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第66話 「浮世離れ」

 リーダーらしき髭面の男が、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってから……

 ならず者達の結束の瓦解は早かった。

 ルウがもう1度ひと睨みすると、蜘蛛の子を散らすように逃げ去ってしまったのだ。

 後には、腰を抜かして動けない髭面の男だけが残される。

 恐怖のあまり、呻き声をあげる男……


「う、ううううう……」


「お兄さん、もうやめて! これ以上は可哀想だよ」


 それを何と!

 先程、男に腹を蹴られた女がかばったのである。

 

 ルウは女を無視し、男に抑揚の無い声で言う。


「おい、髭。暴力を振るわれた女がお前を庇った。その意味を良く考えろ」


「あうあう……」


「懲りずにまた、女へ暴力を振るったら―――分かっているな?」


 ルウは人差し指を横に引き、首を切る真似をした。

 そしてジョルジュ達男子学生達へも顎だけで差し、言い放つ。


「こいつらも許してやれ、良いな」


 髭面の男はルウを見て目をいっぱいに見開き、がくがくと頷いた。

 頷いたルウは、ジョルジュ達の方に振り返る。


「お前達、この髭男のセリフじゃないが相手を見て物を言わないと怪我をする。そして守れないなら……いや、守る気が無いなら女を連れ歩くな!」


 ジョルジュ達は、ルウから「ぴしり!」と言われ、呆然として言葉も出ないようだ。

 だがルウは厳しい表情で促した。


「おい、お前等、返事はどうした?」


「う、う、……は、はい!」

「ごめんなさい」

「わ、分かりました」


 ジョルジュ達が返事をする傍らで……

 男に足蹴にされたドニが腹を押さえ、ふらつきながらも、何とか起き上がる。

 掠れた声で返事をする表情は、まだ辛そうであった。

 

 ルウは頷き、一転微笑むと、ドニへ向けて、いきなり手を伸ばす。

 彼の手はいつの間にか発光していた。

 神速ともいえる速さで、魔法を発動したのである。

 

 ルウを見ていたナディアは、自分の目と耳を疑った。

 発動まで全く時間がかからず、詠唱らしきものも無かったからだ。

 

 誰もが呆然としているうち、ルウの手から放たれる眩しい光がドニの身体を柔らかく包み込んだ。


「う、ふわぁ」


 心地良い感覚に囚われたのか、ドニが呆けた声を出した。


「まだ、痛むか?」


 一方、ルウは表情を変えずドニに問い質した。

 問われたドニは目を見開き、恐る恐る身体を動かした。

 そして驚きの表情を浮かべると、「ぶんぶん」と首を横に振った。


「あ、あああ……もう痛くない、痛くないです! あ、ありがとうございますっ!」


 それまでふらついていたドニは、しっかり立ち上がると……

 ルウに向かって、深々と頭を下げたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ねえ! ルウったら何もしていないのに、ひと睨みしたら相手が怖がってたよ! それにあの魔法は凄いね!」


 ナディアはもう、ルウを『先生』と呼んでいなかった。

 接する態度も、まるで恋人のようである。


 今までは男性に対し、打算的な目的で『偽りの甘え』を演じていたナディア。

 だが生まれて初めて男性に……心の底から、ルウに甘えていたのだ。


 あれからルウは……

 まだ茫然自失のジョルジュや他の学生達にしっかり釘を刺した。

 そして、ナディアと共に改めてキングスレー商会に向かっていたのである。


「そうだよね。ボクをあんなに恐ろしい悪魔から救ってくれたんだもの。ならず者なんか朝飯前だよね?」


 ナディアは、ルウと手を繋ぐと、指をしっかり絡めてくる。

 先ほどの一件で、自分を助けてくれた時の事を思い出したらしい。

 「嬉しくてたまらない!」といった表情である。


「やっぱりボクの直感は間違っていなかった」


 呟くナディアにルウが反応した。


「何だ?」


「ううん、何でもない。後でゆっくり話すから」


 ルウに手を引かれながら、ナディアは微笑を絶やさず商業街区をゆっくりと歩いて行く。

 やがて……

 建ち並ぶ商館の間に、ルウが以前フランと共に訪れた、キングスレー商会王都支店が見えて来た。


「ここ?」


「ああ、そうさ」


 貴族ならばともかく、平民にとってはこのような商会との取引には、一応紹介が必要である。 

 しかしルウは、1回来ただけで勝手知ったる場所のように、躊躇う事無く扉を開けて中へ入って行った。


「お~い、頼もう」


 ルウの間延びした声に、「えっ?」という感じで振り向く従業員達。

 ナディアはまた可笑しくなって来たのだ。

 

 男性と一緒に居て、こんなに楽しいのは……

 やはり生まれて初めてだと感じてしまう。

 

 困ったな……

 やっぱり、この人と居るとうきうきする。

 面白くてたまらない!


 幸い、応対に出た商会の女性店員はルウの事を覚えていた。

 黒髪、黒い瞳を持つ長身痩躯の男という風貌が、女性店員の記憶にインパクトを与えていたのである。


「これは、これは、確か……」


「ああ、ルウだよ、ルウ・ブランデル。マルコは居るかな?」


「はい、支店長なら居りますので、今呼んで参ります」


 女性店員はにっこりと微笑むと店の奥へ消えて行った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 女性店員が店の奥に消えてから5分後。

 この支店の長であるマルコ・フォンティがやって来た。


「ルウ! 今日はどんな物がご入用なんだい? ええと……」


 マルコはルウの耳元に口を寄せた。 


「……この前、頼まれた物はもう少し時間を貰うよ」


 何せ『例の鎧』はおいそれと口外出来ない特注品なのである。

 ルウの耳元で囁くマルコを、ナディアは不思議そうに見た。


「ねぇ……ルウとマルコさんって、もしかして?」


 美しい少女から、『じと目』で見つめられ、マルコはつい慌ててしまう。

  

「いいい、いや! ち、違いますよ! ちょっと内緒話なんです。で、ルウ、このお嬢さんは?」


「ああ、マルコ。今日は俺の買い物じゃないんだ」


 ルウはそう言うと、今日の買い物の主役であるナディアを改めて紹介する。


「この子は俺の「彼女です!」生徒の―――え?」


 ここでナディアがいきなりルウの言葉を遮った。 


「違います、単なる生徒じゃなくて彼女・・です! この人の―――ルウの彼女のナディア・シャルロワと申します」


「ええっ! ルウの彼女? ―――だって彼は」


 ナディアからの『彼女宣言』に唖然とするマルコ。


「ええ、ボクはフランシスカ先生共々・・ルウの彼女です」


「はああっ!?」


 学園の生徒だろ? 

 良いのかよ?

 というような呆れた表情のマルコであったが、やがて思い出したように手を叩く。


「ああ、そういえば、シャルロワって……あの……」


「そうです。ボク、シャルロワ子爵家の娘です」


 と、その時。

 ルウから質問が飛ぶ。


「ナディア、今の言葉って教えて貰えるか?」


「え? 今の言葉って?」 


「ああ、彼女・・って一体何だ?」


 何と!

 ナディアが思い切って宣言した言葉の意味と真意を、ルウは全く理解していなかったのである。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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