第621話 「騎士団長の試験⑤」
ルウがフランへ現在の状況を話すと彼女は冷静に分析した。
『……それはリーリャのお父様に旦那様を会わせる可否を見極める。旦那様が危険人物ではないか、そう判断する為に騎士団長が行った試験でしょうね』
ルウはグレーブの意図を分かってはいたが、その為に行動はしていない。
ただ、ロフスキの街中で自然に振舞っただけである。
しかし幸いにもグレーブはルウに対して理解をし、好意を持ったようなのだ。
『ああ、俺がもし合格ではなかったら、主命に背いても妨害するつもりだったのだろう』
もし王の命に背いたら、いくら騎士団長といえどもただでは済まないだろう。
しかし、いくら命令に背いても、肝心の王が無事ならば、自分などどうなっても構わない。
それほど主君に対する深い忠誠心がグレーブにはあるのだ。
そんなグレーブの悲壮な覚悟を聞いたルウは、敢えて彼に逆らわなかったのである。
だがフランは繊細で注意深い女性だ。
夫の言葉が『過去形』だった事を聞き漏らさず、すかさず指摘したのである。
『旦那様、だった、という事は?』
『ああ、気持ちが変わったらしい。今夜は彼の屋敷で俺を歓待してくれるのだそうだ。たった今、屋敷の部屋へ案内された』
『よかった! でも気を抜かず……お気をつけ下さい……じゃあ、モーラルちゃんに代わります』
フランは夫の安全を確認し、労りの言葉を贈ったので、そろそろもう1人の妻にバトンタッチしようとも考えたのである。
『了解だ! ありがとう、フラン! そしてモーラル、皆の様子はどうだ?』
モーラルは奥ゆかしく、長幼の序を守る女性だ。
必要以上に出しゃばる事も大嫌いである。
ルウとフランの会話をじっと聞いた上で、彼女は自分が出るべきタイミングをしっかりと把握していた。
ルウがフランとの会話を終了し、自分へ状況を聞いて来たので、モーラルは打てば響くが如く、対応する。
『はいっ! 皆、旦那様の事が心配でたまらないようです。ちなみに今、ザハール殿が手配してくれたホテルに居りますが、ノースヘヴンのホテル同様、立派で部屋の質も申し分ありません。全員、外出などせずに魔導書を読むなどして気を紛らわせていますが……』
『そうか、全員南正門では何も無かったのだな?』
『はい! あちらの情報網が結構、杜撰なのと、王家の目的は旦那様だけだったようですから。あの……特にリーリャが心配していますから、早く念話を全員へ聞えるようにして頂けますか』
モーラルの申し出にルウは笑顔を見せた。
そして即座に了解したのである。
『よし、モーラル! 直ぐ皆の魂に繋ごう! ははっ、皆、大丈夫か?』
『『『『『ああああっ!』』』』』
いきなり自分の魂に飛び込んで来たルウの呼びかけに、妻達が大きな声で反応するのが分かった。
多分、魂からだけでなく、実際に大声を出しているに違いない。
『旦那様! 絶対に無事だと思っていたぞ! 私はずっと索敵していたんだからな!』と、ジゼル。
『ボクもずっと旦那様の魔力波を追っかけていたよ!』と、ナディア。
『旦那様、お怪我などしていませんか!?』と、オレリー。
『ジョゼはずっと旦那様の無事を祈っていましたわ』と、ジョゼフィーヌ。
そして最後にルウに呼び掛けて来たのはリーリャであった。
彼女はもう半泣きである。
『うううっ、旦那様が無事でよかったです! 私は索敵魔法で騎士団長のグレーブが一緒なのは分かっていました……彼はロドニアの虎と呼ばれた男です……』
ロドニアの虎……
その2つ名がグレーブのどのような性格を指すのか、リーリャは充分過ぎるほど知っているのだ。
『その虎という2つ名の意味……彼は……グレーブ・ガイダル公爵は旦那様が危険人物だと考えれば、主君であるお父様の為には躊躇無く手を下す男です。旦那様の強さは信じておりますが……万が一という事もあります……私は心配でなりませんでした……』
『大丈夫だ……彼は俺の事を理解してくれたようだ。俺からは特に説得もお願いもしなかった。名前と身分を明かした上で、一緒にロフスキの街を歩き、普通に振舞っただけだからな』
『本当……ですか?』
『ああ、俺はもう彼とは友として付き合えると思っている。お互いにもっと理解し合える筈さ』
『旦那様! あ、ありがとう! ありがとうございます!』
『ははっ、こんな事で俺は簡単に諦めはしない。お前を絶対に幸せにすると誓ったのだからな』
『あ、あうう…………』
ルウの言葉を聞いたリーリャは泣き出してしまう。
暫くルウが待っても、彼女から言葉は返って来なかった。
そんなリーリャを見かねたフランからフォローが入った。
『旦那様! フランです! リーリャは今夜、胸が一杯でもう話す事が出来ないでしょう。……優しい旦那様……私達は全員、貴方の事が大好きですよ! どうか頑張って!』
『分かった! 皆、俺は頑張るぞ!』
『『『『『『フレーフレー、旦那様ぁ!』』』』』』
『ううう……』
妻達がルウへエールを送る声に混ざって、リーリャがむせび泣く声がルウの魂に響いていたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
妻達と念話で会話をして、暫く経ってからガイダル公爵家の使用人がルウを呼びに来た。
風呂の準備が出来たという連絡である。
不穏な動きも無かったのでルウは風呂を使わせて貰い、さっぱりすると再度、用意された部屋へ戻った。
――更に30分後
今度、呼びに来たのはグレーブの息子であるアトロである。
ノックの後に彼が告げたのは夕飯が出来上がったという連絡だ。
「ルウ様、宜しいですか? 夕飯の準備が出来ました」
「ああ、今、行きますよ」
ルウはすっくと立ち上がると、部屋の扉を開ける。
扉の向こうにはアトロが笑顔で立っていた。
「先程は話が途中で終わってしまいました。ルウ様さえ宜しければもっと話をお聞きしたいです。父上もヴァレンタイン王国の話をお聞きしたいと申しております」
「分かりました、行きましょう」
アトロは騎士に絶対的な憧れを持ってはいるが、爽やかな少年である。
ルウが平民だと聞かされているだろうに、決して身分の差をひけらかしたりはしない。
ルウがアトロと談笑しながら階段を降りようとした時……
自分が泊まる反対側の部屋の扉が僅かに開いていたのである。
隙間からはルウをじっと見詰める視線があった。
「ん?」
ルウが立ち止まり、開いた扉に目を向けると、扉は直ぐに閉まってしまう。
「成る程……」
ルウはぽつりと呟くと、また歩き出したのであった。
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