第620話 「騎士団長の試験④」
ロドニア騎士団団長グレーブ・ガイダルは屋敷の入り口に並んだ使用人の挨拶を受けながら奥に進む。
大広間の前では彼の家族2人が整列して待っていた。
「紹介しよう、妻のセシリアだ」
セシリアは年齢が40歳手前くらいで金髪碧眼の落ち着いた雰囲気の女性であった。
ヴァレンタイン人より大柄なロドニア人らしく、彼女も長身であり身長は170cm近くあるだろう。
「はじめまして! セシリア・ガイダルでございます!」
セシリアが名乗ると次は息子らしい少年が、ずいっと前に出た。
グレーブが苦笑しながら彼を紹介する。
自慢の息子が可愛くて仕方がないといった面持ちだ。
「息子のアトロだ」
「アトロ・ガイダルです。宜しくお願いします」
続いて紹介されたアトロの年齢は14,5歳だろうか……
身長は母親と同じで170cmくらい……両親から受け継いだ金髪を短く刈り込んで、こざっぱりした髪型をしていた。
グレーブが息子を紹介した後に一瞬、顔が曇ったのをルウは見逃さない。
「あと娘が1人居るのだが、体調が思わしくなくてな……臥せっているのだ」
グレーブは「ほう」と溜め息を吐くと、妻と息子に改めてルウを紹介した。
「セシリア、アトロ。こちらはルウ・ブランデル殿だ。ヴァレンタイン王立魔法女子学園教師の任に就いておられる。彼がリーリャ王女様の担任であり、今回はヴァレンタイン王国公使として我が国へ参られたのだ」
グレーブに紹介されたルウは深く一礼する。
「ルウ・ブランデルです。ヴァレンタイン王国からやって参りました。宜しくお願い致します」
「さあ、ブランデル殿。中に入ってくれ。セシリア、急な来客で申し訳ないな」
グレーブという男、『ロドニアの虎』という厳しい2つ名を持ちながら、根は優しい性格らしい。
妻を労る事からもそれが伺える。
だが、グレーブは王ボリスからの主命を受けている事を妻子には伝えていない。
夫が重大な命令違反を犯しているとも知らずセシリアはにっこりと笑う。
「あなた、最近はお客様が少なくて寂しかったところです。とても嬉しいですわ」
ルウは大広間に通されると、まず肘掛付き長椅子に座るように勧められた。
「これから泊まる部屋の準備をさせるから、暫し、お待ち頂きたい。アトロよ、その間、ルウ殿のお相手をするように……」
グレーブは使用人にルウの泊まる部屋の準備をさせるよう命じた。
その間にグレーブは自分の息子アトロへ、ルウの相手をするように伝えたのである。
「はいっ! 父上」
元気良く返事をしたアトロはルウの向かい側の肘掛付き長椅子に座ると、少年らしい好奇心を見せた。
「ブランデル様は法衣を着ていらっしゃいますが……魔法女子学園の先生というとやはり魔法使いでいらっしゃるのですか?」
「ええ、そうですね。あと宜しければ私の事はルウ、とお呼び下さい」
ルウが魔法使いである事を肯定し、更に自分の呼び方を変えるように伝えるとアトロは了解したと大きく頷く。
「分かりました! ルウ様のような魔法使いといえば当国ではラウラ・ハンゼルカという女性魔法使いが有名です……僕は王宮魔法使いである彼女の攻撃魔法を見た事がありますが……発動された魔法はまるで手品のようで不思議な気がしました」
「……確かに魔法は手品みたいなものですね」
手品に例えられてルウは苦笑したが、話すのに夢中なアトロは気付かない。
そして何故アトロが手品に例えたかは、彼の次の言葉で明らかになった。
「魔法使いも凄いのでしょうが、やはり国の中心には強い騎士が居ないと! 特にロドニア騎士の強さは世界でも群を抜いていますもの! ルウ様には悪いですが、騎士と魔法使いを比べたら強さでは天と地ですね」
「ははっ、……騎士がお好きなのですね」
「ええ、僕は誉れ高い王国騎士を目指します! そして絶対に騎士団長となり、父上の後を継いでみせます! それがガイダル公爵家の嫡男たる自分の務めです」
拳を握り締めてルウに語るアトロは少年らしい夢に満ち溢れている。
「来年、僕は15歳になります。当然騎士になるつもりです。ヴァレンタイン王国では騎士学校に通うそうですが、この国ではまず騎士見習いという形で、他家で数年間修行してから自分の家を継ぐのです」
※実際の中世西洋では一般的に7,8歳位から他家へ修行に出ています。
ルウとアトロは暫しの間、他愛もない内容の雑談をした。
そこでガイダル家の家令からルウの部屋の準備が出来たと報告が入ったのである。
「アトロ様! お部屋の準備が出来ました!」
「ああ、ご苦労様。ルウ様、お泊り頂くお部屋の準備が出来たようです。僕が案内致します」
アトロはすっくと立ち上がると、ルウにも立ち上がるように促した。
「さあ、どうぞ。こちらです」
アトロは先導してルウを部屋へ連れて行く。
ルウは先程から、気になっている事をアトロに聞いてみた。
「そういえば、先程グレーブ様が仰った娘さんとは?」
しかし饒舌なアトロがルウの質問を聞いて珍しく口篭った。
「姉上は……まあ良いです。どうせ部屋から出て来ませんから」
「部屋から……?」
ルウが続けて聞こうとすると、アトロは話を断ち切ってしまう。
「まあルウ様には関係ありませんし、僕も彼女には係わりたくありません。もう姉上の事はお話頂かないで下さい」
「…………」
アトロには姉が居るようだが、何か込み入った事情があるらしい。
これ以上は聞かない方が良いと判断して、ルウも話題を引っ込めた。
屋敷は3階立てであり、ルウは2階の突き当たりの部屋へ案内される。
「さあ、この部屋です。お風呂の支度が出来ましたら、お呼び致しますので……では、失礼致します」
ルウが案内された部屋は15畳ほどの客間であった。
セントヘレナの屋敷でルウの妻達があてがわれているのと同じ様な部屋である。
しかし華やかな妻達の自室と違い、ベッドがひとつ、箪笥がひとつ、それぞれ置いてある以外は殺風景な部屋であった。
奥の壁には窓があり、夕陽がロフスキの街を染めているのが一望出来る。
ルウはとりあえずフランとモーラルに連絡を入れる事にした。
何の危害も与えられておらず無事な事と、現在はロドニア騎士団団長グレーブ・ガイダルの屋敷に居て、宿泊する事などだ。
『フラン、モーラル、俺だ!』
『だ、旦那様! 魔力波でロフスキの街へ入ったのは分かりましたが! 今、大丈夫ですか?』
『ああ、大丈夫だ。ロドニアの騎士団長が俺の人となり他を確かめたいのだそうだ』
ルウの言葉を聞いたフランとモーラル。
彼女達のホッとした波動がルウにとても強く伝わって来て、ルウは自分がいかに心配されているか、改めて実感したのであった。
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