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第67話 「付呪」

 キングスレー商会でナディアに問い質され、ルウは「きょとん」とした顔をしている。


「ルウ!」


「ん?」


「今のそれ……『彼女』の意味を知らないって……本当に本気で言っているの?」


 ナディアはもう1回念を押すが、ルウは本当に知らないらしい。


「ああ、本当に本気だ。俺、ナディアが『彼女』って意味が分からない」


「ええっ、何それ?」


「だってさ、彼女って、単なる三人称の代名詞だろ? 生徒よりも特別な意味なのか?」


 ナディアはそれを聞くと唖然とした表情をした後、

 「やれやれ」と首を横に振った。


「先生を君と呼ぶのはすご~くまずいけど……敢えて言わせて貰うよ。君って、本当に浮世離れしているねぇ」


「おお、そうか?」


「そうだよ、もう! 君が嘘なんかついていないのは良く分かったけど……今の話の続きは、場所を変えて後でさせて貰うね」


 ルウを軽く睨むナディアだが、もう口元には笑みが浮かんでいた。

 ナディアは軽く拳を握ると、次にマルコへと向き直る。


「ええと、マルコさん……でしたっけ?」


「はっ! はい! ナディア様!」


 ナディアが貴族の令嬢だと知って、マルコもさすがにフレンドリーな態度は取れなかった。

 ナディアの実家であるシャルロワ子爵家とは全く取引がないからだ。

 家風も含めて、ナディアの人となりも分からない中では、口の利き方ひとつで地雷を踏んでしまいかねない。


 緊張するマルコを見て、ナディアはため息をつく。


「もう! 全部ルウがいけないんだよ」


「え? 全部俺が悪いのか?」


「そうさ! ボク、かしこまってやりとりするのは嫌いだって伝えるタイミングを、君のせいで逸してしまったじゃないか」


「悪い、悪い」


 ナディアの叱責を受け、ルウは素直に手を合わせて謝ると、改めて本日の買い物の趣旨をマルコに伝えたのである。


「マルコ、ナディアは自分用の魔法の杖を探しているんだ。この店に何か良い品は無いかな?」


 そんなルウを見て、マルコは呆れ顔である。

 この朴訥とした平民の青年が何故、名だたる貴族の令嬢達にこう慕われるのかと。

 

 ナディアの前だから、絶対に言えないが、本当はこう言いたい。

 フランシスカ様にしてもナディア様にしてもルウ、お前って一体何?と。


 ルウとマルコが話している最中……

 ナディアの名が呼ばれた際、彼女が口を挟んだ。


「あの、マルコさん……ボクの事はナディアで良いからね。これ本当にお願い!」


 ナディアが有無を言わせない真剣な眼差しで言ったので、マルコはルウに視線を走らせた。

 いわゆるアイコンタクトである。

 

 マルコにしてみれば「本当にOKなのか?」という再確認の合図であった。

 ルウは穏やかに微笑みながら頷いた。


 と、なればいい加減に事態を収束しなければならない。


「さすがに呼び捨ては出来ません。さん付けでいかがでしょう?」


 最後にはマルコが頭を下げ、妥協案を出した所で話はまとまった。

 結局……

 ナディアは勿論、ルウも『さん付け』で呼ぶ事となったのである。


「ではナディアさん、ルウさんと一緒に奥の特別商談室で商品をご覧になって頂きましょう」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 それから30分後……


「現在、当店にある商品で、ナディアさんにお勧め出来る魔法杖はこのあたりですかね」


 マルコがリクエストされた商品……

 テーブルの上に魔法棒、魔法杖合わせて3本を載せていた。

 皆、趣きがあり魔法発動を促す為の杖であるが、過度の装飾がされた物は無い。

 事前に、装飾が過度な物はオミットするよう、ナディアが頼んだのである。


 やや短めの魔法棒はローズウッド製、そして魔法杖はミスリル製とハシバミ製の2種類。

 1番、魔力を伝導するのはミスリルではあるが、どれも甲乙付け難くナディアは選択に悩んでいた。


「マルコさん! ボク迷っちゃうな! 3本、それぞれ値段はどんなものなの?」


 いくら貴族の娘とは言え、ナデイアは金銭感覚が麻痺しているわけではない。

 また全部買うという浪費家的発想も無かった。


「ええと……ローズウッド製の魔法棒が金貨10枚、魔法杖はミスリル製が金貨30枚、ハシバミ製が金貨20枚ですね」

 ※この世界の金貨1枚は約1万円。


「ふ~ん、皆、結構するものだね 手持ちのお金だと、ちょっと厳しいかな?」


 そうは言いつつ、ナディアは残念そうだ。

 ここでルウが口をはさんだ。


「ナディアはどれが一番欲しいんだ?」


「うん! あのハシバミの魔法杖が気に入った。でも金貨5枚ほど足りない。ボク、ナッツも好きだからね」


 ぺろっと舌を出すナディアであるが、購入に関しては見送るらしい。

 

「予算が折り合わないから仕方がない。やっぱり諦めるよ」


 少し迷った末、ナディアはゆっくりと首を横に振ったのである。

 

 傍らでルウとナディアの会話を聞いていたマルコであったが…… 

 こちらも暫く考えた上で、ナデイアに笑顔を向ける。


「ナディアさんは普段、贔屓ひいきにしていらっしゃる商会がお有りですよね?」


「え!? ええ……まあそうですけど」


 ナディアはマルコに問われて曖昧に頷いた。


 今日ルウと王都で会う事になっていなければ、杖の購入手配は親友のジゼルに頼んでいた可能性が高かった。

 カルパンティエ公爵家御用達の商会の女性店員に寮まで来て貰い、買っていたであろうから。


 ナディアのような貴族令嬢を新たな顧客にする機会を、辣腕の商人であるマルコが逃がす筈がない。


「ルウさんの紹介でいらして頂いたという事も含め、当商会のサービスです。金貨5枚はお値引きさせて頂きます」


「え? ほ、本当?」


「ええ、それならご予算に合いますか?」


「はい! ばっちりです」


 嬉しそうに返事をするナディアを、ルウも目を細め笑顔で見守っている。

 ナディアは嬉しそうにハシバミの魔法杖を手に持つと、可愛らしくポーズをとった。


「似合う?」


「ああ、凄く似合う。ちょっと俺にその杖を預けてくれないか?」

 

「はい! どうぞ!」


 ナディアはルウに魔法杖を渡すと、一体どうするのかと首を傾げた。


「ナディア、俺は以前この店に来た時フランに贈り物をした。残念ながらお前に同じ物をあげられないから、俺が同じくらいの贈り物をしてやりたいと思う」


「え、ええっ? フランシスカ先生に贈り物をしたの? それでボクにも?」


 ルウは黙って頷いた。

 そして一瞬口篭ってから、また口を開いたのである。


「さっきは悪かった。フランと同じ『彼女』というのは、お前も俺が守る必要がある女だと分かった」


「え?」


「ナディア、俺はお前を守るよ、約束する」


「そうか……それで校長に贈り物をしたってあえてボクに言ったんだね?」


 ナディアはつい苦笑した。


 ボクとフランシスカ先生を対等に扱う為に……プレゼント?

 でも……彼女って……

 ただ守るだけっていうのとは、ちょっと違う気がするけど……

 出来れば、もう少し具体的な愛の言葉が欲しいのに。

 

 しかし、ルウの顔を見たナディアは、そんな希望などもうどうでも良くなっていた。

 ルウが『守るべき女』だと言ってくれたから。

 その上、自分に対して贈り物をくれるというルウの優しい想いが、今のナディアには心地良かったのだ。


「嬉しい……」

 

 ナディアは僅かに俯いて呟いた。

 彼女の頬は赤く染まっている。


 ナディアの様子を見て、マルコは複雑な表情だ。

 ルウばかり何故? という感情が甦る。


 困惑気味のマルコに対し、ルウがそっと呟いた。 


「悪いが、マルコ。これから俺がやる事を内緒にして欲しい」


「内緒? ま、まあナディアさんがOKなら構いませんが、ルウさん 何をするおつもりですか?」


 マルコの問いかけに、ルウは答えず、ただ頷くのみである。

 同時に「ひゅう」とルウの口から息が洩れると!

 即座に言霊の詠唱が始まった。


「打ち倒す北の風、安らぎを与える南の風、厳かに送る西の風、そして出会いをもたらす東の風―――」


 あっと言う間に部屋の空気が張り詰め、急速に息苦しくなって行く。


「全ての風を行使する風の精霊シルフよ。我の守るべき者に加護を与えよ! この大地の子に汝の力を込め、祝福せよ!」


 ルウの手から一陣の風が巻き起こる。

 そして風と共に強力な魔力波オーラも立ち昇った。

 魔力波は魔法杖にまとい、一瞬眩く輝いた後、また元に戻った。


「ルウ! そ、その杖に……な、何をしたの?」


 一瞬の出来事に、ナディアは呆然としている。

 ルウは魔法杖をナディアに渡すと、にっこり笑った。


「お前は素晴らしい風の魔法使いになれる素質がある。だがそれには、風の精霊シルフと心を通わせ、風の力を知る事が必要不可欠なんだ」


風の精霊シルフと心を通わせる……」


「そうさ! 風の精霊シルフはお前に近付こうとしなかった。理由は分かるだろう?」


 そうか……

 悪魔ヴィネに支配されていたから……

 風の精霊(シルフ)はボクを避けていたんだ。


「しかし、そんな足枷あしかせはもうない。その魔法杖は風の精霊(シルフ)を呼び、お前が風の力を行使する際、大きな手助けとなる筈さ」


 こともなげに言うルウの言葉に、ナディアもマルコも愕然としていた。

 それもその筈である。


 ルウが発動したのは、付呪魔法エンチャントなのだ。

 

 それも並みの術者には出来ないレベルである。

 ルウはいとも容易く風の精霊シルフをこの場に呼び出し、精霊の力を魔法杖に込めたのである。


 付呪魔法エンチャントはある意味、召喚魔法に近い。

 魔法を行使する術者と呼び出される者にそれぞれの理に基づいた規則ルールがあるのと一緒なのだ。

 その上でお互いが主張する意思の折り合いをつけて発動し、決着させないと術は成立しない。

 実行する日時、場所、使用する魔道具など、綿密で周到な準備も必要である。


 しかしナディアは、そんな事をもうすっかり忘れていた。

 大いなる驚きの感情が過ぎた後……

 彼女には、先程の喜びの感情が再び舞い戻って来たのである。


 嬉しい!

 ルウは、「私を守る!」と約束してくれた!


 今のナディアには贈り物となった魔法杖よりも、ルウの言葉だけで充分である。


 感極まったナディアは……

 大きな声でルウの名を呼ぶと、彼の胸の中へ飛び込んで行った。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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