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第667話 「闘う街で④」

 ルウの妻達が賭けに参加した事で『場』は再び盛り上がった。

 賭けが成立するとみた周囲の者が、まずイグナーツに賭け始めたのである。

 断然優位と見た逞しい戦士に賭けるのは当然の判断であろう。

 だが、こうなると胴元の中年男は『場』の盛り上げ方を知っていた。

 いかにもルウに秘密の作戦があるように匂わせたのである。


「おおっ! 魔法使いには何か勝利の秘策があるのかなっ? さあ張った、張った!」


 こうなると一口金貨1枚という小額な賭け金額である事もあって、ルウに賭ける者もちらほらと出て来たので賭けは文句なく成立してしまった。

 賭けを表明した者達全員から金を徴収した胴元の表情は確実に金が手に入ると分かって緩みっ放しだ。


「さあ、そろそろ勝負を始めておくれ!」


 胴元の男がルウとイグナーツに勝負の開始を促した。

 イグナーツの準備はもう万全だ。 


「ああ、じゃあルウ様。そろそろ良いか?」


「ははっ、了解だ」


 対戦相手であるルウのOKが出たのでイグナーツが樽の上に肘を乗せ手を組むと、相手の拳の温かさが伝わって来る。

 表情はと見ると、ルウはいつもの通り穏やかな笑顔を浮かべていた。


「よおし! カウントするぞ、3,2,1、開始スタート!」


 いよいよルウとイグナーツと力と力の勝負が始まる。

 ルウの圧倒的な力を知る妻達は夫の勝利を確信しながらも、気持ちを高ぶらせて見守っていた。

 バルバトスら従士達はいつもの冷静な表情だ。

 ルウの勝利を確信しており、全く不安な様子などない。


 片やイグナーツの婚約者カリナ・ドレジェルは複雑な表情だ。


 将来の夫となるイグナーツはロドニア男性の典型的なタイプである。

 義理人情に厚く、優しいがこのような勝負事に目が無い。

 

 一方、カリナ自身は一般的なロドニアの女性に比べれば珍しく冷静でクレバーである。

 つまらない物言いは勿論、無鉄砲な勝負など絶対にしない。

 相手の力量を推し量って対処して行くのが信条であったのだ。


 カリナから見たルウは不可解な相手……まずはそのような感覚であった。


 何せあの姉が惚れた相手なのだ。

 しかし姉の好みは卓越した膂力と武技を誇る逞しい男性の筈である。

 目の前のルウは長身だが、華奢な体格である事は否めない。

 それがカリナから見たルウの不可解さなのである。


 無論、イグナーツからルウの『武勇伝』は聞かされていたが、カリナは基本的に自分が見て確かめたものしか信じないのだ。


 ぴたり!


 胴元の男が開始スタートを告げたというのに先程から2人の手は微動だにしないのである。

 こうなると賭けに参加した者を中心に周囲の見物人が騒ぎ出す。


「どうした! どうした! 力を入れていないのかぁ!?」


「やる気があるのか!?」


「早く勝負をしろぉ!」


「本気、出せよぉ!」


 そして挙句の果てには……


「こいつら、八百長だ! ずるいぞぉ!」


 とんでもない事を言い出す者も出る始末である。


 そして当の2人の表情はというと……

 ルウはいつもの通り、穏やかな表情だが、イグナーツの方は歯を食いしばり、必死の面持ちだ。


 うううっ!

 何だぁ! こいつ!?

 俺が全力の力で押し倒そうとしているのに!

 す、涼しい顔しやがってぇ!


 しかしルウとイグナーツの手は組んだまま、先程から全く動いていないのだ。

 1分……3分……5分……そして10分!

 ロドニアのローカルルールでは組んでから10分、全く動かない場合は判定の上、勝ち負けの審判が下される。


「ししし、終了! 両者、手はそのままで!」


 勝負が決まれば総額から手数料を取って、残りの掛け金を勝者に賭けた者へ分配する。

 しかし引き分けの場合は手数料を取ってはいけない。

 賭けた金は全てを返却し、全くのノーカウントととする。

 それが公営以外にこういった私的な賭博が認められるロドニアのルールなのだ。

 こうなると胴元の男に手数料は入らず、骨折り損となってしまう。

 胴元の男は尤もらしく、じっと凝視した上で、判定によりイグナーツの勝利を告げようとしたのである。


 その瞬間であった。


「おい、審判!」


 いきなり声を掛けられた胴元の男は吃驚する。

 声を掛けたのはイグナーツと手を組んだままのルウであった。


「な、な、何だ!?」


「この勝負、引き分け……だな?」


「うむむ……」


 澄ました顔で問い質すルウに対して胴元の男は口篭る。

 イグナーツの勝利を告げたいのに何故か言葉が出て来ないのだ。


「もう1度聞こう? 引き分け……だな?」


「ああ、ひ、ひ、引き分けだ!」


 胴元の男から『引き分け』の審判ジャッジがくだされた瞬間、その場には不満の声が充満した。


「何だよぉ! 詰まらねぇ!」


「そうだ! そうだ!」


 勝負の当事者はともかく、賭けに参加した者は不満たらたらである。

 加えて戦いの盛り上がりも全くなかったから、尚更だ。


 ここでルウとイグナーツの手がようやく外された。


「おい! ルウ!」


 手加減されたと分かっているイグナーツは怒りの思わずルウを呼び捨てにしてしまう。

 しかしルウは黙って首を横に振った。

 何か、考えがあるようなのだ。


「おい! 審判!」


「何でぇ!」


 勝負が不成立となって胴元の男は手数料を受け取れず不貞腐れている。

 しかしルウはそんな胴元の男の態度など、おかまいなしに提案をした。


「審判! やっぱりアームレスリングは面白いな。これから俺が勝負をするから仕切ってくれないか?」


「勝負だとぉ!? 何をするつもりだ?」


 訝しげに聞く胴元の男だったが、次に言い放たれたルウの言葉を聞いて仰天した。


「ああ、俺に勝てば金貨10枚を進呈しよう。その代わり参加料は1回につき金貨1枚だ! 対戦相手は俺の負けに関係なくどんどん受ける。成立するのか、こういうの?」


 中年男は暫し考えたが、ルウの申し出は別にロドニアのルール上、違法ではなかった。


「OK! 成立だ!」


 胴元の男の声が響き渡ると、大きな歓声があがる。


「その勝負乗った!」


「俺が先だ!」


「いや、俺だぁ!」


 余りにも美味しいと思われたルウの対戦希望者が一気に押し寄せたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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