第678話 「ミンミの恋人宣言」
「ルウ様ぁ! ルウ様ぁ!」
「ははっ、よし、よし」
ルウの胸の中でミンミ・アウティオは甘えまくる。
フランとモーラルは嫉妬に駆られてなどおらず、傍らで苦笑していた。
そもそもアールヴという種族は誇り高く排他的な性格で知られている。
だが一旦、魂を許した身内には真逆なまでに親愛の情を見せるのだ。
その事実をフラン達はリーパ村において、アマンダとケイトの振る舞いを見て理解していたのである。
10分程、ルウと抱擁したミンミはやっと満足したらしい。
いきなりルウから離れて、きりっと直立不動の姿勢を取ると、大きな声で言い放ったのだ。
「ルウ様! ミンミ・アウティオは、この度S級ランクに昇格致しましたっ!」
「おう! 凄いな! 益々、頼もしくなったな。偉いぞ! ミンミ」
「はいっ!」
ルウに褒められたミンミは満面の笑みを浮かべていた。
だが、ここは冒険者ギルドの正門前である。
ミンミがずっと待っていたのに加え、ルウが現れてから今迄のやりとりを見て、何事か?と、行き交っていた多くの冒険者達が足を止めて2人を見詰めていた。
いきなり熱く抱き合うのを目の当たりにしたら、ルウとミンミは親密な恋人同士に見えるのは当り前の事であった。
「何だ、あれ!?」
「ショックだ! あんな奴がミンミちゃんの恋人?」
「あれって、ミンミちゃんのベタ惚れじゃないかよぉ!」
「畜生!」
何せこのバートランドの冒険者の間では際立つ美貌を誇り、凄腕で名の通ったアールヴの魔法剣士の恋の相手が判明したのだ。
途端に周囲にはルウに対して羨望の眼差しと怨嗟の声が充満する。
しかし当然の事ながらミンミは全く気になどしてはいない。
それどころか!
集中した男達の視線を引きつけるように挑発するようなポーズを取ると……
「はぁい! 皆さん、この方が私の彼でルウ様と言います。私が好きな殿方はルウ様以外居ませんのであしからず! どうか、諦めて下さいねぇ」
ミンミは大きな声ではっきりと宣言してしまったのだ。
一瞬の沈黙……
そして、殆どの男から大きな溜息が吐かれた。
中には恨みがましい目付きでルウに近寄ろうとする男も居たが、ミンミは更に大きな声を張り上げる。
「なお! ルウ様に適正な理由も無く……私の件などで喧嘩を売った方に関しては冒険者ギルドのサブマスターとしてギルド規則に則り厳正な処罰をさせて頂きます」
ミンミは愛用の剣をすらりと抜き放ち大空に掲げた。
魔法伝導に優れたミスリルの鋭い刀身が、真夏の眩い太陽の光を受けてギラリと不気味に光る。
ルウにちょっかいを出そうとしていた男達は完全に……固まった。
「では、ルウ様! 行きましょう!」
ミンミは改めてルウと確り手を繋ぐと、フランとモーラルに一礼する。
そしてギルドの建物に向ってずんずん歩き出したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
バートランド冒険者ギルド総本部1階……
ヴァレンタイン王国の第二の街バートランドは冒険者ギルド発祥の地であり、ギルドの総本部も置かれている。
他の街の支部に比べて、建物の規模も敷地もざっと3倍近くはある大規模なものだ。
5mほどの壁に囲まれた白壁の5階建ての1階にルウ達は足を踏み入れている。
その1階はというと、冒険者の依頼と報告用カウンター、そして新規登録者受付カウンターが設置されているが、午後早めという時間のせいもあって、早朝のピーク時に比べると冒険者の数はずっと少なかった。
片隅には冒険者が気軽に座れるようにベンチがいくつか置かれていた。
そのひとつにカサンドラとルネのボワデフル姉妹が座っている。
碧眼と鳶色のオッドアイが特徴な美貌の双子姉妹に対して、例に洩れず男性の冒険者数人が話し掛けていた。
クランの仲間として引き入れ、あわよくば自分の『女』にする!
冒険者達の行動は単純且つ分かり易かった。
そんな彼等の行動に対して怒り心頭なカサンドラではあったが、この状態で暴れたら問題になる事は今迄の冒険者生活で分かっている。
困ったカサンドラが辺りを見回すと、ミンミと腕を組んだルウの姿が目に入った。
予想していなかったルウの姿に驚いたカサンドラではあったが、彼の姿に思わず安堵の声をあげる。
「ああ、ルウ様!」
姉が声をあげたのに続いて、妹のルネも喜びの声をあげた。
「ああ、ルウ先生!」
困惑していたカサンドラとルネが大きく手を振っている。
ルウはミンミと腕を絡ませたまま、ボワデフル姉妹と冒険者達へ近付いた。
「何だぁ、てめぇは!?」
法衣姿のルウを見た冒険者は訝しげ且つ憎々しげな視線を向ける。
余計な邪魔をするなという、殺意の篭もった鋭い視線である。
しかし!
ルウの腕に絡みついたアールヴの女を見た彼等は全員が顔色を変えたのだ。
「え、ええっ!? ミンミ……サブマスター!?」
「嫌がる女の子を無理矢理誘ってはいけないわね……冒険者としても、男としても、ね!」
ミンミはルウの腕に摑まったまま、にっこりと笑う。
冒険者達は意外な人物の意外な姿を見て呆然としていた。
ミンミ・アウティオは『炎の飛燕』という2つ名を持つ魔法剣士なのだが、アールヴという種族特有の性格もあり、男性に決して媚びない女として有名であったからだ。
それが……初めて見せる、恋する女としての姿なのである……
冒険者達が戸惑うのも無理はない。
「ミンミ、悪いが、ちょっと離れてくれ」
「はいっ!」
ミンミはルウの命令には絶対に従う女の子だ。
素直にさっと離れて、傍らに立つ。
ルウは僅かに微笑むと冒険者達の前に立ち塞がる。
「な、何だよ!?」
「てめぇ、色男振りやがって!」
冒険者達の怒りも当然の事であった。
ルウの背後にはミンミ以外にもフランとモーラルが控えていたのだから。
「ははっ、悪いな その2人は俺達の連れ――同じクランの仲間なんだ。引き下がってくれないか」
ミンミに怖れをなした男達もルウが前面に立ったせいか、女の手前、何とか恰好をつけようとしたいらしい。
「う、うるせぇ!」
「引っ込んでろ、糞餓鬼!」
冒険者の男達に酷く罵られても、いつもの通りルウの表情は穏やかだ。
何気にルウは男達へ左の拳を突き出す。
ルウを睨みつける男達が何事かと良く見ると、親指と人差し指で挟んだ5枚の大銅貨である。
くちゃっ!
一瞬の事であった。
冒険者達の憎しみに満ちた目が、驚きのあまり点になる。
ルウの指先にあった5枚の大銅貨が、一瞬のうちにまるで柔らかい飴のように折り曲げられていたのであった。
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