第662話 「マリアナの告白」
「まさに予想外の展開なのです」
普通は昇格ならば素直に喜ぶべき事である。
マリアナの話がとても『深く』なりそうなので、ラウラが席を外す事を提案した。
「マリアナ殿! もしや私は居ない方が良いのではないか?」
ラウラとしては話の内容を察して気を利かせたつもりらしい。
しかしマリアナは意外にも、ラウラに対してその場に残るよう告げたのである。
「いや、居てもらって構わない。それにラウラ、お前にも告げるべき事があるのだから」
「告げる事?」
「ああ、そうだ。後で話してやろう」
マリアナからラウラへの話とは?
ラウラにとって全く想像もつかない事である。
ここでルウから教わった、覚えたての魔力波読みを使っても良いが、マリアナ自ら話すと言うのである。
そこまで言われてマリアナの魂を覗き見するなどラウラには到底出来なかった。
そんなラウラの思いをよそにルウとマリアナの会話は進んでいる。
「じゃあ、改めて……ルウ様にはとても迷惑かもしれないから、もし嫌なら嫌とはっきり仰ってくれ」
「分かった!」
「そうはっきり言われると話し難い……」
マリアナはいつもの彼女らしくなく言葉尻を濁したが、首を左右に振ると覚悟を決めたように話し出した。
「ロドニア4騎士の1人になるという事は数多居るロドニア騎士の中で屈指の実力を持つ証であり、最高の名誉といえましょう」
マリアナはそう言うとじっとルウを見詰めた。
さっぱりしたショートカットに整えられた、さらさらの茶色の髪が僅かに揺れ、鳶色の美しい瞳の中にルウが映り込んでいる。
「だが、ときめかない! 憧れのロドニア4騎士の1人になるのに胸が全くときめかないのです」
名誉あるロドニア4騎士の1人に任じられても、ときめかない!
騎士として生きて来たマリアナから、信じられない言葉が放たれた。
「理由は直ぐ分かりました……リシン流の達人である貴方からもう教えを受けられないからです。以前剣を交えた、あの日以来、私の未完成の技である『無明の剣』を完成させてくれる人は貴方しか居ないのだと確信していたからなのです……」
切々と訴えるマリアナを、ルウはいつもの穏やかな表情で見守っている。
「私は普段、自分の信じた事は簡単に曲げたりしない。そしてこれまで積み重ねて来た自分の強さにある程度の自信を持っていました。だが、今は改めて最初から……基礎の基礎から剣の教えを請いたいと思っている素直な私が居る。これは何故かと考えてみたのです」
そう言うとマリアナはにっこりと笑う。
「貴方は今迄私が接した武人の中では間違いなく最強の方だ。私が完膚なきまでに倒され、全く歯が立たない。そんな人は絶対に現れないと思っていた」
武術に秀でた女性というのは自分より遥かに強い男性であるという事が、好きになるのに必須な条件であるらしかった。
これはかつてジゼルがそうであったが、このマリアナも全く同じらしい。
「私から見た男のイメージとは女の意思など余り関係なく、有無を言わさず命令し、引っ張ってくれる……それは理想であり、逆に不満でもあったのです。だが貴方は違った……」
これはマリアナ流の愛の告白だ。
しかも話は核心に進んでいる!
彼女の話を聞いていたラウラにはピンと来たのである。
「マリアナ・ドレジェルと言う1人の女騎士を対等な人間として見ると同時に、友として理解し、武人として称え、力を確りと見極めてくれた。そしてとてつもない強者なのに敗者への労りの気持ちもある」
ここでマリアナは「ふう」と息を吐いた。
「リーリャ様やここに居るラウラから、普段の貴方の日常をあれこれ聞いた私は、魂の中で勝手に自分を貴方の弟子にした上、理想の男性として憧憬していたのです」
「マリアナみたいな素敵な女性にそこまで言って貰えるとは光栄だな」
ルウがにっこりと笑うと、マリアナは頬を染めて俯いてしまう。
その仕草はまるで初心な少女のようである。
「ラウラ、いいか、……よく聞け。お前にも大いに関係がある話だ」
いきなりぽつりとだが、話の矛先が俯いたマリアナから振られたのでラウラは吃驚した。
「私は先程の辞令を内示という形でグレーブ騎士団長から告げられた。しかしグレーブ騎士団長の話はそれだけで終わらなかった」
話がマリアナの昇格話だけではない?
それも自分に関係する事?
心当たりの無いラウラは訝しげな表情になった。
「彼の口からリーリャ様の結婚話が出た。これはまだ良い……私もお前も既に知っている事だ。しかし……」
しかし?
話の続きを直ぐ聞きたい!
早く話して!
ラウラはつい身を乗り出した。
そんなラウラを見たマリアナは衝撃の事実を告げたのである。
「何とグレーブ・ガイダル公爵は自分の娘であるエレオノーラ様もルウ様と婚約したと告げたのだ」
「ええええ~っ!! そ、そんなぁ~っ!」
ルウ様がリーリャ様以外のロドニア人と結婚する!?
思わず大声をあげたラウラは慌てて口を手で押えた。
驚愕して大きく目を見開いたラウラを見て、マリアナは苦笑する。
「やはり図星か! お前がルウ様に恋をしている事はこの2週間一緒に居てよく分かったからな」
「…………」
ラウラは先程のマリアナ同様、俯き黙り込んでしまった。
ルウがエレオノーラとも結婚する事。
そして意外にもマリアナがルウを好きになっていた事。
そのマリアナに自分の恋心が確りと見抜かれていた事。
ラウラは衝撃の事実を突きつけられて、すっかり混乱してしまったのである。
そんなラウラを見ながら、マリアナはルウを軽く睨んだ。
「ルウ様! 貴方は罪作りな男性です。貴方が親身になって女に尽くせば好きにならない女は居やしません。私は考えに考えましたが、やはり諦めない事に決めました!」
マリアナはルウに視線を移し、真っ直ぐに見据えた。
「かといって私も王国騎士として責任がある立場ですから、今直ぐに押しかけたりは出来ません。ま、まずは私、マリアナ・ドレジェルを親しい友人として見て頂けないでしょうか?」
「ああ、良いぞ。まずはお互いに相手を知る努力をしよう。これはエレオノーラにも伝えた事だ」
「ありがとうございます! 私は武人として、女として自分を徹底的に磨きます!」
ここで女の一途な気持ちを壊すほどルウは野暮ではない。
マリアナの気持ちをまずはきちんと受け止めたのである。
しかしマリアナの話はここで終わらなかった。
「ルウ様! 聞くところによると、数年後にエレオノーラ様を迎えに来るというではありませんか! その時に私も恋人として相応しいか、判断して貰えないでしょうか? その頃には私も、もう30歳を過ぎてしまうけれど……」
「いかが!」と気合を込めて見詰めるマリアナに対してルウも真剣な表情で見詰め返した。
「ああ、もしお前の気持ちが変わっておらず、一緒になる事に支障が無ければ迎えに行こう」
凛とした声で自分の気持ちを告げて、受け入れられたマリアナ……
一方、放心状態のラウラは項垂れたまま、嬉しそうな声で礼を言うマリアナを力無く見詰めていたのであった。
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