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第676話 「宰相への報告」

 ヴァレンタイン王国王都セントヘレナ、王宮宰相執務室……


 この部屋のあるじであるヴァレンタイン王国宰相フィリップ・ヴァレンタインは法衣ローブ姿の魔法使いの男と正対して座っていた。


「ははははは!」


 フィリップは何か面白い事でもあったのか、いかにも可笑しそうに笑っている。


「ほう! そうか! そんなに受けたのか?」


「ええ、とても受けましたね」


 フィリップに問われて答えを返したのは、法衣を着込んだ黒髪の魔法使いの男――ルウであった。

 穏やかなルウの顔を見て、フィリップは悪戯っぽく笑う。


「まあ、私とエドモン様がそのような親書をしたためたのは、そもそも君のせい……だがね」


「ははっ、俺が原因ですか?」


「ああ、完全に君の影響を受けて作った親書さ。だけど結局はボリス王にも『受けた』のだろう?」


 フィリップはそう言うとルウから預かった魔法学校創設の契約書をひらひらと振ってみせた。

 署名欄にはロドニア王国国王ボリス・アレフィエフの名が確りと書かれている傍らに『ルウに一切任せる』という一文が記載されていたのである。


「ボリス王自身の恩人、愛娘リーリャの恩人、そしてロドニア王国の恩人……加えて実際に会って更に信頼し、惚れ込んでしまったのだろう、ね。君に……まあ、私達と一緒だな」


「…………」


 フィリップはさりげなくルウへの信頼と感謝の気持ちを織り交ぜて来たが、ルウは相変わらず穏やかな表情だ。

 そんなルウを見て、フィリップも微笑みながら話を続ける。


「君は我がヴァレンタインの公使として魔法学校の創設契約という任務完遂だけでなく、立派な外交官の役割までも果たしてくれた。ボリス王の嫡子ロディオン王子とも単なる兄弟を越えた間柄になったんだろう?」


「ええ、彼は将来良い王様になりますよ」


「ふむ! 先程の話を聞けば、君は騎士団長ガイダル公爵、宰相フェレ公爵にも大いに好かれている。ガイダル公爵の愛娘エレオノーラ嬢と婚約もしたそうだし、当国としては万々歳の結果だ。どうだ、副宰相として私の部下にならないか?」


「申し訳ありませんが……」


「断わられるのは分かっている! しかし惜しい!」


 フィリップはいかにも残念そうな表情である。


「まあ、アデライド姉様からは引き抜き禁止の釘を刺されているし、エドモン様も私と全く同じ気持ちだろう。ところでロドニアの魔法学校の具体的な手配は?」


「はい! 用地の手配、校舎の建設費用は主にロドニア最大のヴァロフ商会に仕切って貰いますが、ヴァレンタインの商会とも提携するように話は通してあります」


 ルウは魔法学校創設の了解だけで無く、校舎建設の道筋までつけてくれたのだ。

 フィリップはその段取りの良さに舌を捲く。


「ふうむ! それは素晴らしい事だ。各商会に声を掛けて入札で決めるのが良いだろう! それと人の派遣の方は?」


「はい! いくつか考えています。魔法女子学園は勿論、魔法男子学園、魔法大学、魔法省ラインの現役及びOB、OGからも人材のピックアップをしたいのでご配慮下さい」


 ヴァレンタイン王国の魔法省は各魔法学校の上部組織ではあるが、主に魔法の保持、保存をメインとした記録管理の省庁である。

 省のトップである魔法省長官には魔法大学などの元理事長や校長が就任する事が多く、はっきり言って閑職なのだ。


 アデライドのように魔法大学の学長をして現場ともいえる魔法女子学園の理事長の職に就く事自体が稀なのである。

 更にルウの提案は抜かりが無い。


「後は創世神教教会にも人材派遣の相談をした方が宜しいかと……」


「そうだな……」


 ルウの言葉に答えるフィリップの声のトーンが低くなった。


 創世神教教会のトップは枢機卿アンドレ・ブレヴァルである。

 ヴァレンタイン王国における防御魔法の総本山ともいえる創世神教教会は教義を元にした独自の方針を持っており、王家と意見が合わない場合も多々ある。

 基本的に穏やかな紳士ではあるが、ブレヴァル枢機卿自身が名うての頑固者なので説得には骨が折れるが、フィリップとは結構相性が良く、今迄に大きな問題には到っていない。


 ここまで考えたフィリップは大事な事を思い出した。

 素晴らしい働きを見せたルウに対して、ヴァレンタイン王国は一切褒美を出していなかったのだ。


「各案件は滞りなく粛々と進められそうだ。ところで今回の任務に対して、君への褒美の件なのだが……」


「いや、不要ですよ」


 ルウはあっさりと言う。

 本当に欲が無いと思うフィリップであったが、これではただ働きばかりさせてしまう事になる。


「そのようなわけにはいかないんだ。規則でね……」


 フィリップがそう言うと、暫し考えていたルウが、にっこりと笑った。


「……ではひとつだけお願いがあります。かつて泥の池と呼ばれていたセントヘレナ近郊の池と周囲の土地の件です」


「泥の池? ああ、工務省から報告があった。信じられないくらい綺麗になったそうだが……ああ、そうか! ルウ、君の仕業だな」


「ええ、まあ……それで、お願いですが、王国が責任をもって管理し、絶対に汚さないようにして欲しいのです」


「ふうむ! ……分かった! ではあの場所は私、フィリップの直轄領ということにして厳重に管理させよう」


 ヴァレンタイン王国では王族や王家の流れを組む特定の上級貴族以外が領地を持つ事を禁じられている。

 領地は基本王国の直轄領で貴族は貸与された土地を管理し、税金を納める事で働きぶりが評価され、俸給を受け取る形になっているのだ。


「じゃあ、フィル。そろそろ俺は行きますよ」


 ルウによれば今日はこのままバートランドのエドモンへ報告に赴くという。

 自分と同様にルウの報告を聞いて、機嫌が良くなるだろうとフィリップは思う。


「では!」


 ルウが一礼すると彼の姿は煙のように消え失せる。

 彼がこの宰相執務室へ訪れた時と同様に転移魔法を発動させたのだ。


「む?」


 ふとフィリップが振り返ると机の上に包みが残されていた。

 包みの表面には鮮やかな色使いで金糸雀カナリアの絵が描かれている。


「ふふふ、あいつめ!」


 フィリップは急いで机の引き出しに包みを隠す。

 王族でフィリップのような立場の人間が食べるものは基本的に厳重な毒味を経た物が殆どであり、市井しせいの店の商品などは絶対に巡っては来ない。


「お~い、ユリア!」


「はいっ! フィリップ様、何か御用でしょうか?」


 フィリップが扉を開けて呼んだのは、最近彼のお気に入りの侍女である。

 若くて溌剌としているのに加えて、とても気配りの利く美しい少女であり、僅かだが亡き妻リゼットの面影がある事も彼が重用する理由であった。


「いつもの毒味役に頼んで紅茶を淹れて貰ってくれ」


「かしこまりました! 更に私も毒味をさせて頂きます!」


 走り去って行く可憐な侍女の後姿を見ながら、何故か仕事中だというのに、フィリップはとても穏やかな気持ちになったのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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