↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
649/1391

第649話 「友情の回復④」

 ロドニア王国元宰相バルタザール・フェレは長い『夢』を見続けていた。


 主君である国王ボリス・アレフィエフへの諫言が聞き入れられず、逆に激高した王から蟄居を命じられ、屋敷へ戻った瞬間に強烈な睡魔に襲われたのである。

 眠気を訴えた彼は、供の者に抱えられて直ぐ寝室に運ばれ、ベッドへ寝かされたのだ。


 それ以来、今日まで彼が起きる事はなかったのである。


 バルタザールが奇妙な眠りについたと同時に、彼の屋敷の中も不思議な状態と化した。

 不自然に眠ったままの主人に何の違和感もなく、使用人達はいきなり現れた新たな家令ラティオの指示の下、粛々と自分の仕事を続けたのである。

 それはまるで感情を持たない機械が淡々と命じられた作業をこなすが如くであった。


 現実世界では謎めいた眠りに入った筈のバルタザールは、気が付くと何故か広大な世界に居り、たった1人暮らしていたのである。

 バルタザールが住むこの地は広大な草原が広がる大地にいくつかの豊かな森が点在していた。

 

 今、バルタザールが寝起きしているのはその中の、とある森の外れにある一軒の質素な小屋である。

 生活するのに最低限の設備を備えたその木製の小屋で彼は日々を過ごしていたのだ。


 不思議な事に日々暮らしていても空腹感はまるで起きなかったので、バルタザールは食事を摂る必要がなかった。

 そして書物が好きなバルタザールが小屋の一角にある小さな書棚にお願いをすると希望のものが忽然と姿を現したのである。


 朝、早く起きて爽やかな大気の森や草原を散歩し、昼間は好きな書物を読み込んで、夜は日が落ちると同時に就寝する。

 元々、質素を旨としていたバルタザールにとって、そんな単調過ぎる暮らしも、全く苦ではなかったのだ。


「ああ、創世神が最初の人の子を住まわせた伝説のエデンという地が本当にあるのなら、まさにこのような地の事を言うのだろうな」


 今朝、バルタザールはいつものように草原の中で読書をしようと、数冊好きな小説を持って小屋を出た。

 

 バルタザールにはお気に入りの場所があった。

 草原を見渡せる小高い丘の上である。

 眺めが良く、吹く風は爽やかであり、とても心地良く過ごせるこの場所に、彼は毎日のように出かけていたのだ。


「よいしょ!」


 バルタザールはゆっくりと腰を下ろす。

 草の甘い香りが漂い、彼の鼻をくすぐった。


「おお、最高だ……これでオクサナでも居ればもっと良いのに、な」


 オクサナとは5年前に病気で亡くなったバルタザールの妻の名前である。


 他人が一切存在しないこの世界で暮らして暫く経つが、バルタザールは妻も含めて人恋しいと思った事はなかった。

 ただ、自分の感じているささやかな幸せを妻にも味あわせてやりたいと思ったのである。


「そういえば……オクサナはリーリャ様をとても可愛がっていたなぁ」


 妻はお付きの侍女であるブランカ・ジェデクと共にリーリャを目の中に入れても痛くないと言っても良いほど可愛がっていた。

 しかし、リーリャは野望に狂った親友の為にヴァレンタイン攻略の駒として送り込まれた。


「お可哀想に……何とか救って差し上げたかったが……私が無力なばかりに」


 バルタザールは「ふう」と小さく息を吐き、目を閉じる。


 ひゅう!


 いきなり一陣の風が巻き上がり、バルタザールを包み込む。

 そして風の音と共に誰かがバルタザールの耳元でそっと囁いたのである


「バル……おじ様」


「え!? だ、誰だ!? まさか、そ、その呼び方はまさかぁ!」


 バルタザールは、聞き覚えのある声に吃驚した。


「うふふ、そうです! バルおじ様、リーリャです!」


「おおっ!」


 バルタザールが目を開けると目の前には嬉しそうな笑顔を浮かべたリーリャの姿があったのである。

 当然の事ながら、バルタザールは混乱した。


「ど、ど、ど、どうしてっ!?」


「うふふ、お迎えに来ましたのよ、おじ様!」


「お迎えって!? まさかっ! ああ、何てお可哀想な!」


 リーリャのいう『お迎え』という意味を、最悪の可能性で考えたバルタザールは絶望的な表情を浮かべた。

 しかしリーリャはきょとんとした顔付きである。


「可哀想? 可哀想って何がですか?」 


「リーリャ様、貴女はお父上からヴァレンタイン王国攻略の為に留学させられた筈……もしやそれが相手に露見して!」


 バルタザールが想像した事を一気にいうと、今度はリーリャが吃驚して口に手をあてた。


「ああ、バルおじ様! ……リーリャの事をずっと心配してくれていたのですね。本当に御免なさい! 私、おじ様がこのような事になっているなんて全然知らなかったのですわ」


「…………」


「もう大丈夫ですわ! 私は救われました! 同時にお父様もロドニアも救われたのです! バルおじ様、これまでの事情をお伝えしたいので私の手を握っていただけますか?」


 リーリャはすっと小さな手を差し出した。

 バルタザールは不可解ながら思わずリーリャの手を握った。

 すると不思議な事に、リーリャの記憶がバルタザールの魂(こころ)の中へ一気に流れ込んで来たのである。


 屈強な戦士2人がロドニアの騎士達を圧倒した一方的な戦い……

 怖ろしい闇の魔法使いが呼び出した強大な悪魔を打ち破る若き痩身の魔法使い……

 異形の悪魔に襲われたロドニアを別の悪魔達が救う奇妙な光景……

 

 一転して今迄の光景とは雰囲気が変わり、今度はリーリャがヴァレンタイン王国の王都セントヘレナの街中で彼女を助けた魔法使いと楽しげに遊んでいる……


「お、おおお……」


 バルタザールは瞬時にしてリーリャとロドニア王国が辿って来た運命を理解する事が出来たのであった。


「初めまして、バルタザールさん!」


「え!?」


 聞き慣れない声が、いきなりバルタザールに掛けられ、彼は吃驚して声のした方向に振向くといつの間にかリーリャの記憶に出て来た痩身の魔法使いが立っていたのである。


 黒髪で黒い瞳……間近で見ると男はずっと若い雰囲気である。

 まだ20歳そこそこに違いない。

 背も高くゆうに180cmは超えているであろう。


「俺はルウ・ブランデル。ボリス王に頼まれて、リーリャと共にこの異界へ来たんだ」


 ルウが自己紹介をして来訪の原因を語ると、今度はリーリャが、花が咲いたような笑顔を浮かべて口を開く。


「そうです! 私の旦那様なんですよ」


 旦那様って!?

 お、夫か!?

 彼はリーリャ様の夫なのか!?


 いきなり突きつけられたとてつもない現実に、バルタザールはまた混乱してしまう。


「ああ、だ、旦那様って!? リ、リーリャ様!?」


 思わず聞き直すバルタザールに対して、リーリャはきっぱりと言い放つ。


「はい! 私、押しかけ女房しちゃいました!」


「え、えええっ!?」


 幸せそうに語るリーリャを、バルタザールは呆然と見詰めていたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。