第659話 「男子7日会わざれば」
ロドニア王家王宮王の間……
「父上、只今戻りました!」
玉座に座る父ボリスの前に跪き、ロディオンは大きな声を張り上げた。
ロディオンの凛とした声は、広々とした部屋で涼やかに響いている。
長年息子を傍で見て来たボリスはそれだけで分かるのであろう。
驚いて、思わず立ち上がってしまったのである。
「お、おお……ロディオン! お、お前!?」
「父上、どうか致しましたか?」
「ど、どうかではない! 1週間見ないうちに何という変わり様だ」
「変わり様?」
ロディオン自身は余り、実感が無いらしい。
父親から問い質されても、不思議そうに首を傾げている。
ボリスは要領を得ない息子の受け答えに少々焦れたようだ。
「何を惚けておる! この堂々とした男っぷり! 一体お前に何があったんだ? おい! ルウよ、教えてくれ」
今度はルウに向けて、息子の豹変振りを問うボリス。
興奮するボリスに対してルウはいつもの穏やかな表情で返したのである。
「親父さん、男子3日会わざれば刮目して見よ……ですよ。今回は7日ですがね」
「な、何!? どのような意味だ?」
聞き慣れない諺を告げるルウに対して、ボリスは早く意味を教えるように急かしたのだ。
「ええ、男という者は3日も会わなければ、いろいろな面において成長している、注意深く見るべきだという意味です。親父さん、ロディオン様は変わられましたよ」
ここでロディオンが待ったをかけた。
自分を『様』付けで呼ぶルウに対してである。
「おおい、ルウの兄貴。ロディオン様はやめてくれ!」
兄貴!?
確かにロディオンは勝負に負けて『弟』という事になってはいるが、王族らしからぬ言葉遣いにボリスは吃驚した。
「ルウの兄貴? あ、兄貴だと!?」
「はい! 私は勝負に負けましたからルウの兄貴の弟です。普通に兄上と呼ぶのも粋ではないので兄貴と決めたのです」
兄上と呼ぶのは粋ではない?
妙な理屈を捏ねるロディオンにルウは苦笑する。
「困ったな……」
「いいじゃないですか、兄貴! それで父上、その代わりルウの兄貴は私に第一王子の地位を返上されました。このロドニアの王となる事を固辞されてしまったのです」
何と!
勝負で得たロドニア第一王子の座をルウはあっさりロディオンに返したという。
だがボリスには、それがルウの優しさだと直ぐに分かったのだ。
「おお、それは残念だな! しかしお前が魂を入れ替えて頑張るのなら良いではないか」
「はい、父上! ルウの兄貴にもそう言われました。私みたいな未熟者でよければぜひ機会を与えて下さい」
はきはきした息子の物言いを聞いて、ボリスは再び感動に打ち震えているようである。
嬉しさの余り、ボリスは思わず傍らに控えた忠臣達を振り返った。
「おお、聞いたか!? グレーブ! バル!」
ボリスに同意を求められたグレーブとバルタザールも嬉しそうな表情をして、大きく頷いた。
「陛下! このグレーブ! こんなに喜ばしい事はありませんぞ。今の殿下なら思う存分に鍛えられます!」
びしばし鍛えると宣言したグレーブに対して、ロディオンはいつでも来いと腕を撫す。
「おお、グレーブ! 今後はぜひ頼む! 実は今朝もルウの兄貴と一緒に走り込んで来たのだ」
「な、何ですと! あんなに走るのがお嫌いだった殿下が!」
セントヘレナの街を毎日走り込んだロディオンは、走る事への嫌悪感がすっかり払拭されていた。
更に驚くグレーブを見たロディオンは、魂の底から面白そうに笑ったのである。
「ははははは! 頼むぞ、グレーブ!」
「御意!」
鍛錬の指導を承ったというグレーブに代わり、今度はバルタザールが身を乗り出した。
「私はまた以前のように国の政に関してご教授させて頂きますが、宜しいか?」
「ぜひ頼む! 早速相談したい事があるのだ。父上もルウの兄貴もグレーブもぜひ聞いて欲しい」
ロディオンは襟を正すと、ロドニアにおける孤児院の現状調査と新規建設、そして門戸を広く開いた王家運営の職業訓練の学校創設、加えてロフスキの治安向上の為に民間人による警備組織の創設をそれぞれ提案したのである。
各施策を説明するロディオンは堂々としており、真剣な眼差しでボリス達を見詰めていた。
「お、おおお……」
息子の堂々とした話し振りにボリスは吃驚して大きく目を見開いたままであった。
言葉さえも碌に出て来ないようだ。
傍らに控えるグレーブとバルタザールも同様であり、まるで魂が抜けたように呆然としていたのである。
ルウだけは当然!という面持ちでロディオンを見守っていた。
「バル! 今の案件、ロディオンと良く相談をしろ。財源の問題はあるが、前向きになれる話ばかりだ」
漸く我に返ったボリスがバルタザールに指示をすると、名宰相と呼ばれたこの男も文句無く同意して大きく頷いたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「うふふ! 今日は良い日ね、ルウ!」
「ええ、お袋さん!」
ボリスに呼ばれて王の間に来た王妃ラダは嬉しくて堪らない。
1週間ぶりに王宮へ戻って来たロディオンが別人のように堂々としているからだ。
ルウの事を『兄貴』と呼ぶのには少々面食らったが、ルウと本当の兄弟のように仲が良いので願ったり叶ったりである。
「それにまもなくリーリャがロフスキに戻るのね」
本物のリーリャは先日、ボリスと会っている。
また異界でバルタザールとも会って話していた。
ボリス、バルタザール、そしてルウ……
この3人以外はこれからロフスキに戻るリーリャが、アリスの擬態した替え玉だとは知らないのだ。
しかしここで皆に秘密を打ち明けてしまえば、これまで隠して来た事の意味が無くなってしまうのである。
「はい、楽しみですよ、お袋さん」
ルウの返した言葉を聞いてラダはにっこりと微笑んだのであった。
一方……
こちらはロフスキの南正門を少し街中へ進んだ場所である。
通りの傍らの一角にフランを始めとしたルウ達の妻が陣取っていた。
そしてロドニアの騎士10人程が、周囲を取り囲んで護衛にあたっている。
バルバトスとアモンは控えているし、妻達はひとりひとりが屈強な騎士以上に強いので、ロドニア騎士の護衛は無用といえなくもない。
だがルウは折角のグレーブの好意を受けたのである。
ロドニア国民には大人気の王族リーリャ・アレフィエフの帰省とあって沿道につめかけた群衆は増加の一途を辿っており、結果的に騎士の護衛は大正解だったのだ。
「まもなく……来ますね」
モーラルが呟くと、フランも緊張した面持ちで頷いた。
「ええ、あの子ったら、どのような顔で来るのかしら?」
約100人にもなる護衛の騎士達の先頭は既にフラン達の前を通り過ぎて行った。
まもなくオープンタイプの馬車が見えてくると、中心に小柄な金髪の少女が乗っているのが見えたのである。
すると、最初は小さな声でリーリャの名前を呼んでいた群衆のボルテージがどんどん上がり、大きな声で王女の名を連呼するまでになった。
「「「「「「「「「「リーリャ! リーリャ! リーリャ!」」」」」」」」」」
大きく手を振り、足を踏み鳴らす群衆にフラン達は吃驚していた。
「す、凄いわね……」
「ねぇ! フ、フラン姉、み、見て!」
呆然とするフランの手を掴んで、空いている手で馬車を指差したのはオレリーである。
何と!
馬車の中心で立つリーリャ=アリスは満面の笑みを浮かべて手を大きく打ち振っていたのであった。
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