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第661話 「思いがけない昇格」

 本物のリーリャとアリスが入れ替わった時と同時刻…… 


 ロドニア王宮の、とある部屋に1人の若い男が居る。

 蒼い法衣ローブを纏った痩身の黒髪の男は目を閉じて椅子に座っていた。

 その目が何かを感じたようにゆっくりと開かれて行く。


 とんとんとん!


 誰かが部屋を訪ねて来たようであるが、男にはそれが何者か分かっているようである。

 開いた目の中の黒い瞳が美しく輝き、口角がすっと上がった。


「マリアナ、ラウラ、鍵は開いている。遠慮なく入ってくれ」


 男が扉の向こうに呼び掛けると、一瞬戸惑う気配が発せられるが、直ぐに声が返って来た。


「ルウ様! ラウラです。マリアナ殿と一緒に伺いました」


「良いよ、扉を開けてくれ」


 かちゃり!


 男=ルウが言った通り、ルウが控えている部屋へ訪ねて来たのはラウラ・ハンゼルカとマリアナ・ドレジェルである。

 ルウはすっと立ち上がると、部屋へ入って来た2人を慰労した。


「マリアナ、ラウラ! 良く無事に旅を完遂してくれた。先程、リーリャ、アリス両名とも念話で話したが、全員元気そうで何よりだ」


 ここでマリアナが目で促し、ラウラと共にいきなり跪いた。


「ルウ様! 陛下が貴方とリーリャ様のご結婚を正式に認めたと騎士団長から聞きました。となれば貴方は私達の主君に等しい。これまでの態度を改めさせて頂きます」


 頭を下げて語り掛けるマリアナに対して、ルウはゆっくりと首を振る。


「俺はリーリャと結婚するだけでロドニアの貴族になるわけではない。今迄と立ち位置は一切変えないつもりなんだ。だからお前達とも今迄通りに付き合いたい」


 ルウがそう呼び掛けても、マリアナとラウラの2人は跪いたまま動かなかった。

 苦笑したルウはパチンと指を鳴らした。

 その瞬間、2人の身体がふわりと宙に浮く。


「「!!!」」


 声にならない悲鳴をあげたマリアナとラウラであったが、身体がゆっくりと運ばれて、ルウの座っている椅子の傍らに置かれた肘掛付き長椅子ソファ座らされると安堵の表情を見せた。

 

 ルウが束縛、浮上と沈黙の3つの魔法を同時に無詠唱で発動したのである。

 

 再度、ルウがパチンと指を鳴らすと、発動している魔法の効果が切れたようだ。

 身体の自由が戻り、喋れる事も確認したマリアナとラウラは柳眉を逆立てる。

 開口一番、2人が発した言葉は恨み言であった。


「ルウ様! いきなり酷いぞ!」


「そうです! 吃驚しました」


 抗議するマリアナとラウラに対してルウは悪戯っぽい笑みを見せた。


「ははっ、これでいつもと同じだな。堅苦しいのは一切無しだ」


 ルウの笑顔を見たマリアナとラウラはこれ以上怒るわけにもいかない。


「むう! 仕方が無い」


「分かりました!」


 普段のルウを知る2人には、彼が堅苦しい事を嫌う気持ちも分かるので納得するしかなかったのだ。


「ルウ様、そうは言っても私達もロドニアの公人としての立場がある。様付けで呼ぶ事と公の場では礼を尽くす事を勘弁して貰おう」


 マリアナが真面目な表情で申し入れると、ルウも即座に頷いた。


「ああ、分かった」


 同じ様な事を散々、ヴァレンタインやロドニアの高貴なる身分の者へお願いしている手前、ルウも認めざるを得なかった。


 理解のあるルウの言葉を聞いたマリアナとラウラは、ホッとしたように顔を見合わせたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 帰還したリーリャの支度が整い次第、侍女がルウを呼びに来る事になっていた。

 その上でルウがリーリャの私室へ迎えに行き、ボリス達に改めて謁見するのである。  

 それまでここで待機という命令がボリスから下り、ルウはこの部屋に居るのだ。


「ルウ様! 先程の件だが、これだけは言っておこう。ヴァレンタイン王国に帰化して平民になろうが、リーリャ様はロドニア王国の王女であり、私達にとっては尊敬すべき主君なのだ。そして彼女の夫である貴方は同様に……いや、それ以上の存在かもしれないな」


 マリアナがきっぱりと言い放つと、ラウラもこくりと頷いた。

 ルウも敢えて反論はしない。

 これ以上拘る必要がないからである。


「今日、私達が伺ったのは旅行の報告は勿論だが、これからの2人の身の振り方の話もあるからなのだ」


「成る程!」


「ではラウラ殿、私から行こう」


 マリアナは軽く息を吐くとゆっくりと話し出した。

 まずはリーリャを護衛したセントヘレナの旅の報告である。

 何度か魔物の襲撃はあったが、ロドニア騎士団は勿論の事、ヴィーネンこと悪魔ヴィネの獅子奮迅の活躍があって全然問題はなかったようだ。 

 懸念していたアッピニアンの魔導怪物の襲撃は今回もなかったようである。

 

 また、ラウラからも簡単な旅の報告があった。

 こちらはリーリャに擬態したアリスが無事に務めを果したという賛辞も含んだものである。

 

 2人から旅の報告が終わると、個々の報告に移った。

 当然、内容ががらっと変わる。

 マリアナとラウラはボリス、グレーブ、バルタザールの3人には旅の報告をして、既に今後の命令を受けたようなのだ。


「実は今回、リーリャ様の護衛責任者を担当したクレメッティ・ランジェル副騎士団長から、ボリス陛下とグレーブ騎士団長へ申し入れがありました」


 マリアナは再度、大きく息を吐く。

 クレメッティの申し入れが突然で、余程吃驚する内容だったらしい。


「急な話だが、彼はリーパ村領主であるオッツオ・フルスティ辺境伯の妹御ヨハンナ・フルスティ様を娶る事になったという。そして驚く事に騎士団正副団長の地位を捨て、フルスティ辺境伯の従士になるそうだ」


 マリアナは理解出来ないと大袈裟に肩を竦めた。


「クレメッティ殿の両親は既に他界している。また彼の爵位は男爵だが、辺境伯に仕える従士としてリーパ村へ赴くそうなのだ」


 ルウは金狼という2つ名で呼ばれるクレメッティの顔を思い出した。


 領主オッツオ、そして妹ヨハンナとも幼馴染であったクレメッティは彼等と兄妹のように育った事に加えて、ヨハンナの事を深く一途に愛していた。

 

 しかし自分に自信が無かったクレメッティはヨハンナに結婚を申し込む事が出来なかった。

 結局、不幸な結婚と離婚を経てリーパ村へ戻ったヨハンナを見て、後悔したクレメッティは今度こそ自分の手で幸せにしたいと決意したのだ。

 オッツオの悪政によるリーパ村の惨状もクレメッティの決意を更に促すものであった。

 

 ヨハンナもクレメッティの事を尊敬し、憎からず思っていた事と、変わってしまった兄を諌めてくれる事を期待したに違いない。


 ルウは当事者として係わっただけに全てを知り、且つ理解していたがここで語る事ではなかった。 

 ただ黙って頷いたのみである。


「グレーブ騎士団長は以前からクレメッティ殿がヨハンナ殿を好いている事を知っていた。だから即座に認めて、陛下にも直ぐ上申された」


 リーパ村はこれからノースヘヴンと並んで、ロドニア王国の商業の片翼をずっと担う場所となる。

 ボリスはそれを認識している筈だ。


「何と陛下も即了承されてしまった。ルウ様、これがどのような意味か、分かりますか?」


 マリアナの表情が暗く沈む。


「私はクレメッティ殿に代わり、4騎士の1人としてロドニア王国騎士団の正副騎士団長としてロフスキに残るよう命令が下った。リーリャ様がご結婚された事もあり、私はもうヴァレンタイン王国へは赴かないだろう」


 皮肉にもクレメッティの騎士団退団がマリアナの昇格を招いたのだ。

 しかし、昇格したにしてはマリアナの表情は冴えないままである。


 マリアナはルウに問い質したまま、彼の穏やかな表情を食い入るように見詰めたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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