第682話 「先輩として」
「じゃあ、次は護衛系だ。これはバートランドからセントヘレナに戻る案件が良いと思ったんだ」
続けてルウが護衛系の依頼の話を切り出した。
ギルドマスターのクライヴ・バルバーニーに対して申し入れたように、ルウ達は本来の教師という仕事の関係上、8月4日までには王都セントヘレナへ戻る。
なので、セントヘレナへ帰還する際に完遂可能なミッションを受ければ、とても効率的といえるだろう。
ルウの言葉を聞いたミンミが納得したように頷き、彼をじっと見詰めた。
「さすがルウ様です。討伐系と探索系のミッションをクリアしたら、どうせセントヘレナへ帰還しますから、ついでに受注すれば良い話です。護衛系の報酬は目的地であるセントヘレナの冒険者ギルドでも受け取れますから」
「ははっ、護衛系の依頼は報酬受取の為にバートランドへ戻る必要がなければ全く問題無いな。依頼書によれば8月2日の早朝出発予定でセントヘレナのブシェ商会から商隊護衛の依頼がある。報酬は成功条件で金貨100枚……ほう、ブシェ商会ってアンナの実家か?」
ルウが親しげに依頼主を呼んだので、ミンミが眉をひそめて訝しげな表情になる。
「むう! アンナって、一体誰ですか?」
ミンミの疑問に対して笑顔で答えたのがフランである。
「うふふ、旦那様が教えている魔法女子学園の生徒ですよ」
「生徒……ルウ様の教え子ですか、ふうむ……羨ましい」
フランの言葉を聞いたミンミは腕組みをして考え込む。
しかしつい本音が出たのを皆に聞かれたと知るや、慌ててフランへ質問をする。
「で、ではなく依頼主が生徒の親とは……もしかして面倒な事にならないのですか?」
「多分、大丈夫でしょう。お母様……いえ、理事長にも許可を取ってありますから」
依頼主がたとえ生徒の親でもフランはそんなに心配していないようだ。
理事長であるアデライドの了解は勿論、公務員活動優遇制度に則っての活動なのでそれを盾にもするらしい。
フランとミンミの話がひと段落したと見て、ルウは話を続けた。
「今回の採集系は……おお、無期限受付対応のマンドラゴラだな。報酬は1つにつき金貨30枚、依頼主はヴァレンタイン魔法大学……これは現品を魔法大学へ直接納品して受け取るとの事だ」
「でも旦那様……マンドラゴラはとてもいわくつきの魔法植物です。その……基本的には安全の為に犬を犠牲にして採集しますが……本当に受けますか?」
フランの言う通り、マンドラゴラという魔法植物の採集はまともにやっていたら命がいくつあっても足りやしない。
何せ植物なのに引き抜く時に怖ろしい叫び声をあげ、まともに聞いた者は発狂し、終いには死んでしまうからだ。
「犬を犠牲に? いやそんな事はしないぞ」
「え?」
ルウが犬を犠牲にする採集方法をとらないと宣言したのでフランは首を傾げた。
「確かにマンドラゴラは採集の際に大変な危険を伴う魔法植物だ。しかし俺が発動する魔法で問題なく採集出来る。今回は土の精霊にも協力して貰うから」
「…………」
ルウが説明しても採集方法の明確なイメージが浮かばなかったのであろう。
フランはそれ以上言葉を発さず、黙って微笑むに留まったのである。
「ははっ、まあ後のお楽しみだな。それとその他系の依頼だが、俺が選ばなかったのには理由がある。今回はクライヴ、貴方からの依頼があるのだろう?」
ルウがその他形の依頼書を選ばなかったのは、もう既に依頼があったと見抜いていたようだ。
「ルウ、さすがだな。確かにその依頼なら俺がエドモン様から依頼書を預かっている」
「エドモン様から?」
エドモンから依頼書と言う事は依頼主はエドモン本人であろう。
「ああ、これだ」
クライヴから依頼書を渡されたルウは内容をじっくりと確認しながら、大声を張り上げるのではなく、最低限の声で読み上げて行く。
「ええと……現金の運搬? 届け先はルウ・ブランデル? 金額は金貨3,000枚? 運搬人へ先払いで渡す事……」
「ははは、その現金も俺が預かっている。今直ぐ渡そう!」
「……これって依頼なのか?」
「ああ、間違いなくお前のみへの依頼だ。既に受諾済みになっていて今、俺が金を渡せば依頼完遂だな。ランク昇格に必要なポイントもクランメンバー全員へ確りつく」
自信たっぷりに言いきるクライヴ。
しかしこれは職権乱用では……思わずルウはそう言いかけた。
「良いのか? それって……」
「良いんだ、ルウは既に何かエドモン様の依頼をこなしているのだろう? それの報酬じゃあないか?」
クライヴが問題無いと言い切ったので、それ以上ルウは反論はしない。
「……ははっ、まあ良いか。じゃあ宜しく」
「ああ、金はこれだ」
クライヴは竜金貨3枚をルウに渡すと晴々とした表情になった。
「今回、エドモン様と俺で提示した他の依頼は全て却下となったからな。これで安心したよ」
この後、暫しルウ達とクライヴは話し込んだ。
話題は冒険者の心得に始まって、バートランドの概況、そして他愛もない事まで多岐に渡ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
バートランドの冒険者ギルドを後にしたルウ達一行……
クラン星のメンバーは意気揚々と歩いて行く。
当然先導するのはミンミ……ではなく、何とカサンドラであった。
どうやら、これから向かうホテルはカサンドラが手配したらしい。
「さすがに、ここは先輩冒険者として貢献しないと! ルウ様! 今夜宿泊するホテルは既に予約してあります。ホテルバートクリードに格では及びませんが、魔導システムで給湯も完備した結構良いホテルですよ」
「姉と私で厳選しました!」
カサンドラとルネが胸を張ると、すかさずミンミが追求する。
「カサンドラさん、ルネさん、一応お聞きします、ホテルの名前は?」
「ええ、宝冠です」「おしゃれでしょう?」
質問に対してカサンドラとルネが即答するとミンミは満足したように大きく頷く。
「宝冠……ふむ、あそこならOK! 中々の趣味ですね、宜しい、合格!」
バートランドはミンミの庭と言って良い。
ここでも当然、チェックが入ったのである。
「ははっ、ミンミの合格が出れば大丈夫だ」
ルウも笑顔で頷いたのでフランとモーラルも顔を見合わせて微笑んだのであった。
――10分後
ホテル宝冠フロント……
フロントの担当者がボワデフル姉妹の予約した部屋を読み上げる。
「ようこそ、ホテル宝冠へ! カサンドラ・ボワデフル様のお名前で3人部屋1つ、2人部屋1つ、そして個室1つを間違いなく予約致しております」
「ああ、よかった! では各自部屋でひと息つきましょう。お部屋に案内をお願いします」
ルネがホッと息を吐き、部屋への案内を頼むとフロントが控えていたスタッフに合図をする。
「は! お客様! こちらへどうぞ!」
スタッフの指し示す先には上階へ行く為に、扉の開いた魔導昇降機が見えていた。
「ちょっと、待ったぁ!」
しかし、ここで大声をあげたのがミンミである。
「その部屋割り……今一度、詳しくお聞かせ頂きたい!」
「ひ!?」
ミンミはカサンドラを睨むと、ずいっと身を乗り出して迫ったのであった。
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