第637話 「ロドニア王への謁見④」
「では、ボリスの親父さん!」
満面の笑みを浮かべるロドニア国王ボリス・アレフィエフ。
彼はルウから『親父』と呼ばれて悦に入っている様子である。
「おう! その呼び方は中々心地良い! 気に入ったぞ! もっと余に対して砕けた言葉遣いをしてみろ! 構わぬぞ!」
「ありがとうございます! では遠慮なく『息子』として相手をさせて頂きます」
「うむ! それで良い!」
リーリャの夫=義理の息子という幸運も加わったので、自分の命の恩人でもあるルウとはもっと距離を縮めたい!
それが当初、ボリスの本音であった。
だが話をしていくうちに、ボリスはルウの事を恩人以上に『男』として気に入っていたのである。
はきはきしたルウの言葉を聞いて、満足げに頷いたボリスではあったが、悪戯っぽく片目を瞑る。
「リーリャはな、我が娘ながらとても可愛いぞ。だから、お前はとても幸運だ! そしてお前を婿として迎える余はそれ以上に幸運なのだ」
おどけた言い方をするボリスはルウと親しくなった事が嬉しくて堪らないらしい。
「光栄です」
ルウが儀礼的な返事を返すと、ボリスは一瞬、公人の顔をした。
「だがな、王という立場から同じ位に喜ばしいのが、この結婚自体が我がロドニアの大きな国益となっている事だ」
「ははっ、国益? ……そうですか?」
飄々としたルウはボリスの言葉を軽く受け流した。
ヴァレンタイン王国において難事が起こった際には裏から尽力するルウであったが、普段は表立って政治には係わっていない。
「ああ、そうとも! 加えてグレーブの娘までお前に嫁ぐとはな。余にとっては更に良い事だ! ははははは!」
大声で豪快に笑うボリスに対して、頃合と見たのかルウはもうひとつの話を切り出した。
「では親父さんの気分が良くなった所で、俺がこの国に派遣される事になった公務の話をして良いですかね」
「ははは、親父扱いの上手い奴だ! 話してみせい! いや、余が当ててみせよう!」
ボリスはそう言うと暫しじっと考え込んだ。
「……お前が託された公務、……それはお前が魔法使いの教師であり、そしてあのユニークな親書を託されたという事は何か魔法絡みの案件だろうな」
「はい! 仰る通りに魔法絡みです」
ルウがヒントを出したので、ボリスはふと愛娘の手紙にあった事実を思い出した。
「そうだ! リーリャの手紙にあったぞ! 我がロドニアの魔法使いの頂点に位置する王宮魔法使いラウラ・ハンゼルカもお前の弟子になったそうだな」
ボリスは目の前の異相の青年に対して、改めて底知れなさを感じたのである。
ラウラはロドニアでトップを張る魔法使いとしてそれなりの自負を持っていた筈だ。
それがあっさりとルウの弟子になるとは、彼の実力に惚れ込んだに違いなかった。
「はい! 彼女は頑張り屋ですね」
「頑張り屋? ははははは! 何という! あの娘はお前より年上だろう? ついでに娶るか?」
ルウの言葉に『弟子』に対する愛情を感じたボリスは鋭い勘が働いたようである。
対するルウもやはりラウラの『気持ち』に感づいている節があった。
「もし彼女が望むなら」
「ほう! 甲斐性のある奴だ! ロドニア中の美女を全て嫁にするか? 頼もしいぞ、ははははは!」
「と、盛り上がった所で早速お話ししましょう!」
ボリスとの会話が更に盛り上がった所でルウは話しの続きを切り出した。
「おう! 何なりと申してみよ!」
ボリスからすれば、これ以上自ら答えを考えるつもりもなく、ルウからどのような内容を提示されても前向きに聞いてやるつもりであった。
「はい! ヴァレンタイン王国はこのロドニア王国において、魔法学校を新たに創設するご提案を致したい」
ルウの言葉を聞いたボリスは驚きの余り、大きく目を見開いた。
「おお、それは……さすがに驚いたぞ! 我がロドニアに魔法学校か! それでルウ、お前が校長として赴任してくれるのか?」
いきなりのボリスの突っ込みにルウは爽やかに微笑んだ。
「ははっ、それは何とも……」
ルウの曖昧な返事を聞いたボリスは弾けるように笑い出した。
「はっははははは! 冗談だ! 何せお前を寄越したのが『フィル』に『爺ちゃん』だからな。彼等が絶対にお前を放すわけがない! 残念だがありえんだろう」
「ええ、今、俺はヴァレンタインを離れるわけには行きませんので」
ルウがやんわり断ると、ボリスの表情は怖ろしく真剣になった。
彼の提示した話がロドニアにとっては愛娘の結婚と同じくらい大きな国益だと感じているからに違いない。
「ふむ! では具体的に説明してみせよ」
「はい! 今から2年後の開校を目指してロドニアに魔法学校の創設を提案致します」
ルウはコホンと咳払いをして話を続けた。
「まず創設に必要な資金ですがロドニアとヴァレンタインで折半。建設用地の提供と物品の取引は御用達商人のザハール・ヴァロフにやらせるつもりです」
ルウの口からザハールの名が出たので、ボリスは感心したように目を細める。
「ほう! 中々やり手だな。もうザハールを抱き込んでおるのか?」
「はい! 学校の運営自体は暫くヴァレンタインから派遣した人間にやらせます。ノウハウはヴァレンタインにありますから。いずれはロドニアの人間を加えていければと思います」
「ふふふ、その派遣した人間の中にお前は入っておらんのだな」
「…………」
一瞬無言になったルウを見て、ボリスはつい聞いてしまったのを我ながらしまったと感じたようだ。
「ははは、済まぬ! 話を続けてくれ」
「はい! 教科書や教材はヴァレンタイン王国で使用している物と基本同じ物を使います。具体的に言えば、俺の勤務するヴァレンタイン魔法女子学園と同様にします。ちなみにヴァレンタイン王国は男女別の学校ですが、こちらロドニアの学校は共学とします」
「おお! 共学か! 可愛い女子生徒と一緒に魔法を学ぶ! おい、楽しそうだな! 余も入学したいくらいだぞ」
ボリスが思わず嬉しそうに笑う。
彼の魂の中には、ロドニアの才能溢れる魔法使いの卵達が楽しそうに学ぶ姿が浮かんだようである。
「教材だけではなく、運営も施設もほぼ同じで行きますよ。この学校が開校すれば、ロドニア中の魔法使い志望の人間が集まって来る筈です」
「成る程! 我がロドニアは元々武道を重んじる国……しかしその才能の無きものには厳しい国であるとも言える」
「仰る通りですね」
ルウが答えると、ボリスは満足そうに頷いた。
「片や、我が国において魔法はまだまだといってよい。我が国において魔法習得者や魔法技術が発展すれば素晴らしい国益になる事は確実だ」
ルウが託された公務はとても有意義でロドニアにとっては『渡りに船』の内容である。
ボリスの目は夢見がちな少年のような眼差しとなった。
「そうなると今迄膂力が無くて武術の道へ進めなかった者にも新たな夢が生まれ、生きる希望を持つ事が出来るだろう……そうか……我が国にも魔法使いとなる夢を持ってロフスキに向かう者が生まれるのか……」
ここでボリスはポンと手を叩いた。
彼は同時にこの『美味過ぎる話』の裏側も考えていたようである。
「ふふふ、読めたぞ! この魔法学校創設はロドニアの発展に寄与するだけではない。両国の『将来』の為だ。友好平和の為の布石……だな」
どうやらボリスはヴァレンタイン側の思惑に勘付いたらしい。
彼もさすがに大国ロドニアの王であった。
「御意!」
「ははは! 余の可愛い婿殿の為に、ここはヴァレンタイン側の『希望』に乗ってやろう。それに元々魔法学校創設は我が国にとっては何のデメリットも無い。断る理由が全く見当たらないのだからな」
「ありがとうございます!」
ルウの大きな声が王の間に響き渡る。
それは両国の新たな歴史の幕開けとなる合図でもあったのだ。
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