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第642話 「果たして兄か?弟か?①」

「審判役は余が行う。良いな、ロディオン?」


 ボリスが審判役を買って出た上で、鋭い視線を投げ掛けた。

 我儘な息子に否応を言わさない迫力である。

 先程から父と教育係の態度に不満なロディオンもさすがに了解せざるを得ない。


「あ、ああ……分かった、父上」


「よ~し!」


 ロドニアのアームレスリングは現代のものに比べればもっと荒々しく、はっきり言って純粋な力比べに近い。

 怪我に繋がるような危険な態勢となっても審判役は戦いを止めたりはしないのだ。

 ルールも一般的なアームレスリングのルールにいくつかロドニア独特のルールが加わっており、結構負傷者が出る傾向がある。


「ちょっと待って貰えるか?」


 今度はルウが、手を挙げて一旦勝負の進行を止めた。

 ロディオンに対して、何か事前に言っておきたい事があるようだ。


 ルウが怖れをなしたと見たロディオンはせせら笑った。


「ははははは! さすがに臆したか! この卑しい平民めが!」


 ロディオンの笑い方はボリスにうりふたつである。

 やはり親子なのだとルウは少し可笑しくなった。


「ははっ、全然臆してはいないのだが、ひとつ条件をつけさせて貰おうと思ってな」


「条件だと!」


 ルウが条件を出すと聞いて、ロディオンは眉間に皺を寄せた。


「ああ、条件だ。後で卑怯だとか、不正とか言われたくない。だから俺は魔法を一切使わないぞ」


「魔法一切使わないだ、と!?」


「俺は魔法使いだからな。だから戦いを平等に行う為、神に誓って魔法は使わない。純粋に力での勝負だ。だから勝負が終わってから一切文句をつけない事を約束してくれ」


 ルウの申し入れはロディオンにとっては意外であった。

 まさか自分から不利になるような事を持ち出すとは思っていなかったのである。


「おお、随分男らしいじゃあないか! 力での勝負、望むところだ!」


 ロディオンは当然の事ながら、快諾する。

 自分にとって不利になる事など全く無いのだから。

 しかしルウは慎重である。


「再度、聞こう。ロディオン王子よ、誓えるな?」


「くどいぞ! そこまで言うのなら誓う! お前が神に対して誓ったようにな!」


 ルウと息子ロディオンのやりとりを聞いたボリスはリーリャからの手紙のくだりを思い出していた。

 確か、ルウは騎士団の副団長を務める実力者マリアナに魔法を行使せず、勝利しているのだ。

 ここでも後で遺恨を残さぬように正々堂々と勝負するらしい。


「ほう! ルウよ、我が騎士マリアナ・ドレジェルと戦った時のようにすると言うのだな」


 父の突然の言葉に仰天したのはロディオンである。

 

「な、何! 貴様、マリアナと魔法無しで戦ったのか!?」


 驚くロディオンへ、父から更なる爆弾が落とされた。


「おい、ロディオン! 余はリーリャからの手紙で知っておるぞ。ルウはマリアナに勝っておるのだ」


 これは更に衝撃の事実であった。

 ロディオンは練習試合でマリアナに1回も勝った事がないのだ。


「はぁっ!? あ、ありえない!」


 呆然とするロディオンに対してグレーブも追い討ちを掛ける。


「ロディオン様、私にはそのマリアナから直接手紙が来ておる。あいつは剣を使い本気で戦ってルウ殿に指一本触れる事が出来なかったそうだ」


 マリアナを全く寄せ付けないルウの実力。

 力を頼みとするロディオンにとっては相手が急に怖ろしく見えてしまう。


「うう、ばばば、馬鹿な!」


「落ち着け! ロディオン王子」


 動揺するロディオンを諭したのは何と対戦相手であるルウであった。

 漆黒の瞳で見詰められたロディオンは言葉を失う。


「く、う!」


「貴方は、ゆくゆくはこのロドニアを率いて行くのだろう? 将来の王たる者がそんなにうろたえてどうする?」


「な、何!?」


「ここまで来て動揺してどうすると聞いている」


「な、動揺だと!」


 ルウの言葉にやっと反論出来るようになったロディオン。

 どうやらだんだん落ち着いて来た様である。


 ルウは真っ直ぐにロディオンを見詰めて、教師のように接していた。


「国王の戦いとは常に勝つ戦いでなくてはいけない。国の存亡がかかっているからな」


「むむむ」


 ロディオンは不満そうに唸る。

 話の内容には納得していないようではあるが、ロディオンにルウの言葉は届いているようだ。


「相手との実力差は常に頭に入れておけ。国を背負う立場なら出来る限り、勝てない相手とはまともに戦わないのも大事だ」


 ここでロディオンは初めてまともに反論した。

 感情が先走っていたのが、やっと理性が追い着いたのであろう。


「私は誇り高きロドニア騎士だぞ。お前の言う逃げの選択肢は私にはない!」


「逃げではない……必勝の心構えだ。国王と1人の騎士では立場が違うのさ。貴方がそのような考えでは直ぐにロドニアを滅ぼす事になる。戦う時は出来る限り相手を充分に知ってから戦うべきなのだ」


「な、何を偉そうに! そのような悠長な事は言っておれぬわ!」


 ボリスとグレーブは互いに顔を見合わせると黙って頷いた。

 ルウの言う事は至極真っ当な事なのである。


「ようし! 勝負を再開する。準備は良いな?」


「ああ、良いぞ! 父上、貴方の息子の圧倒的な勝利を見せてやる!」


 意気込むロディオンに比べて、ルウはいつものペースを崩してはいない。

 ボリスはそんなルウを頼もしそうに見ながら、『審判』としての実務に入った。


 まずルウとロディオンに卓上に腕を載せて組むように、指示をする。

 そしてルール通りの姿勢になっているかを確認し、肘の正しい位置や手首も自然に曲げていないかの確認をして行く。


 暫しの間、チェックが行われて、ボリスは勝負開始前の状況において問題が無いと判断したようだ。


「うむ! 良いだろう!」


「よおし、ルウ! 覚悟しろよ! 叩き潰してやる」


 気合の入った表情で挑発するロディオンに対してルウはいつもの通り、穏やかな表情だ。


「では行くぞ……3、2、1……」


 気合が入ったロディオンの腕がぶるぶると震える。


「スタート!」


 ボリスの勝負開始の声が響き、ルウとロディオンのアームレスリング勝負は注目の中、幕を切って落とされたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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