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第63話 「覚悟」

 ドゥメール伯爵邸 フラン私室

 水曜日朝、出勤前……


 明日はルウが、ナディアとデートの約束をした日である。

 

 昨夜……

 ルウからジゼルとナディア、それぞれに会う約束をしたと聞き、フランは心配で仕方がなかった。

 よくよく考えてみたら……

 自分はルウとまともなデートをした事がない。

 

 以前出掛けた時は、キングスレー商会で買い物をした後、ミシェルとオルガも一緒となり、ふたりきりというわけではないからだ。 

 

 ジゼルはまだ良かった。

 週末に行なうジーモンとの模擬試合を見たいなんて、公爵家のお嬢様は変わっていると感じただけだ。

 

 問題はナディアである。

 

 フランが詳しく聞いたところ、明日は午前中に行われる春期講習が終わってから、王都の街中で会う約束をしているという。

 

 ちなみにナディアは春期講習には出席しない。

 先に行き、ルウを待つつもりであろう。

 

 ここまで考えると、フランは嘆き、苦笑する。

 

 ああ、やっぱり……

 私は人として器が小さいなぁ。


 よくよく考えてみたら……

 ナディアも自分と同じく、ルウにより死の淵から救われた。

 命を懸けて救ってくれた相手を、意識しないわけがない。

 だからデートに誘った……


 そうだ!

 いけない事かもしれないけど、ナディアの真意を聞こう。

 万が一、彼女が『本気』ではなく、ルウをからかうつもりならば……

 教師の立場から注意して、やめさせよう。

 人の心を弄んじゃ、いけないって。

 勝負のペナルティなら、他にいくらでもやり方はある筈だってね。


 考えた末、フランはナディアと話す事を決めたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 同日午後

 魔法女子学園校長室……


 ドアがリズミカルにノックされた。


「はい!」


 フランの答える声に返事をしたのは……


「校長! ナディア・シャルロワです」


「入りなさい」


 ナディアを呼んだのは当然フランである。

 朝、考えた通り、ナディアに対して真意を聞く為に……


「まあ、お掛けなさい」


 ナディアへ椅子に掛けるよう勧めると、フランは熱い紅茶を淹れ、焼き菓子を添えて出してやった。


「あ、ありがとうございます。ところで、ボクに聞きたい事って何でしょうか?」


 ナディアは恐縮し、戸惑いながらもフランを真っすぐに見つめた。


「この前の勝負は、お互いお疲れ様だったわね」


「いえ、ご迷惑をお掛けしました」


 頭を下げ、詫びるナディアだが……

 フランの真剣な表情を見て居住まいを正した。


「今日はね、ナディア。貴女の真意を聞きたくて呼んだのよ」


「ボクの真意ですか?」


「ええ、明日の午後の彼との約束」


 フランが単刀直入に告げると、ナディアは少ししかめっ面をする。


「やっぱり……貴女には言っていたんですね?」


 ナディアは「ふう」と溜息をつき、改めてフランを見つめた。

 物憂げな表情ながらも、眼差しは真剣である。


「分かりました、お答えします」


「…………」


「ボクの真意なんて……裏は全くありません」


「裏がない?」


「はい! 敢えていうのなら、ボクは運命の人に出会えたと感じたから……もっと彼を知りたいだけなんです」


「ええっ!? ルウが運命の人なの?」


「はい! 貴女も……そうですよね、校長……いえ、フランシスカ先生」


 驚くフランに対し、ナディアは優しく微笑んだ。


「お互い状況は違っても、もう絶望的な状態で死ぬしかなかった」


「…………」


 ナディアに言われ、フランは少し遠い目をした。

 ルウに助けて貰った時の記憶を手繰ったのだ。


 ナディアは、フランの気持ちを察したらしい。

 微笑んで話を続ける。


「フランシスカ先生もボクも、ルウ先生は命を懸けて助けてくれた。これで何も感じなかったら……『女』じゃあない、ボクはそう思います」


 フランは思わず唇を噛み締めた。

 ナディアを問い質している筈が、いつの間にか相手から自分の気持ちを見透かされていたからである。


 しかし一方では、ナディアに対し、大いに共感している自分が居た。


 というか……

 この娘も私と全く自分と同じ気持ちになったんだわ。


 ナディアの話は続く。

 それはフランに対する告白であった。


「彼の魂である精神体アストラルがボクの魂を包んで救い上げてくれた時にボクは大声で泣いていました」


「…………」


「助かったと思ったのと同時に彼の魂が与えてくれる安心感、そして不器用そうだけど愚直なまでの慈しみの心を感じたんです」


「…………」


「ボクは思わず、この人に会えて助けられたのは……運命なんだと直感しました……」


 「でも!」とナデイアは俯いた。


「ボクはルウ先生を殆ど知らない。普段彼が何を考え、どのような食べ物が好きなのか?」


 俯いていたナディアの顔がいきなり上がる。

 

「ボクは彼の事がもっともっと知りたいんです。だからフランシスカ先生、貴女の事も少し調べました」


「私の事を……調べた?」


「はい! 先生が正式な婚約者じゃないと知って、ホッとしたのは事実です」


 フランはナディアの言葉にどきりとする。


 確かに私はルウの正式な婚約者でも何でもない。

 助けられて縁で彼にこの学園の教師になって貰い、単に従者として仕えて貰っている立場でしかない……

 

 だけど……


 暗い顔となったフランに、ナディアは言う。


「そんな顔をしないでください。分かっていますよ、フランシスカ先生」


「…………」


「貴女がルウ先生をとても愛していらっしゃる事くらい……ボクも一緒なんです、貴女と!」


 ナディアは辛そうなフランの顔を真っすぐに見つめる。

 そして深く頭を下げたのである。

 

「御免なさい、先生! ボクが厚かましいのは分かっています」


「え?」


「明日ボクと会うのをルウ先生が貴女には告げた事実。それだけで、彼の気持ちが分かりますから」


「ナディア……貴女……」 

 

「お願いします! ボクはルウ先生を失いたくない!」


 ナディアはもう、自分を飾ろうとしていなかった。

 嘘や偽りの無い正直な気持ちをフランにぶつけて来たのである。


「フランシスカ先生には白状しますが、ボクは彼に全ての心の内を吐露しているんです」


「…………」


「ルウ先生は全てを聞いても驚かず、ボクを労わって受け入れ、そして助けてくれた。その上、ジゼルとの友情も壊さないようにしてくれたんです」


 ナディアはそう言うと、今度は自嘲気味に呟く。


「ボクは……自分の為には他人をとことん利用した、平気で嘘もついた……とても卑怯な人間です。だけど自分の心をあんなにさらけ出した事はなかったし、正直怖かった……」


「え? 怖い?」


「はい、こんなにずるくて酷い人間だと知られたら……ボクは全てを失うかもしれない。だけど彼は……ルウ先生はボクを理解してくれたんです」


 フランはふと思う。

 今迄、単なるいち生徒にしか過ぎなかったナディアが、とても近しい存在に思えて来たと……


「フランシスカ先生の事を尊重しますし、自分の立場は理解しているつもりです」


 ナディアの目にはいつの間にか大粒の涙が溜まっていた。


「だからボクは、ルウ先生の傍にただ居られれば良い」


「…………」


「もしも身分違いで、フランシスカ先生が結婚出来なくても、ボクは結婚します! 貴族の地位を捨てる覚悟もあります。先生が彼と結ばれるのであれば第2夫人でも……いいえ、単なる妾でも良いんです」


 ナディアは強い口調でそう言うと、

「お願いです、ボクに機会チャンスを下さい」と繰り返したのである。


 ナディアの思いを聞いたフランは、頭の中に何者かが告げた言葉が甦って来る。

 

『汝、ルウを愛し、そして愛されたいのであれば辛い覚悟が要る』


 この子は既にその覚悟をしている。

 でも私も一緒!

 絶対に絶対にルウを失いたくない!


「分かったわ」


「え?」


 フランの突然の物言いにナディアは戸惑う。

 しかしフランは再度繰り返す。


「分かったのよ!」


 フランはナディアにきっぱりと言い放ち、そして実感した。 

 

 『分かった』とは……

 ナディアに対する受け入れの答えであるのと同時に、フランのルウに対する揺るぎのない気持ちであったのだ。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

引き続き応援宜しくお願い致します!

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