモーラル達3人の教師になったのだ。
そこへ魔法の修行に行き詰っていたミンミも新たに加わったのである。
当初は魔法の習得に対して才能の限界を感じ、絶望感しか無かったミンミであったが、ルウの適切な導きで火の精霊との交流を深めて行く。
後がないという覚悟でルウの厳しい指導にも耐えて、無我夢中に頑張るミンミ。
だが、暫くするとその努力が実ってルウが見込んだ素晴らしい才能が開花し始めたのである。
またルウの教えは魔法だけに留まらなかった。
シュルヴェステルが教授するアールヴ秘伝の魔導拳、そして世界放浪の末に身につけた凄まじい剣技もミンミに叩き込まれて行く。
駄目だと思っていた魔法の習得が嘘のように進み、体術、剣技までもが身について行く。
かつて自分が夢見ていた強い魔法剣士になれる!
まるで夢のような状況にミンミは嬉しくて堪らなかった。
真っ暗であった自分の人生がルウによって明るく開かれたのだから……
そしてルウ達と共に修行を始めて約3年後……火の魔法使いとして覚醒していたミンミは新たなステージに到達したのである。
「ミンミ、炎の魔導剣の習得おめでとう! 良く頑張ったな!」
「あ、ありがとうございます!」
ある日、愛用のミスリル剣に美しい炎を纏わせる事が出来た時にルウはミンミを抱き締めてくれた。
続いて、モーラル、アマンダ、ケイトも同様に祝福してくれる。
ミンミは彼女達とも確りと抱き合ったのだ。
「だけど……どうして私はこのように劇的に変われたのでしょう?」
ふと疑問がミンミの口から出た。
今の自分の成果が信じられないという実感からであろう。
そんなミンミの言葉を聞いたルウが逆に問う。
「ミンミ、今ここで何の抵抗も無く、俺やモーラル、そしてアマンダ、ケイトと自然に抱き合えたのはどうしてだと思う?」
「え!?」
「以前のお前なら考えられない事だろう? これが魂の絆の力なのさ」
「魂の絆……」
驚くミンミにルウが捕捉してくれた。
呆然として頷くミンミ。
確かに以前のミンミであれば抱擁どころか、目の前にルウ達が居ても、嫌悪感で集中力を欠いてしまったであろう。
「ミンミ! 物事を本質で捉えようとする探究心。俺達への偏見の無い気持ち……お前の清らかな魂が火の精霊を受け入れ、眠っていた才能を呼び覚ましたのさ」
「ルウ様……」
「切磋琢磨しながら暮らして行くうちに俺達の間には絆が生まれた。それは今や誰にも切り離せないものとなっている。この絆で結ばれた今のお前は俺達にとってはかけがえのない仲間なのだよ」
「私もそうですよ、ミンミ様! 貴女は夢魔の私も拘り無く接してくれました」
「私達……一生大事な仲間同士ですよね!」
「ミンミ様!」
ルウがミンミへ大事な仲間だと呼び掛けると、モーラルやアマンダ、そしてケイトも嬉しそうに頷いた。
「そんな! わ、私は……私は! あなた達をずっと酷い目で見ていたの! ……本当に御免なさい! 私こそあなた達を失いたくない! 私を救ってくれた大事な大事な仲間です!」
遠い昔の日に魂の底から絞り出すような声で叫んだあの言葉……
それ以来、ずっと気持ちは変わっていない。
中でも……ルウは特別な人なのだ。
今、ルウの目の前に居るミンミの菫色の瞳には大粒の涙が浮かんでいる。
「あ、ううう……私はあの日、絶望の淵に沈む所を貴方に救って頂きました! そして貴方の全てにずっと憧れていました……だ、だから……あ、貴方について行きたかった! 離れたくなかった!」
「ありがとう、ミンミ……済まなかったな、」
ルウが謝ったのは以前謝罪したのと同じ理由からだ。
ミンミがルウを一途に思い、旅立った事に対してである。
ミンミが炎の魔導剣習得後、更に時が過ぎ、シュルヴェステルが死病に取り憑かれた。
死期を悟ったシュルヴェステルがルウをソウェルの後継者として指名するとアールヴ達はまっぷたつに割れそうになったのである。
あくまでシュルヴェステルの意思を尊重しようとする者達と、いくら魔法の天才でも所詮は人間……異邦人であるルウにアールヴ一族の総帥であるソウェルを継がせるのは断固反対だとする者達とに、だ。
ミンミは当然ルウを支持した。
ルウの実力、人柄を考えるとシュルヴェステルが推したのは当然だと考えたからである。
しかし若いアールヴであるミンミの支持など大勢には殆ど影響を及ぼさない。
そのうちルウはモーラルを連れて里から姿を消してしまった。
ミンミに「幸せになれよ」というひと言を残して……
ルウはミンミにアールヴの女としての幸せを望んだに違いない。
結局、ソウェルにはルウを推していたリューディア・エイルトヴァーラが就任した。
最終的には彼女がシュルヴェステルの推薦をも取り付けたのだとミンミは聞いたのである。
それから暫くしてミンミもアールヴの里を旅立った
アマンダやケイトも同様に旅立ったのだ。
但し行き先は一緒ではない。
ルウから「力をつけろよ」と言われ、世界を巡って武者修行をするというアマンダとケイトに対して、ミンミはルウの行方をひたすらに追いかけようと決心したのである。
「ミンミ! 私達、ルウ様にお会い出来たら必ず連絡を取り合いましょう!」
「了解!」
今やミンミとアマンダ達の間には何のわだかまりもない。
アールヴの貴族の一員であるミンミに対して本来は尊称を使うべきなのだが、ミンミがお互いに呼び捨てで呼ぼうと申し入れたのである。
「私達は仲間なのだから!」というとアマンダ達も納得してくれたのだ。
ミンミは旅立つと直ぐに冒険者の街と言われるヴァレンタイン王国のバートランドを目指した。
以前、ルウと話した時に彼が冒険者になりたいと言っていたのを憶えていたからだ。
しかしバートランドに着いてどこを探してもルウは居なかった。
暫くすると様々な情報を得て、ルウの行方は分かったが、ミンミはじっくり実力をつけてから彼に会うと魂に決めて、ここまで頑張って来たのである。
ルウに相応しい女と呼ばれる為に、彼の良き伴侶となる為に!
以前会った時もそうであったが、ミンミのその健気な思いを受け止め、ルウは感謝した上で、彼女へ詫びたのである。
リューディアから『この話』があった時もミンミは当然の如く受け入れた。
アールヴのソウェルの命令という絶対的なものは勿論、自分の気持ちに向き合った時にルウは魔法の師匠であるのは勿論、それ以上に自分の人生にはなくてはならない思い人だと分かっていたからだ。
「ルウ様! ミンミは貴方のものです。リューディア様の命令などなくても貴方の女なのです。お願いします! 私を受け入れて……下さい!」
「ミンミ、お前のいう通り、確かに俺には分かっていた、お前の気持ちが、な。但しアールヴにとってソウェルの命令は絶対だ。お前に少しでも一族の為にという気持ちがあったなら、俺はお前を受け入れる事を拒んだかもしれない」
「ルウ様!」
「ミンミ……俺はお前達のソウェルにはなれないが、違う形でアールヴには恩返しするつもりだ。それが俺なりのけじめのつけ方だ。そこにお前が道具として介在してはいけないのさ」
ルウはそう言うと大きく両手を広げた。
細身で華奢な体格のルウの筈なのに、ミンミには彼の懐がとてつもなく大きく広く見えたのである。
もう躊躇う事はない!
ミンミは大きな声でルウの名を呼ぶと、彼の胸へ飛び込んで行ったのであった。
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