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第654話 「可愛くない王子には旅をさせよ!②」

 鋼商会カリュプスは、ロディオンが来る少し前に『社屋』を改修&増築していた。

 様々な仕事が軌道に乗って社員が大幅に増えたのと、警備部門においては必須の武術を鍛える施設が必要となったからである。


 ここはその訓練施設に接する広大な中庭だ。

 時間は午前3時過ぎ……

 通常の時間においては、まだまだ夜中であるが、鋼商会カリュプスの『朝』は早い。

 他にも結構な数の商会の社員達が鍛錬に勤しんでいた。


 ここに先程、街中まちなかから戻ったメイスンとロディオンの師弟コンビも、他の者達に混ざって訓練をしている。

 基礎体力をつける為のランニングが終わってから、メイスンは徹底的にロディオンを鍛えたのだ。

 基本的な剣の型を木刀の素振りで教えるのは勿論、ロディオンに戦い抜くスタミナと技の切れに繋がる瞬発力が著しく欠けているのを見抜いて、適正な指導を行ったのである。


「はぁはぁはぁ……うううう……」


 手と膝を突いて、四つんばいに伏すロディオンを見てメイスンは、にやりと笑う。


「ふふふ、息が切れたか……まあ、最初は仕方があるまい。お前はほんの少し武術の心得があるようだが、スタミナと瞬発力に欠けている。これからは俺が確りと鍛えてやろう」


「ぐうう……」


「ロディ! お前はルウ様との勝負に負けて第一王子の座を追われ、この街へやって来た」


「…………」

 

 魔法使いとはいえ、たかが平民と侮っていたルウに自分が、最も信奉する『力』で完敗した。

 それはロディオンにとって忘れ去りたい黒歴史である。


「今迄、挫折を知らなかった王族のお前が味わう最大の危機ピンチだな……ふっ」


「くくく……」


 ロディオンは自分の敗北を知っているらしいメイスンに、鼻で笑われた事が屈辱でならないようだ。


「悔しいか? 悔しかろうな。だが危機ピンチとは最大の機会チャンスでもある。雌伏雄飛という言葉もあるからじっと時を待つんだ」


「し、雌伏雄飛? ……一体、ど、どういう意味だ」


 ぱあん!


「うぎゃっ!」


 メイスンは黙ってロディオンの横っ面を張った。

 手の跡がつくほど激しい張り方である。


「俺が1回、言った事は絶対に遵守しろ! 目上の者には敬語だ! 分かったな!」


「は、は、はいっ!」


「ようし! 雌伏雄飛という言葉の意味だが……雌伏とはお前のような雄鳥が雌鳥に従うという意味だ」


「雌伏…………」


「お前という雄鳥は将来ロドニアを確りと率いて行かねばならぬ。その為に今は我慢をしてじっと待ちながら人に従うのだ。 そして「雄飛」とはな、雄鳥が高く羽ばたくように、雄々しく飛び立つ事だ」


「雄飛……」


「ああ、お前はロドニアで雄々しく羽ばたく為に、ここセントヘレナで力を蓄える修行をするのだ」


「メイスンさん……」


 容赦ない厳しさの中に、ロディオンを見守る優しさがメイスンにはある。


「ふふふ、これから毎朝鍛えてやるから、覚悟する事だな」


「ありがとうございます!」


「ふふふ、ようし! 素直に礼を言えるようになった! 良い事だ!」


 僅かながらロディオンの成長を感じたメイスンが笑うと、日焼けした浅黒い顔の中で白い歯がやけに目立っていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 鋼商会カリュプス別館、食堂午前3時30分……


 ここは鋼商会カリュプスの社員達が利用する専用の食堂である。

 商会は警備を筆頭にほぼ24時間仕事があるので、1日いつでも食事を摂れる便利な営業形態になっていた。

 魔導灯の煌々と室内を照らし、この時間だというのに多くの人間が黙々と食事を摂っている。

 メイスンに言われて風呂に入り、汗を流したロディオンを別の社員の男がこの場所で待っていた。

 30代半ばらしい茶髪の男は優しそうな笑顔に満ち溢れている。


「おう! お前がロディか! 俺はラニエロ・バルディだ」


「は、はい! ロディです! 宜しくお願いします」


「ははは! メイスンの旦那には結構しごかれたようだな。今日が初日だし、今朝は俺の仕事を見て憶えるだけで良い。だが明日からは確り頼むぜ」


「は、はい!」


「はははは! 緊張しているようだな。まあ無理もないさ。よしさっさと飯を食って出撃しよう!」


「出撃!?」


「ああ、お前は某国の貴族の御曹司なんだってな。いや出撃と言っても戦争じゃあない。仕事へ向かう時の単なる表現さ」


 出撃と聞いて、一瞬身構えたロディオンであったが、どうやら戦いではないらしい。

 ホッとした彼に対してラニエロが笑顔を見せる。


「まあ最近は一見平和だが、街の外では山賊や強盗、そして怖ろしい人外の魔物が相変わらず蔓延はびこっている。戦う者である貴族様は大変だろうな」


 ラニエロの言い方は別に貴族を馬鹿にしている物言いではない。

 だが、先程のメイスンの例もあり、余計なひと言は碌な事にならないのは予想出来る。

 ロディオンはどう返して良いか分からず、思わず黙ってしまった。


「…………」


 しかしラニエロは屈託が無い。


「さあ、俺が今朝の飯は奢ってやろう! ここの飯は安い割に結構美味いぜ!」


「は、はいっ!」


 返事は元気に!

 これもセントヘレナに来て短い時間の中でロディオンが学んだ事である。


 やがて……

 ラニエロが美味いと太鼓判を押した朝食がテーブルに並べられる。

 この食堂はセルフサービスなので自分で好きなものを購入して自由に食べるのだ。


 焼きたての白パン。

 熱々のスクランブルエッグ。

 具沢山の野菜スープ。

 そして鶏の塩焼き……


「う、美味い!」


 王族の摂る食事に比べれば、とても質素な内容である。

 

 しかしロディオンは生涯で摂った中で、これほど美味いと思える食事に巡り会ったの事は初めてだったのだ。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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