第660話 「アリスとリーリャ」
ロフスキに帰省したリーリャ……いや、彼女に擬態したアリスは満足そうな笑みを浮かべていた。
ヴァレンタインを出てから、ほぼ2週間……道中、色々とあったが何とか無事に王女の代役をやり遂げたからである。
王宮の私室に入ったリーリャを見たマリアナ・ドレジェルとラウラ・ハンゼルカも同様だ。
ロドニアへの旅が無事に終わった安堵感と、アリスに対する労いの気持ちが強いからである。
マリアナとラウラの2人はルウから事実を告げられ、アリスが擬態しているのを承知して、ここまで一緒に旅をして来たのだ。
「リーリャ様、道中お疲れ様でした!」
「本当に大変でしたね!」
両名の言葉には実感が篭もっていた。
アリスがルウの魔法による容姿だけで無く、中身も完璧に王女リーリャになりきったからである。
同行した両国の騎士は勿論、ブランカでさえリーリャが別人だと気が付かなかったのだ。
「リーリャ様、いよいよルウ様との結婚の儀、陛下に許可を頂くのですね」
マリアナ、ラウラ、そして侍女頭のブランカ・ジェデク3人の中でブランカだけが何も知らなかった。
しかし嘘も方便というが、今回の旅はまさにそうである。
一緒に旅をしたのが別人だと知れば、ブランカは嘆き悲しむに違いないのだ。
「はい! 皆、お疲れ様でした。私は自分で着替えをしますから、呼ぶまで控えていて下さい」
リーリャに擬態したアリスは尤もらしく言う。
「お着替えを……ですか? それなら私がお手伝い致しましょう」
すかさずブランカが手伝いを申し出た。
侍女として主君の着替えを手伝うのは当り前の事なのである。
しかしリーリャの仕草そっくりにアリスは言い放つ。
「駄目ですよ、ブランカ。私はヴァレンタインに戻ればルウ・ブランデルの妻として自分の事は自分でやる事になるのです」
「で、でも! 私もジェラール様と暮らすようになればもうお世話も出来なくなります。で、ですからっ!」
縋るようなブランカの眼差しを受けたリーリャことアリスは家臣の気持ちを受けて、いきなり提案をした。
「お前の気持ちも良く分かります。でもヴァレンタインに戻ればどんどん遊びに行きますよ」
「え!?」
リーリャがヴァレンタインでの自分の屋敷へ遊びに来る!
良く考えれば充分ありえる事なのに、視野が狭くなっていたブランカにとっては驚くべき展開であった。
そしてアリスはブランカに対して止めを刺したのである。
「お・か・あ・さ・ま!」
「えええええっ!?」
「ジョゼ姉と一緒にお母様のお屋敷へ遊びに行ってどんどん甘えますから覚悟して下さいねっ!」
「あ、あうううう……」
感極まったブランカは言葉が出なくなってしまう。
「おっと! 危ないですよ、ブランカ殿」
すっかり脱力してしまったブランカが崩れ落ちそうになるのを、マリアナが咄嗟に手を差し伸べて支えたのだ。
「うふふ、ブランカ殿。とりあえず行きましょう」
「では、失礼致します」
ラウラも一礼してリーリャの私室の扉は閉められたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
マリアナ達が去って暫く経ってからリーリャに擬態したアリスの魂に響いて来た声があった。
アリスにとって最も愛しいルウの声である。
『リーリャ……いや、アリス。お疲れ様! 本当にありがとう』
『ああ、旦那様! いいえっ! アリスは本当に役得で良い思いをさせて貰いましたっ! そちらも、そのご様子だと全て上手く行ったようですねっ!』
ルウの声の調子を聞いて、アリスの声も弾んだ。
『おお、ばっちりだ! お前の道中同様に色々とあったが、な』
『へぇ! 今度話を聞かせて下さい! アリスも報告する事がた~くさん、ありますからぁ!』
『了解だ! 楽しみにしているぞ!』
アリスの魂は喜びに満ち溢れている。
彼女は自問自答する。
こんなに幸せで良いのかと!
そんなアリスの気持ちを読み取ったかのようにルウの声がまた響く。
『ははっ! 良いのさ! お前がそう感じるのが俺の喜びでもある。さあ、そろそろリーリャとバトンタッチだな。お前はこちらのホテルでゆっくりと休むんだ』
『はいっ!』
その瞬間であった。
アリスの目の前の床がいきなり光り輝いた。
ルウが転移魔法を発動したのである。
ボリスの下へリーリャを呼び寄せた時と全く同じであった。
眩い輝きはやがて人型となり、アリスの目の前に見覚えのある華奢なシルエットが浮かび上がったのだ。
アリスは思わずシルエットに呼びかけた。
「うふふ、久し振りっ!」
暫くして光が消えると、そこにはもう1人のリーリャが立っており、アリスに微笑みかけたのである。
今、部屋には2人のリーリャが優しく微笑みながら見詰め合っていた。
「アリス姉……ありがとう! お姉様のお陰で私はこの旅を楽しみ、いっぱい勉強する事が出来ました」
「うふふ、どういたしましてっ! アリスがお姉さんですかぁ……旦那様の妻になったのは『同期』ですけどねっ! ヴァレンタインに帰ったら早速家事の特訓よおっ!」
「わぁお! 頑張ります!」
アリスの呼び掛けにリーリャはぐっと拳を握り締めた。
ホテルを出て、ルウやフラン達他の妻と一緒に暮らす新しい生活……
今までは至れり尽くせりだったのが、これからは違う。
赤帽子こと家令のアルフレッドら、使用人は居るが、基本的に自分の事は自分でやる事になるのだ。
「リーリャはとても気合が入りますよ!」
「うふふ、私は家事が大好きなの! 一緒に頑張ろうね!」
楽しそうな2人の魂にルウの呼ぶ声がする。
『お~いっ! そろそろ良いか?』
『『は~いっ! OKですっ!』』
2人の声が重なった時にアリスの姿が消え失せた。
またもやルウによる転移魔法が発動したのである。
リーリャは一瞬吃驚して目を見開いたが、直ぐに笑顔になると深く深くお辞儀をしていたのであった。
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