第636話 「ロドニア王への謁見③」
「ははははは! これは一体何だ!」
ロドニア王国国王ボリス・アレフィエフは弾けるように笑っている。
彼が大笑いをしている原因はルウが届けたヴァレンタイン王国からのユニークな親書であった。
まずボリスが開封したのは宰相フィリップ・ヴァレンタインからの親書である。
「何々、『ルウに一切を任せる――フィル』だと? これがヴァレンタイン王国の宰相たる王族が余に送る親書か!?」
「ははっ、こちらはどうでしょう?」
今度はルウがエドモン・ドゥメールからの親書を手渡す。
受け取ったボリスは開封し、中の書面を読むとまた驚いた表情をした。
『全てルウに任せる――エドモン爺』
「ふむ、……こちらもだ! 更にとんでもないぞ! エドモン……爺だと! ははははは!」
ボリスはまた笑い出してしまう。
大きな笑い声に釣られてルウも屈託の無い笑顔を見せる。
正直な所、ルウ自身も託された親書の中身を全く知らなかったのだ。
「ははっ、全て任されてしまっていますか、俺?」
「そうだ! お前は公使どころか……2人から自由裁量以上の権限を持たされた特命全権大使というわけさ」
ルウの問いに対してボリスがそう答えると、ルウは真っ直ぐに彼を見詰めた。
「成る程! じゃあ、頑張りますよ! では、陛下、早速公務をやらせて頂きます」
フィリップとエドモンがこのような親書を託した意図がルウには分かっている。
まずは今回の目的において完璧に任務を遂行してくれる期待からだ。
その為には下手な指示などしない方が良いという判断を下したのである。
またルウならば絶対に職権乱用をしないという両名の確信もあったのだ。
ルウとヴァレンタイン王国の公務の話をする……
しかしボリスの本音は違っていた。
「今すぐ、か?」
「はい! 公務と私事……俺からは話が2つありますが……公務から先にさせて下さい」
早速、本題に入ろうとするルウをボリスは押し留める。
「まぁ、待て! ははは! 余は良い話しか聞かぬぞ! まずは余の望む話をして貰おうか」
「良い話とは?」
ルウの問いに対してボリスは大きな声で笑う。
今の彼にとってルウとの『良い話』が何よりも優先するのである。
「ははははは! 当然リーリャの事だ! お前はあの子を娶ってくれるのだろうな? 万が一否などと言えば……許さぬぞ!」
既にボリスはルウとリーリャの結婚を許す事を決めていたのだ。
「ははっ、それはご心配なく!」
ルウは即座に力強く頷いた。
しかし笑みを浮かべていたボリスの顔が僅かに曇る。
「だがな、この件に関しては困った事が起きた」
「困った事?」
「ああ、先程騎士団長と言う肩書きを持つ、どうしようもない偏屈親爺からある事を頼まれたのだ」
ボリスはこの際、家臣であるグレーブ・ガイダルから頼まれた願いもルウに話す事を決めたようだ。
「どうしようもない偏屈親爺?」
「ははははは! そうだ! 奴の娘をな、お前に嫁がせたいと懇願されたのだ……事情は聞いたがお前はとんだお人好しだな」
そう言いながらも、ボリスの顔は慈愛に満ちている。
グレーブとの件もルウらしいと思っているに違いない。
あの気難しいグレーブさえも、既にルウの事を気に入る以上に惚れ込んでいるのだ。
とんだお人好しといわれたが、ルウは屈託の無い笑いを見せる。
「ははっ、一旦事情を聞いたら放っておけなくなりまして、ね」
ルウの答えを聞いたボリスは尚の事、納得した様子である。
「まあ、お前のお人好しがなければ、リーリャや余を含め、ロドニアは今、このように無事ではなかっただろう……今回、お前はまた悩める我が国民を救ってくれたのだ」
それでいてルウは何も見返りを求めない。
だから……愛する我が娘もこの男に惚れたのだろう。
ボリスはリーリャの幸せそうな笑顔が見えたような気がした。
「我が娘リーリャ共々、奴の娘も頼むぞ! それに余には分かっておる! リーリャからの手紙で、な」
「…………」
「さすがに直接そう書いてはいない。それで余に結婚を反対されるやもしれぬからな。だが余には直ぐ分かった! お前には他に妻が居る! それも大勢の妻が、な」
はっきりと指摘するボリスではあったが、決して非難するような表情ではない。
「ご存知でしたか……俺からしっかりと説明しようとは思っていましたが」
「リーリャさえ良いのなら余からは何も文句は無い! お前の他の妻に関しての説明はまた次の機会にして貰う。ただ想像はつくぞ! 彼女達の苦境をお前が救ってやったのであろう……そうしたら、惚れられた、大体そのような所だろうよ」
「大体……当りです」
「ははは! お前は相手に一切見返りを求めない。親身な態度で純粋に尽くしてやる。そこが良いのだよ……さあ、改めてお願いしよう! リーリャとエレオノーラ……2人を頼むぞ」
リーリャとの結婚の許可を得るどころか、逆にボリスがルウへ懇願する。
それもグレーブの愛娘も一緒に、だ。
さすがのルウでも予想外の展開であった。
こうなるとルウも具体的な話を切り出さざるを得ない。
「2人にはヴァレンタインに帰化して貰う事になりますが」
「構わぬ! 2度と会えなくなるわけではない! 可愛がってやってくれよ」
ボリスはきっぱりと言い放った。
ルウの下へリーリャを託す事はもう揺ぎ無い決意なのであろう。
「ありがとうございます! 2人を必ず幸せに致します!」
「おう! これであの偏屈親爺に怨まれないで済む。ホッとしたぞ!」
ボリスは悪戯っぽく笑う。
家臣だが、親友でもある男の願いを叶える事が出来た安堵感が滲み出ている。
そして彼はルウの事がもっと知りたくなって来たのだ。
「さあ、もうひとつの公務とやらを聞こうか……いや、その前にルウよ、フィリップ・ヴァレンタインとエドモン・ドゥメールというヴァレンタイン王国の切れ者2人。一体お前は彼等とどのような間柄なのだ」
「尊敬する先輩であり、親しき友です、ね……貴方と同じですよ、陛下」
ボリスはルウの答えを聞くと、親書の内容も合わせて直ぐに理解した。
ルウ・ブランデルという男の本質を理解した上で、とても可愛がっているのだ。
まるで弟のように、または孫のように……
「ははははは! 余と同じ、か! ひとつ聞こう! 親書からは分かるが、2人はお前にどう呼ばせておる? 名前を、な!」
「フィルに爺ちゃん……ですね」
「やはりフィルに爺ちゃんか! ははははは! 何という奴だ、お前は! 愛称で呼んでおるのか! あの2人を? ははははは!」
「はい! 2人にはとても良くして貰っていますよ」
ルウの笑顔を見ているとボリスもフィリップとエドモンの気持ちが良く分かる。
こうなれば……自分も負けていられない!
ボリスがそう考えるのも至極当然である。
さすがに決断が早い。
「よし! ならば余に対しても陛下などと呼ぶな! 親父と呼べ!」
「ははっ! 了解です!」
最近、このように大笑いしながら過ごした事があっただろうか?
ボリスは人生とはこのように楽しいものなのだと、改めて実感していたのであった。
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