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第641話 「伝統ある勝負」

「リーリャの結婚に関してだが、国民への発表の仕方は考えなくてはいかんな」


 ボリスが腕組みをして唸っている。

 リーリャはその可憐な容姿と優しい性格から、ロドニアの国民には絶大な人気がある王族だ。

 結婚ともなれば、大々的に披露しなければならないと以前から言われていた位なのである。

 

 しかしボリスの妻でリーリャの母ラダは悩む夫に比べれば、だいぶ楽観的だ。


「ええ、今はそうですけど結局はあの子、ずっとヴァレンタイン王国で暮らすのでしょう? ルウ」


 笑顔で質問するラダに、ルウも笑顔で答えた。

 既に人生相談に近い進路相談をしてリーリャの将来への夢や希望は聞いている。

 ヴァレンタイン王国に帰化してルウと共に暮らして行く……

 リーリャの決意は揺るぎのないものなのだ。


「はい! 本人からはそう聞いています。魔法女子学園を卒業したら、多分ヴァレンタイン魔法大学へ進学するとは思いますが……」


「それなら……数年後にさりげなく発表しても大きな騒ぎにはならないでしょう? そうよね、貴方」


 ラダは夫のボリスに向かって自分の意見に賛同するように求める。

 妻の考えは少々楽観的過ぎると思ったボリスではあるが、敢えて反対はしなかった。


「うむ……まあ、そうだな。その時には状況を見て方法を考えても良い」


 ここで言葉を挟んだのがグレーブである。


「丁度、我が娘エレオノーラも同じタイミングでヴァレンタインに婿を訪ねて行くでしょうからな」


 リーリャの姉達……アンジェラ、イザベラも妹に加えて幼い頃から良く知っているエレオノーラまでもがルウに夢中になったと聞いて、興味津々だ。

 年齢や身分も含めて自分達には現在『結婚』が彼女達には最も関心のある事だからである。


「へぇ! 私達より早く年下のリーリャやエレオノーラの結婚が決まったなんて!」とアンジェラ


「ルウ様って、優しそうだし……私も立候補しようかな……」とイザベラ


「おいおい! イザベラ! お前までもか? ルウだけでそんなに娘をやれんぞ!」


 ボリスはルウの人気が高いので鼻が高い反面、苦笑いしてしまう。


 そんなこんなで相変わらず座は盛り上がっていた。

 王子ロディオン・アレフィエフは先程までと同様に蚊帳の外であった。


 教育係りのグレーブ・ガイダル公爵に一喝されて、一旦は座ったものの口を真一文字に結んだまま、ひと言も喋らないのは勿論、不快さを隠そうともしなかったからだ。

 折角の座の盛り上がりをロディオンが水を差す形となっている。


 ボリスが我慢出来なくなったのか、不機嫌そうな息子に声を掛けた。


「ロディオンよ、先程から何故喋らない?」


「…………」


 黙り込んだままのロディオンは父親の呼び掛けに応えようとせず、挙句の果てにプイと横を向く。

 

 いつものボリスならここで容赦なく雷を落とす所である。

 

 しかしルウとのやりとり、加えてリーリャとの再会でご機嫌のボリスは、何か別の方法を思いついたようだ。


「お前がそこまでルウに不満なら、我が王国の伝統に乗っ取って、彼と勝負をするか?」


 武の才能に恵まれ、多少良い気になっている息子を懲らしめてやろうという戒めの気持ちと、マリアナ・ドレジェルを圧倒したルウの武才を確かめたくなったのである。


 ルウと勝負出来ると聞いたロディオンは「しめた!」という表情をした。

 やはり自分の腕力に自信を持っているのであろう。


「ほう! ……父上、宜しいのですか? グレーブもだ! 本当に良いのか?」


 父と自分に念を押すロディオンに対して、ボリスとグレーブは悠々としたものだ。

 それは底知れぬルウへの信頼と好奇心により裏打ちされている。


「ああ、構わないぞ。なあグレーブ」


「は! どうぞ、どうぞ」


 父とグレーブの2人が、示し合わせたように勝負を勧める姿。

 ロディオンは信じられないものを見たような驚きの表情だ。


「うっくくく……父上はともかく、グレーブ、お前まで何だ、その物言いは!」


 グレーブに代わり、父ボリスが即座に答えを返してやった。


「ロディオン! お前が井の中の蛙だという事を、身を持って知ることになるからな」


 こうなれば、ロディオンはこの悔しさをルウにぶつけるしかない。


「くうううう……ルウとやら、聞いたか? 私とこの場で勝負だぁ!」


 叫ぶロディオンに対してルウはいつもの通り、穏やかな表情である。


「ははっ、この場で勝負? 俺には状況が良く分からないが……」


「問答無用! 良いから勝負だ!」


 ロディオンはもう決定事項だというが如く、テーブルを思い切り叩いたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 王の間のテーブルを使って、ルウとロディオンの勝負は行われる事となった。

 意外な事にボリスのいうロドニア王国伝統的な勝負とは――何とアームレスリングであったのだ。


 ロドニアの初代国王が仲間内の余興から始めたというロドニア王国伝統のアームレスリング。

 場所を取らず、金もかからず、簡単(シンプル)で分かり易く決着をつけられる素晴らしいパワーゲームとして庶民に至るまで人気の『娯楽』らしい。


「ははははは! 我がロドニア開祖の初代王ルーヴィムが取り決めた事だ。我がロドニアにおいて試合や決闘以外での決着のつけ方、それがアームレスリングなのだ」


「ははっ、面白そうですね」


 穏やかな表情のルウに対して、ロディオンは敵愾心剝き出しで挑発する。


「何だと! 貴様とは本来なら馬上槍試合ジョストで決着をつけたいくらいだ! 俺が貴様みたいな、不埒でひ弱な魔法使いは叩き潰してやる!」


 ロディオンは幼い頃から、身体を鍛えており当然アームレスリングも強かった。

 力瘤を見せて強さを誇示するロディオンはここで勝利した場合の条件をつけて来たのだ。


「父上、私が勝ったら、こんな奴をリーリャと結婚させる話は再考して貰いますよ」


 しかしここでもボリスはロディオンから見たら意外な問い掛けをする。


「ふうむ! ではもしお前が負けたらどうする、ロディオン?」


「はぁ? 私が負ける? 絶対にありえませんな、父上!」


 このような膂力の無さそうな魔法使いに負けるわけがない!

 ロディオンは魔法使いとはこうだ! という固定観念の塊だったのだ。

 これは以前、ガイダル家の嫡男アトロが騎士に対する考えを語っていたのと合致する。


 騎士こそ世界で最強であり、人々の中心……

 ロドニア人の大多数はそう考えているからだ。


「ははははは! 大きく出たな、ロディオン! なあ、グレーブ! 面白くなって来たぞ!」


「そうですな! 陛下、どうでしょう? ルウにも勝利条件をつけて貰いましょうか?」


 相変わらずルウとロディオンの勝負を面白がるボリスとグレーブ。

 最早、その姿は市井の賭け事好きな親爺と変わらなかった。


「おうおう! それは当然だな。ルウとリーリャの結婚の祝辞は当然として……そうだな、兄弟逆転というのはどうだ?」


「は? 兄弟逆転!? 兄弟逆転ですと! ち、父上! それはどのような!?」


「ああ、簡単だ! 普通は妹のリーリャの夫であるルウはお前の弟。しかし兄弟逆転のルールを適用すればお前はルウの弟になり、一切彼の命令に服従して貰う。良いな?」


 ルウを一方的に優遇する父にロディオンは抗議する。


「父上! それでは条件が違い過ぎます! 俺が圧倒的に不利ではないですかぁ!」


「ほう! 先程何と言っていた? ルウみたいな、ひ弱な魔法使いは叩き潰してやる……のだろう?」


「ううう……うう。く、糞ぉぉぉ!」 


 言葉尻を取られて悔しそうに叫ぶロディオン……

 やはり彼はまだまだ若いし、いわゆる『青い』のだ。


「ロディオン様、お言葉使いが大変悪う御座いますぞ。私は貴方にそのような教育をした覚えはありませんな」


「うおおお! グレーブまでも! お前が私の武術の師匠だろう! 私の実力を知っている筈だ」


「まあ……じっくりと拝見させて頂きましょう」


 にやりと笑うグレーブを見てロディオンは悔しそうに唇を噛んだのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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