第652話 「無限の可能性」
ロドニア王国王都ロフスキ王宮……
ここ王の間では先日、ルウが国王一家と行った歓談同様、明るい声が響いていた。
雰囲気が明るい原因は、はっきりしている。
暫く顔を合わせていなかったロドニア王国の中心人物が、そろい踏みをしているからだ。
国王のボリス・アレフィエフ、ロドニア騎士団団長グレーブ・ガイダル公爵、宰相のバルタザール・フェレ公爵は、それぞれ子供の頃からお互いに切磋琢磨する間柄であった。
国王とその側近の家柄の子供という関係ではあったが、グレーブとバルタザールはボリスの事を友として慕っていた。
時には諫言を呈し、時には身体を張って命を守る。
自分の才能を活かし、忠実な臣下として国王のボリスを助け、ロドニアの為に邁進するという生き方をグレーブとバルタザールが選んだのは当然といえる結果であった。
しかしボリスが版図拡大の野望を持った事で悪魔につけこまれ、魂を囚われてからは、グレーブとバルタザールの仲もおかしくなってしまった。
主君がどのような事をしようとも仕えて行くというグレーブに対して、バルタザールは愚直なまでに主君を諌めようとしたのである。
その結果、3人の友情はバラバラになってしまったのだ。
だがルウがリーリャを助けて悪魔の野望を挫き、結果的にボリスとロドニア王国を救った事で3人はまた再出発する事が出来たのである。
「3人が揃うのも久し振りだ」とボリス
「本当ですな」と同意するグレーブ
そして永き眠りから醒め、2人と共にあるバルタザールは嬉しそうに笑う。
「このような日が再び巡って来るとは……感無量ですよ」
3人はお互いに顔を見詰め合った後、傍らに控えている1人の男に視線を移した。
蒼い法衣を纏った1人の痩身の男が跪いている。
「我が息子よ……お前こそがロドニアとヴァレンタインを結ぶ架け橋なのだ」
「御意!」
ボリスが法衣の男=ルウに呼びかけると、グレーブも大きな声で同意した。
娘をルウに嫁がせる父親同士として、同じ気持ちを持っているようだ。
「彼が……あなた方の息子か……私にとっても、そうかもしれない……」
バルタザールにもかつて息子が居た。
幼い頃に病で亡くなってしまったが、生きていればルウくらいの年齢である。
自分を助ける為に神が遣わしてくれたのかもしれない。
そのように考えるとバルタザールも喜びを感じるのだ。
ボリスはいい頃合だと見たのであろう。
昨日、ルウと取り交わした案件を発表したのである。
「ルウがもたらしてくれた……ヴァレンタインの援助によりロドニアに魔法学校が設立される事を余は了承した」
「おお、喜ばしい! 我がロドニアは武の国である。そこへ魔法が加われば……」
騎士団長のグレーブは嬉しそうに叫ぶ。
名だたるヴァレンタインの魔法騎士の噂は彼も聞いている……
自分が率いるロドニア騎士団にもそのような者が加わる事になるのだ。
「確かにこれからのロドニアは変わるでしょう。我が祖国に新たな時代の到来となる筈です」
バルタザールも文句無く同意した。
しかし!
意外な事にボリスがそれを否定したのである。
「いや……ロドニアだけが変わるのではない。ヴァレンタインも変わり、世界が総じて変わって行くべきなのだ」
「世界が!?」
「陛下!?」
「2人とも聞け! 武術と魔法……これは人の子の肉体と魂に宿る力だ」
「人の子の肉体と魂に宿る力……ですか? 陛下!」
「武術と魔法が?」
聞き返すグレーブとバルタザールに対してボリスは大きく頷いた。
「ああ、そうだ! 人の子とはあらゆる生き物の中では最も戦いに向いていない存在だ。武器という牙を持たなかったら、実にひ弱なものであろう?」
「「御意!」」
グレーブとバルタザールが同意するのを見て、ボリスは満足そうな表情をし、話を続けた。
「人の子自身が強くあろうとした時……個々に宿る能力の限界を超えようとする時に、創世神が与えて下さった無限の可能性を示す事が出来る」
「無限の可能性……素晴らしい言葉だ」
「いわば未来への希望……そのものですな」
「限界を超えようとする魂の中に志が生まれる。もしくは志が人の子の限界を超えようとするのかもしれぬ。その強さが人の子をひきつけ、無限の可能性のひとつともいえる『愛』が生まれるのだろう」
強い志を持ち、愛を生む存在……
それは今、3人の目の前に居る痩身の男をイメージしているのに違いない。
「リーリャ様や我が娘エレオノーラのように!」
「我々が彼に対する思いのように!」
グレーブとバルタザールが実感を込めて言い放つと、ボリスは弾けるように笑い出した。
「ははははは! 皆、思いは同じ! そして愛は活力を生む! 見ろ! この私を! 罪深き男の姿を! 行き着く場所は決まっているというのに、この気持ちは! こんなに希望が満ち溢れて来るのだぞ!」
行き着く場所は決まっている……
ルウは天の使徒イルーミノが告げた言葉を思い出す。
『無駄だな……奴は残りの余生を全うした後、冥界の最下層に落ち、転生しても2度と人間には戻れない。そう決まっておる』
やはりボリスは凡庸な男ではなかった。
自分が犯した罪の重さを認識しており、既に覚悟を決めていたのだ。
それだけではない。
決して自暴自棄などにならず、前向きに生きようとしているのだ。
絶望に挫けない前向きな強さ……
愛だけではなく、ボリスの強い生き様も人の子の無限の可能性のひとつであろう。
主君の言葉の迫力を聞いて、臣下であり、親友でもあるグレーブとバルタザールは即座に状況を悟ったらしい。
「陛下! 私もバルも陛下と共にあり、ロドニアと共に……そして仰る通り世界と共にありますぞ!」
「グレーブの言う通りだ、陛下! 我々は死が袂を分かつまでずっと一緒! いや! 死さえも我々を引き離すなど、出来はしないのです!」
2人の言葉を受けてルウも言う。
「親父さん、俺達は皆、家族だ。家族は前向きに生きようとする者を見捨てるなんて絶対にしないんだ!」
グレーブとバルタザール、そしてルウの言葉には強い意思が篭もっている。
「お、お前達!」
ボリスは嬉しかった。
利害など一切ない、純粋で強固な魂の絆は確実に存在するのだ。
人の子が持つ、いくつもの無限の可能性が、ここロドニアの王宮で示されたのであった。
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