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第64話 「破顔」

 木曜日午後……

 

 今日はルウがナディアと待ち合わせて『デート』をする日である。

 この日も春期講習があったので、授業が終わってから王都の、とある場所での待ち合わせとなっていた。


 とある待ち合わせ場所とは―――王都初心者のルウが迷わないよう、北西に位置する誰もが知る場所にしたのだ。

 それは、王都セントヘレナの中でも中央広場にそびえる王宮と並び、他を圧倒するような趣きを持つ厳かな建物、大聖堂である。

 

 大聖堂は、この世界の全てを生み出したと言われる偉大なる創世神を祭った建物なのだ。

 ヴァレンタイン王国を建国した英雄バートクリード・ヴァレンタインが祝福を受けたという謂れも伝わっていて、この大陸の人口のほぼ8割を占める者がこの偉大なる神を崇めていた。

 

 大聖堂は入り口を中央広場に面しており、毎日敬虔な信者がひっきりなしにお参りをする。

 入り口と堂内はテンプル騎士と呼ばれる屈強の猛者達が警備にあたっており、ここではどんな不埒者も暴れたりする事はない。


 先程から、ナディアは入り口脇でルウを待っている。

 

 今日、彼女はいつも学園で着用している制服ではない。

 魔法使いが好んで着る、特別なデザインの法衣ローブ姿である。

 その法衣の色は、彼女が好きな萌黄色。

 春に萌え出る草の芽を表す今の季節にぴったりのイメージなのだ。

 頭部の被り物を外しているので、長い栗毛をポニーテールにした髪型が覗いている。

 

 と、そこへ声を掛けて来た者が居た。


「ほう、これはこれはシャルロワ子爵殿のご令嬢でしたね。確か……」


「はい! ナディアと申します。ナディア・シャルロワです、ブレヴァル枢機卿様」


 ナディアからブレヴァル枢機卿と呼ばれた人物は、ダルマティカと呼ばれるチュニックを着込み、コープと呼ばれるマントを羽織った出で立ちをした老齢の男であった。


「ナディア殿、今日は礼拝かな?」


「いいえ、今日は人と待ち合わせです」


「ほう! 人とお待ち合わせか? ふむ……我が創世神は人々の絆を作り出す大神でもある。貴女が今日お会いになる相手と、良い絆を結べるよう祈りましょう」


 ブレヴァル枢機卿は胸の前で軽く両手を合わせるとひと言、ふた言何か呟いた。

 当然、ナディアも同様に祈っている。

 

 暫くして祈りが終了した。

 ブレヴァルは穏やかに微笑み一礼すると、ゆっくりとその場を去って行った。 


 それから、10分後。


「悪い、悪い!」


 手を振りながら現れたのはルウであった。


「うふふ、10分の遅刻だね」


 ナディアは切れ長の眼を細め、怒った様子もなく優しく微笑んでいる。

 そして、謝るルウの背中を押し、聖堂を出たのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 中央広場は相変わらず凄い人混みである。

 ふたりは人の流れを避け、隅の方で話していた。


「今日はまず、買い物に付き合って欲しいんだ」


 ナディアがルウに両手を合わせた。

 先程の祈りとは違う、『お願いポーズ』である。


「おお、良いぞ。どこに行く?」


 了解したルウが尋ねると、


「実はね、この前の勝負の際、ボクの魔法杖が折れてしまったんだ」

 

「成る程、どの店に行くか、当てはあるのか?」


「それが全然! 屋敷に居た頃はどんな物でも、ウチの御用商人が屋敷へ来て見繕ってくれるから。こう見えてもボク、王都に出て買い物するなんて中々、機会がないんだ」


「そうなのか?」


「うん! 学生寮では、ウチの商人は勿論、ジゼルの家の御用商人まで寮へ来てくれるからね。当然女子の店員だよ、うふ」


「ああ、そうか。女子寮だものな」


「だから、もしルウ先生の知っている店があれば、連れて行って欲しい」


 ナディアはそう言い、微笑んだ。


「まあ、俺もあまり当ては無いけれど……そうだ、キングスレー商会にするか」


 ルウから店名を聞いたナディアは、一瞬考え込んだが、可愛く首を傾げた。


「ふ~ん、キングスレー商会? ボクが知らない、お商会みせだ」


「そうか? でも皆、良い人ばかりだったぞ」


「へぇ? そうなんだ」


 ルウの言葉を聞いたナディアは興味深げに彼を見た。

 そして、


「ルウ先生が言う良い人って、どんな人達なんだろう? ボク、興味あるよ」


 ナディアはいきなりルウの手を取り、「行こう」と促したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ふたりが待ち合わせした聖堂の隣に、大きな商会や店が建ち並ぶ商館街区はある。

 

 ルウとナディアは話しながら、キングスレー商会がある場所に向かい、歩いている。

 と、そこへ反対側から歩いて来る男子学生の一団があった。


 人数は5人……それと女も3人居る。


 男子学生のひとりが軽い口調で、ナディアを呼ぶ。


「あれぇ! これはこれは誉れ高きナディア様じゃあないですか?」


 彼等が着ている制服にルウは見覚えがある。

 アデライドから見せて貰った資料の中に。

 確か、魔法男子学園の制服だ。


 このヴァレンタイン王国で男性の魔法使いを育成する学校、それが魔法男子学園である。

 魔法女子学園と同時に創立され、この国の魔法学校の双璧を為す。

 

 しかし彼等は何と!

 派手な化粧の女を3人連れ、ふざけあっていたのである。

 話している内容からすると、どこかの居酒屋ビストロに勤めている女達らしかった。

 ルウは彼等の姿を見て、以前懲らしめたラザール・バルビエを思い出した。

 

「ルウ先生、言いにくいんだけど」


 ナディアが声のトーンを落とし、ルウに話し掛けて来た。


「ボクに最初、声を掛けて来たのって……校長先生の弟だよ」


「フランの弟? ……か」


 フランに弟が居る事を、ルウは知っていた。

 この街で最初に着た服も、弟の物を借りた。

 

 と、ルウは改めて思い出したのだ。

 

 ルウの声が大きかったので、最初に声を掛けて来た男がこちらを睨んだ。

 良く見ると僅かだが、確かにアデライドとフランふたりの面影がある。


「何故だ? 気のせいか、姉上の愛称が聞こえたような気がしたぞ!」


「それは気のせいじゃない。俺が確かに呼んだからだ」


 ルウはそう言い放つとナディアの前に出て、フランの弟らしい男との間に立ち塞がった。


「な、何だ!? お前は?」


 いきなり前に立たれ、うろたえるフランの弟にルウは名乗る。


「俺はルウ・ブランデル。お前の姉の従者だ」


 一瞬ぽかんとしたフランの弟だったが……

 すぐにルウを睨み返すと、猛烈な勢いで罵り始める。


「な、何! き、貴様! あ、姉上の従者の癖に何故そんなに偉そうなんだ? その上、平民だろ! そ、それに、な、何故ナディア様と一緒に居る?」


 激高するフランの弟が怒鳴っても、ルウは何処吹く風だ。


「質問は後にしろ。まずお前の名を名乗れ。俺は名乗っているぞ」


「くううう! お、俺は! ドゥメール伯爵家次期当主ジョルジュ・ドゥメールだ。よく覚えておけぇ!」


 ぷっ! 

 あははははははっ!


 ルウの言い方や、対するジョルジュの慌て振りなど。

 ふたりのやりとりが、何かのツボに入ったのであろうか。

 

 ナディアは、いきなり大声で笑い出した。

 それは、彼女が久々に見せた爽やかで、晴れ晴れした笑顔であったのだ。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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