第669話 「祝いの宴……そして帰還へ」
『リーリャ・アレフィエフ一行』がロドニアの王都ロフスキに入って僅か3日後の昼……
帰省した第三王女リーリャの結婚祝いが王宮の大広間で行われている。
通常、王族の結婚式ともなれば、古来からのしきたりに基づいた様々な儀式や物言い、衣装着用等々、とんでもなく手間がかかるものになるが、今回はそれらを全く省いた単なる内輪の宴であった。
出席者もルウとリーリャの2人に始まり、ボリスとラダの王夫妻と子供達、そしてグレーブ・ガイダル公爵夫妻とその子供達、バルタザール・フェレ公爵に加えて、フランを筆頭にしたルウの妻達全員、そして リーリャの面倒を実際にみて来たブランカ・ジェデクもその中に入っていたのである。
大広間にはルウとリーリャ、そしてボリスとラダ夫妻が出席者を迎える形で笑顔を振りまいていた。
ボリスの子供達はロディオンを筆頭にして兄弟になるルウを大歓迎している。
またグレーブとセシリア夫妻はルウの婚約者となった愛娘エレオノーラが明るく朗らかになった事をとても喜んでいたし、愛息のアトロも頼りがいのある兄が出来て大満足のようであった。
バルタザールは当初ルウの妻達とリーリャの折り合いをとても心配していたが、フラン達に引き合わされるとその心配は一気に解消してしまったのだ。
しかし傍から見たらとんでもない結婚である。
由緒正しき大国の王女、それも国民に抜群の人気を誇る王女が異国の平民の男の8番目の妻になるなど考えられない事であったが、出席者は皆、満面の笑みを浮かべているのだ。
ボリスの挨拶も異例であった。
「このめでたき結婚によりルウ・ブランデルはロディオンと同じくらい、余の大事な息子となった。もし彼がリーリャと巡り会っていなくても、余は彼をロディオンと並ぶ息子にしたであろう」
父の挨拶を聞いたリーリャの姉、アンジェラとイザベラは意味ありげに悪戯っぽい笑みを浮かべて、頷き合っている。
2人の表情は残念そうであるが、とても嬉しそうでもある不思議な表情であった。
ボリスの音頭でエールによる乾杯が行われたのに、続いて第一王子のロディオンが立ち上がる。
ルウとリーリャに祝辞を述べる為であった。
最初は勝負に負けたペナルティとしての約束ではあったが、宴の日程が決まるや否や彼自身でぜひに、と申し出たくらい気持ちが変わっている。
「ルウ、そしてリーリャ! 結婚おめでとう! 私は妹リーリャの夫としてルウに初めて出会いましたが、その頃の私は今よりも更に未熟でした。以前の私であれば王になるどころか、どこかで野垂れ死にしたでしょう。今回、私はルウから多くの事を学びました。そして志を得る事が出来ました。普通であれば彼は弟ということになりますが、敬意を込めて『兄貴』と呼ばせて頂きます」
はきはきと嬉しそうに祝辞を述べるロディオンを、ボリスとラダは頼もしげに見詰めていた。
2人は改めてルウに対して大きな感謝の気持ちを持ったのだ。
続いてグレーブ、そしてバルタザールと挨拶が行われた。
2人ともルウに惚れ込んでいるので、簡潔だが温かい挨拶である。
中でもグレーブは愛娘エレオノーラを頼むと何度も念を押したのだ。
グレーブとバルタザールに続いて、今度はルウの挨拶だ。
リーリャも共に立ち上がって2人が並ぶ形となる。
しかしルウの挨拶は短かった。
リーリャを大事にして幸せにし、ヴァレンタインとロドニア両国の発展を祈願するシンプルなものであったからだ。
これには理由があった。
宴の主役はリーリャを始めとした妻達なのであるから。
ルウに続いて挨拶をするリーリャは出席者に感謝の気持ちを述べた後、フラン達に目配せした。
この時の為の打ち合わせは、もう出来ているようだ。
「では愛すべきブランデル家における私の姉妹達を紹介します。まずはフランシスカ!」
リーリャの声に応えてフランが立ち上がって一礼する。
「続いて、ジゼル!」
こうして妻達はラウラ、そして婚約者としてエレオノーラも紹介される。
「私はこれからヴァレンタイン王国で新生活を送りますが、頼もしい姉妹が既にこのように居るのです。なんと心強い事でしょう!」
リーリャに改めて紹介されたフラン達は、皆僅かに頬を染めると深く一礼した。
ボリスを含めて温かい拍手が送られたのは言うまでもない。
しかしリーリャの挨拶はまだ終わらなかった。
「今日の宴には私にとってもう1人大事な人をお呼びしています。ブランカ・ジェデク……いえ、ブランカ・ギャロワ伯爵夫人です」
「おお~っ」と、いうどよめきが起こり、出席者全員の視線はブランカに集中する。
「伯爵夫人はお母様と並んで、私を確りと育てて下さいました。そして今回は縁あって私と彼女は2人ともヴァレンタインで幸せを掴む事が出来ました。私達、もっと幸せになりましょう! そして今後とも宜しくお願い致します」
さすがにこの場でブランカを母と呼ぶ事は出来なかったリーリャではあったが、ブランカにその気持ちは確りと伝わったようである。
当のブランカはもう泣き崩れてしまって、挨拶どころではなくなっていたのだから……
こうして……
ルウとリーリャの結婚祝いの宴は無事に幕を閉じたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝、ロドニア王国南正門前……
辺りはまだ暗い。
まだ太陽は東の空に昇る寸前である。
ルウとフラン達は本日ヴァレンタイン王国へ帰還する為に旅立つのだ。
今回はブランカも同行する事になっている。
愛する妻の帰りを、首を長くして待っているジェラール・ギャロワ伯爵へ彼女を少しでも早く送り届ける為だ。
モーラルとアリスが馬車の御者台に乗り、車内にはフラン、ジゼル、ナディア、オレリー、ジョゼフィーヌが既に乗り込んでいる。
そして最後に乗り込んだのが、リーリャとブランカなのだ。
小さな手を差し伸べて、ブランカを馬車へ誘うリーリャを見てブランカはまた涙が溢れて来たのである。
そんなブランカを、リーリャはにっこり笑って見詰めていた。
「もう! お母様ったら! すっかり涙もろくなっちゃって!」
「あううううう!」
「リーリャ、駄目よ! ブランカさんをあまり泣かしちゃ!」
「わぁお! フラン姉! 御免なさい! でもリーリャはお母様が大好きなんですもの!」
ブランカが乗り込むと、馬車の扉が閉められる。
「セントヘレナまで護衛をつけず、本当に良いのか? ルウ殿」
心配そうに声を掛けたのは早朝から見送りに来たグレーブであった。
騎士団長としての職務だけでなく、ルウと別れ難い気持ちが強かったせいもある。
ルウはグレーブの気持ちが分かるかのように優しい表情になった。
「ああ、大丈夫だ。それよりエレオノーラに宜しくな」
「伝えておこう! あいつもとても喜ぶだろう」
「エレオノーラは勿論、ボリスの親父さんや宰相にも伝えて欲しい。何かあったら俺の名を魂に浮かべてくれ。何を置いても救いに行く……」
ルウは穏やかな表情で事も無げに言う。
普通なら気持ちだけの言葉である。
ロドニアから遠く離れたヴァレンタインから直ぐ馳せ参じるなど不可能な筈なのだ。
しかし……
グレーブは目の前の青年なら、不可能を可能にする気がしてならなかった。
天下無双と言われた騎士団団長も朴訥で古風な痩身の青年だけは認めざるをえなかったのだ。
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