第665話 「闘う街で②」
ロフスキの街を歩くルウ達は王宮に居るリーリャへ思いを馳せる。
「リーリャ、今頃……どうしていますかね?」
「ご両親に甘えているわ、きっと!」
「でもリーリャが居ないと寂しいわ」
ロドニアの国民から圧倒的な人気を得ている可憐な王女……
しかし今やルウ達の中では絶対に欠かせない家族であり、貴重なムードメーカーとしての立ち位置は磐石だ。
きっ!
フラン達が可愛い妹分の不在を嘆いた瞬間であった。
小さな、しかし鋭い鳴き声が響く。
皆がハッとして辺りを見回すと、ルウの肩に突然栗鼠のような小さな動物が1匹、現れたのである。
「ああっ!」
フランが気付いて小さく叫び、ルウの肩を指差した。
妻達の視線が集中する。
現れたのはリーリャが可愛がってやまない使い魔のクッカであった。
今では妻達は全員、クッカの正体が幻獣カーバンクルである事を知っている。
「ははっ、リーリャの奴、皆の気持ちが嬉しくてクッカを使いに寄越したのさ。御礼が言いたかったらしいぞ」
ききっ!
クッカはルウの言葉を肯定するようにまた鳴くと、直ぐに消えてしまったのである。
「折角のロフスキを皆で楽しんで欲しいと言っているよ」
ルウはリーリャの気持ちを受けて嬉しそうに笑い、妻達も同様に笑顔を見せた。
「あともうひとつ! 明後日に行われる内輪の結婚祝いを俺達全員の結婚祝いにもしたいって、さ」
リーリャは本当に気配りの出来る女の子だ。
そして自分だけではなく、家族全員で幸せになるのだと切に願う気持ちに触れて、ルウ達はますますリーリャが好きになったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ルウ達は相変わらずロフスキの街を歩いている。
やがて中央広場に出ようとする時に、いきなり大きな声が響く。
「おう! やっぱり会ったな。だから俺の言った通りだろう? 別れの言葉は不要だと」
ルウ達が声のした方角を見ると、大柄な革鎧姿の男がブリオー姿の女性を連れて立っている。
先日リーパ村で会い、酒を酌み交わしたロドニア王国の騎士、イグナーツ・バプカであった。
傍らに寄り添う茶色の髪をした女性が小さく会釈する。
何となく面影が誰かに似ていると、ルウ達全員が思う。
「おお、イグナーツか」
「ルウ! いや呼び捨ては不味い……もう、ルウ様だな」
イグナーツはルウを敬称で呼び直すと、にやりと笑った。
「騎士団の守秘義務があるから、大っぴらにはいえないが、もしここらの奴等に知られてみろ。皆、暴徒と化して襲って来るぜ」
イグナーツが言っているのはルウがリーリャを娶った事に対する皮肉であろう。
一見笑ってはいるが、彼もまたリーリャ王女の『大ファン』だったのである。
アリスが擬態したリーリャが、ロフスキへ帰還した時に起こった群衆の興奮を思い出してフランは少し身震いした。
ルウも同じ気持ちらしく、僅かに肩を竦めて苦笑したのである。
「イグナーツさん、こんにちは!」
「ごきげんよう! バプカ卿!」
2人の凛とした女性の声が響くとイグナーツは吃驚した。
「え!? あああっ!? ラウラ様に、エレオノーラ様!?」
イグナーツは驚きの余り、大きく目を見開き、呆然としてしまう。
彼はまだ現実が受け入れられていない。
「何故!? ルウ様と一緒に!? ととと、と、いう事はおふたりとも!?」
ラウラとエレオノーラが僅かに頬を染めて頷いている姿が、遠い世界の夢の中のようにイグナーツには見えたのだ。
嘘……だろう!?
何なんだ? こいつはぁ!
堂々たる体躯を誇る端正な顔立ちの男が、道の真ん中で呆ける姿は格好良いものではない。
それを見かねてか、いきなりイグナーツの連れの女性が彼の脛に蹴りを入れたのである。
ばこっ!
「あだっ!」
鈍い音がして、蹴られたイグナーツは短い悲鳴をあげた。
それに対して鋭い目で睨む女性。
「もう! みっともないわ、イグナーツったら!」
腕組みをして怒りのポーズを取った女性から発せられた言葉。
その声にもルウ達は覚えがあった。
「イグナーツ、彼女を紹介してくれないか?」
ルウは苦痛に呻くイグナーツなど関係ないように尋ねた。
「痛てててて……お前! ……い、いやルウ様は結構、酷い奴だな。人が痛がっている時に!」
「イグナーツ!」
思わずルウに抗議するイグナーツであったが、女性からまたもや鋭い声が飛ぶと痛みと苦笑の混じった複雑な表情をする。
「わ、分かったよ! 彼女はカリナ・ドレジェル……俺の婚約者だ」
「カリナ・ドレジェルです! 皆様、初めまして!」
イグナーツはもう完全に主導権を握られていた。
まるで、そのような関係を楽しんでいる感はあったが……
「ドレジェル? とすると彼女は?」
「ああ、マリアナ副団長の妹さ。幼馴染なんだ、俺達」
頭を掻きながら照れ臭そうに、イグナーツは呟いた。
いつもの歯切れの良い彼の口調とは程遠い……
ルウがいつもの通り、穏やかな笑顔でいるのを見てイグナーツは羨ましいようである。
「何故、ルウ様は平和でいられるんだ?」
不思議そうに見るイグナーツであったが、突然何かを思い出したらしく、はたと手をたたいた。
「そういえば、聞いたぜ! 義姉さんがルウ様に告白したんだってな!?」
その瞬間であった。
ばこっ!
「あだっ!」
カリナ・ドレジェルの鋭い蹴りが、先程とは反対側のイグナーツの脛に容赦なく炸裂していたのであった。
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