第670話 「幕間 メラニーの恋①」
※こちらの幕間は第472話「進路相談⑨」を参照の上、お読み下さい(作者)
メラニー・バラボー自宅、大広間、某日朝……
朝食を摂り終わったメラニーに向って彼女の母が何か紙片を振っている。
「メラニー!」
「はい! お母様!」
元気良く返事をしたメラニー。
母はメラニーに良く見えるように持っていた紙片を高々と掲げた。
「お手紙来ているわよ、貴女へ」
「手紙?」
手紙?
誰だろう?
メラニーは首を傾げた。
彼女が普段親しくしている友人は、その気になれば直ぐ会う事が出来るので、通常は手紙のやりとりなどしないのだ。
母が裏面を見て、読み上げた差出人はメラニーにとっては意外な人物であった。
「ええ、差出人はルウ・ブランデルっていう方よ。 確かメラニーの学園の副担任の先生よね」
「えええっ!? ルウ先生からお手紙?」
驚くメラニーに対して、紅茶を啜っていた父がカップから口を放して話し掛ける。
「先生からの手紙かい? そういえば最近、学園生活はどうだね、メラニー?」
「ええ、楽しいです! お父様」
元気良く返事をするメラニーを見て、嬉しそうに目を細めた父は大きく頷いた。
「ふむ、宜しい! ところで仕事が忙しくてお前とずっと話す事が出来なかったが、先日お前とペリーヌを助けてくれた人の話を詳しく聞かせてくれないか?」
「は、はいっ! お父様!」
メラニー・バラボーは父の下へ駆け寄ると、横に座り直して、先日ルウにしたのと全く同じ話をしたのである。
――15分後
愛娘の話を聞き終えたメラニーの父ロイク・バラボーは暫くじっと目を閉じていた。
メラニーは父の反応が気になって仕方が無い。
何せ鋼商会の前身である鉄刃団はあくどい事で有名な愚連隊で このセントヘレナの嫌われ者だったのだ。
しかし現在、メラニーが調べた限りでは彼等、鋼商会の悪い噂は全く聞かない。
メラニーはリベルト・アルディーニの事を素晴らしいと思っている。
多分、彼は大きな挫折を経験しながら、立ち直り、街の人々に嫌われるどころか、今や尊敬されて仕事に邁進しているのだから。
リベルトさんに比べたら小さな挫折かもしれないが……私も……
メラニーも少し前の自分を思い出す。
一時は魔法女子学園の退学も考えたくらい、彼女も行き詰ったのだ。
学園でのルウの指導でやる気が出ていたメラニーは、たまたまリベルトに危機を助けられ、鋼商会を知った。
こうしてメラニーは生活に張りが出て完全に立ち直り、前向きに明るく、勉学に魔法にそして家事にも積極的に関わるようになったのである。
そんな娘の変化にまず気が付いたのは母親だった。
母親からロイクへ話が行き、父親である彼も先日街中で助けられた事件が何か娘に影響を及ぼしたと感じていたのである。
ロイクは目を開けてメラニーを見た。
メラニーはだいぶ緊張している様子である。
多分、鋼商会に対して自分がどのような話をするか気にしているに違いない。
「大丈夫だよ、メラニー」
開口一番、発した父親の声は穏やかでメラニーを充分安心させるものであった。
「え? お父様」
「鋼商会の前身である鉄刃団の事は私も良く知っている。彼等は無法者で手がつけられない集団だった」
やはり父は鋼商会の過去を知っていた。
と、なると!
メラニーは辛そうに口篭る。
「あ、ううう……」
しかし顔を顰めるメラニーを安心させるように父ロイクはにっこりと笑う。
「だがな、それは過去の事だ。最近彼等は変わった。商業ギルドのマスターのお墨付きを貰い、地道に真面目に仕事をしている。私も何人もの人からとても良い評判を聞いている」
「えええっ! じゃ、じゃあ!」
「ああ、なるべく早く時間を作ってリベルトさんの下へお礼に伺おう!」
「ははは、はいっ!」
メラニーは天にも昇る気持ちであった。
父が鋼商会を気持ち良く認めてくれたのだ。
次はぜひともリベルトに会わなければならない。
メラニーは両親に挨拶すると早々に自室へ戻ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
メラニーは父と話し終わって、自室に戻ると一応、扉に内鍵を掛けた。
彼女も年頃の乙女であり、ノック無しで入室は許さないというのが自然な雰囲気であった。
しかし父親はともかく、時たま母親が同性の気安さからいきなり扉を開ける事に閉口していたので、最近は部屋に戻るとほぼ施錠しているのである。
さて……ルウからの突然の手紙とは一体何だろう?
メラニーは封を切るのも、もどかしく手紙の中身を取り出した。
すると内容はまさに今のメラニーが1番望む内容がしたためられていたのである。
メラニー・バラボー様
いかがお過ごしでしょうか?
先日、貴女からお話のあった鋼商会の会頭、リベルト・アルディーニ氏の件ですが、下記日程の時間のいずれかで訪問すれば面会出来るように手配しておきました。
先方に手紙等で連絡の上、訪問されてはいかがでしょうか?
ルウ・ブランデル
「ややや、やったぁ!」
メラニーはルウからの手紙を抱き締めて小躍りした。
まさに渡りに船である。
直ぐ父親のロイクに伝えて、鋼商会訪問のスケジュール調整をしなければならない。
「でも……」
メラニーは逡巡した。
彼女の本音としては1人でリベルトへ会いに行き、2人きりで話したかったのである。
このまま素直に父親に伝えれば、礼を言いたいという父親、そして一緒に助けて貰った侍女のペリーヌ、加えて護衛の従士が加わって甘い雰囲気など絶対に生まれないだろう。
「どうしよう……」
困ったメラニーは消去法で考える事にした。
今回、何が1番優先して大事なのか良く考えたのである。
じっくり考えた結果――答えは出た。
リベルトの人柄はこの前のやりとりで分かった通り、申し分ないくらい誠実だと思っている。
自分という存在を知らしめ、相手の情報を収集をする事がまず第一。
そしてリベルトが自分を恋愛の対象として見てくれるかを確認する事が第二。
父ロイクにもリベルトという男性を知って貰い、娘の恋愛相手として認識して貰う事が第三。
この3つのミッションの中で難易度がとても高いのが第二のミッションであろう。
果たして1回会っただけの、ずっと年下の女の子を覚えていてくれて、しかも好き嫌いと言い合う間柄になれるか?
「彼……多分40歳近いかも……私みたいな子供を相手にしてくれるかしら?」
メラニーは思わず頭を抱え込んだ。
リベルトは父親よりほんの僅か年下だけではないのか?
そんなに年齢差があって、果たして上手く行くだろうか?
ここでルウが傍らに居たらメラニーの悩みは直ぐ解消していたに違いない。
何せ、リベルトはまだ27歳の若さなのである。
リカルドは良く言えば、大人の男臭い顔、悪く言えば『ふけ顔』なのだ。
「でも! 私は決めたんだ」
運命の出会いだと感じたあの日の思い……
迷わず一直線に進もう!
今迄、両親やジョゼフィーヌの意見に左右されて来たメラニー・バラボーは初めて人生の節目の決断を自分の考えで行おうとしていたのであった。
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