第632話 「引き合わせ」
ガイダル公爵家専用馬車車中……
馬車は、とあるホテルに向ってひた走っている。
「楽しみね、エレオノーラ! ルウ様の奥様達って、どのような方達なのかしらね?」
「はいっ! お母様!」
微笑むセシリアとわくわくして期待に胸を膨らませるエレオノーラの母娘に対して、グレーブとアトロの父子は違っていた。
「奥様が8人も!? ルウ様って……凄い人なのですね」
ルウの妻の人数を聞き、目を見開いて驚くアトロ。
しかし、ルウは軽く首を横に振る。
「凄い? そうかな?」
「…………」
そして目を瞑ったグレーブは無言であった。
時間は少し遡る。
早朝の中庭で、ある申し入れがされたのだ。
ルウが真面目な表情で徐に話を切り出したのである。
「グレーブ殿、ひとつだけ伝えておこう。これは大事な話だ」
「大事な話?」
グレーブはルウを認めていたが、身の上や今の状況を全て把握しているわけではない。
しかし愛娘エレオノーラがルウへの真剣な思いを告げた以上、この異相の青年の全てを知りたいという思いに駆られている。
「ああ、これはエレオノーラさんには昨夜伝えてあり、その上で俺の嫁になりたいという決意を聞かせて貰っている」
「ふうむ、一体何だ?」
「俺には既に妻が居る。それも8人だ」
「な・に!? もう8人の妻が居る……だと!?」
グレーブにはショックであった。
ルウに8人の妻が居る事自体は別に法律的、倫理的に問題ではない。
ロドニア、ヴァレンタイン両国ともに、一夫多妻制をはっきりと認めているからだ。
ただ、自分の娘が当該者となるのなら、また話は違って来るのである。
「ああ、だからエレオノーラさんには念を押したんだ。公爵家の令嬢という身分も合わせて、俺は一途な貴女の夫には相応しくないとね」
「う~む……」
ルウはあくまで冷静にエレオノーラを止めてくれたらしい。
それは先程のエレオノーラの話と完全に一致する。
無理矢理抱こうと思えば抱けたのにルウは愛娘を抱かなかったのだ。
改めて考えてもルウが実直な男だと、グレーブも実感している。
確かに理解はしている。
だが、やはり納得は出来ないのだ。
「確かにルウ様からはそう言われましたが、私は全く構いません!」
「構わなくないぞ!」
エレオノーラの宣言に対して、グレーブは反射的に大声が出てしまった。
「お父様!」
「栄誉あるガイダル公爵家の娘が9人目の妻だと! 話にならぬ!」
切なげに視線を投げ掛ける愛娘に対して放たれた言葉は誇り高き公爵家としての矜持である。
「お父様! そのような形式に拘るなど、まだお分かりになって頂けませんか?」
「何!」
「私は自分を輝かせたい! そして1人前になって自分の役割を果たす、その晴れ姿をルウ様に見て頂いて認めて欲しい! 認めて頂いた私が彼と共に歩んで行く……それが今の私の志なのです」
エレオノーラは力強く宣言した。
しかしグレーブの胸中は複雑であり、つい無言になってしまう。
「…………」
黙り込んでしまった父親へ対して、エレオノーラは新たに言葉を付け加えた。
「昨夜、ルウ様に奥様が大勢いらっしゃると聞いても、好きになった気持ちは揺らがなかった。私は迷わず突き進みます」
驚きの余り、グレーブの双眼が大きく見開かれる。
エレオノーラは変わった。
大人の女性として1人前になるべく、踏み出そうとしている。
誇らしい!
さすが我が娘だと言いたくなる。
しかしグレーブには、エレオノーラに対してもたらされるルウの愛が充分になるとは到底考えられなかったのだ。
それはルウの妻の数が原因に他ならない。
「だが……お前は9番目の妻……いや、それ以下になってしまうやも、しれんのだぞ。それでは決して幸福になれまい」
ここでルウが2人に提案をする。
「2人とも……いや皆さん一緒に、俺の嫁達に会わないか? お互いを知る意味でも良いと思う」
ルウの提案を聞いて、渡りに船とばかりエレオノーラは即決した。
魂に決めたルウの他の妻に対する興味も当然の事ながらあったのである。
「私……お会いします! と、いうか……ぜひお会いしたいです!」
「エ、エレオノーラ! ……う、うむ! 私も、私も会おう!」
愛娘の決意を聞いたグレーブも直ぐに追随する。
エレオノーラは今迄と違って、父の歩み寄りを感じて感謝した。
「お父様! あ、ありがとうございます!」
「ああ、当然だろう?」
父娘はお互いに顔を見合わせると、笑顔を交わしたのである。
こうして、グレーブとエレオノーラ、そしてセシリアとアトロのガイダル公爵家の4人がフラン達、ルウの妻に会う事になったのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ホテル『イムペラートル』……
ガイダル公爵家の専用馬車が停まったのは、ロフスキでも抜きん出て一番といえるホテルの前である。
オーナーでもあるロドニアの王家御用達商人ザハール・ヴァロフが、ブランデル家の為に手配したこのホテルはやはり半端ではない。
『皇帝』と呼ばれる超一流ホテルだけあって従業員の態度も礼儀正しく、さっと扉を開けて爽やかな笑顔で迎えたのだ。
馬車から降り立ったグレーブ達へホテルの従業員が大きな声を張り上げる。
「いらっしゃいませ!」
「旦那様、お疲れ様でした! ああ、そちらの方々がガイダル公爵家の皆様ですね!」
そんな従業員の声と同時に、若い女性の明るい声が掛かったのである。
「おお、フラン!」
馬車から最後に降りたルウが、親しげに女性を呼ぶのを見て、エレオノーラにはピンと来た。
「え! 彼女は奥様……ですか?」
「「「「「「「旦那様~っ」」」」」」」
「わああっ!」
「おお、これは!」
フランの後ろにずらりと整列したルウの妻達。
壮観な雰囲気を見てさすがのガイダル家の面々も驚いたようだ。
「ようこそ! ガイダル公爵家の皆様! 初めまして!」
フランが簡単な挨拶をすると他の妻達も続く。
「「「「「「いらっしゃいませ!」」」」」」
大きな声を張り上げた妻達は皆、満面の笑みを浮かべている。
フラン達には相手がロドニア騎士団団長と、その家族なのは勿論、当然の事ながらエレオノーラの事も伝わっていたのであった。
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