表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
618/1391

第618話 「騎士団長の試験②」

 ルウは先程博労から買い取った馬を引きながら中央広場の露店を面白そうにひやかしている。

 彼に引かれて行く馬は、先程まで暴れていたとは思えないほど大人しい。

 時折、いななくのはルウに甘えているからだ。

 

 街の不良共を反省させたり、この暴れ馬をしずめて母子を助けたり、ロドニア騎士団団長グレーブ・ガイダルから見ても、ルウ・ブランデルという男は掴みどころが無い。

 

 ただはっきりと言えるのは弱い者に対して労りの気持ちを持ち、理不尽な者に対しては臆する事無くはっきりと意思表示する事だ。


 ルウは露店の店主達と楽しそうに会話をしながら歩いて行く。

 すると突然その一画から怒声が聞えて来た。

 どうやら露店の店主同士で揉めているらしい。

 

 ルウが見ると、同じ区画で商売をしている3人の男が言い争っている。

 スープ売りの中年の男、鶏売りの少年、そして薪を売っている木こりらしい老人であった。


「あんたが不味い野菜スープなんか脇で売るから、僕の美味い鶏も一緒だと思われて売れないんだよ!」


「何だと、餓鬼! お前の鶏こそ不味いから売れないのだろうがぁ!」


「やめろ! お前等!」


「煩いぞ、爺!」


「そうだ! 年寄りの木こりなんか引っ込んでいろ!」


「煩いとは何じゃ! 年寄りとは何じゃ! 儂は良く燃える様に工夫した薪を売っておるのに、貴様達が言い争うお蔭で、怖がって客が寄って来ない! 大迷惑じゃ!」


「何だと! 終いには殺すぞ、爺!」


「しばき倒すぞ!」


 3人の争いは最初は口喧嘩レベルだったのが、どんどん不穏な空気が増している。


「うむ……これはいかんな! え!?」


 グレーブの傍らに今迄居た、ルウの姿がない。

 引いていた馬は目の前に居た、人の良さそうな露店の店主に託されていた。

 グレーブは慌てて店主にルウの行方を問う。


「や、奴は!?」


「ああ、あの兄ちゃんなら、喧嘩を止めに行ったよ」


「な、何!? あ、あいつ!」


 グレーブが見ると、すっすっと歩いて行くルウの姿があった。

 喧嘩の当事者達の周囲には結構な数の野次馬が取り巻いている。


「おい、喧嘩をやめろ!」


「ああ!? 何だ、てめえは三下?」


「関係ない奴が割り込むな、糞ったれ!」


「若造め! 儂達の事など放っておいてくれ!」


 罵声の嵐を浴びてルウは苦笑して、肩を竦めた。

 そしてルウは3人をじっと見詰めたのである。

 もしや、これが『仕組まれた喧嘩』であるならば、魔力波も偽りに満ちた色と形状の筈であった。


 しかし彼等から放出されている魔力波は単純な怒りの波動に過ぎなかった。

 すなわちこれは本当の喧嘩である。

 但し、彼等の怒りは商売が出来ない=生活が立ち行かなくなるという原因から来ており、生半可な気持ちではない。

 家族の運命もかかっているからだ。


「ははっ、じゃあお前の野菜スープを鍋ごと、そしてお前の鶏を全部、そして爺さんの売り物の薪を全て俺が買おう!」


「え?」

「な、何?」

「本当か?」


「ああ、金額次第だが、現金で買おう! さあ、お代を言ってくれ」


 ルウの提案に対して店主達は暫く考え込んでいたが、全員がおずおずと金額を言って行く。


「お、俺のスープはき、き、金貨1枚だ!」


「ぼぼぼ、僕の鶏も金貨1枚だ!」


「わわわ、儂の薪は金貨1枚だ!」


「ははっ、全員金貨1枚ずつか? よし買おう!」


「あ、ありがとうございます!」

「ありがとう、兄ちゃん!」

「助かったぞ、若者よ」


 商品が売れた事で3人の怒りも収まったようである。

 しかしグレーブは首を傾げている。


「むう! でもこれでは問題の解決にはならんだろうが……」


 グレーブがそう呟いた瞬間であった。

 ルウがスープ売りの男に何か言葉を掛けると、彼は素直に場所を譲ったのである。


 煮えている野菜スープの中を見詰めたルウは、今度は傍らの鶏を売っていた少年に声を掛ける。

 少年も素直に頷き、ルウに自分のナイフを渡す。

 ルウは一羽の鶏を掴むと手際よく羽をむしり、ナイフで調理して行く。

 あっという間に様々な部位に分けられた鶏がルウの手で野菜スープに入れられた。


 そしてルウは最後に薪を売っていた木こりの老人の傍へ行くと、その薪を一抱え持って、スープの鍋が掛かっている焚き火にくべたのである。


「さあ、皆様! 俺の作ったスープは美味しいぜ!」


 ルウは大きな声で叫ぶと、指先にぽっと炎を出現させた。


 魔法女子学園の生徒も習得している単純な生活魔法ではあるが、あまり魔法に馴染みのないロドニアの市民を吃驚させるには充分である。


 おおおおっ!


 案の定、取り囲んでいる野次馬=市民達からは驚きの声が上がった。


「そしてこの薪の良く燃える事!」


 ルウが指先の炎を近付けて、薪に点火するとバチバチと音を立てて一気に燃え盛った。


 おおおおっ!


 市民達には木こりの老人が売っている薪が、良質の商品だという認識がしっかりと持たれたようだ。


 暫くして火を調節し、『弱火』にしたルウはスープの『加減』を注意しながら見ている。

 やがて、周囲には鶏の出汁だしが効いたスープの良い香りが漂い始めた。


「さあさあ元々が美味しい野菜スープなのに、抜群に生きの良い鶏が加わってどこまで美味しくなるのかなっ?」


 ごくり!

 ごくりっ!


 ルウのはやし言葉に見守っていた市民達の喉があちこちで鳴り始めた。


「おおっ!」「ううう、美味そうだな!」「た、食べたいっ!」


 しかしスープは全部ルウが買ったのだ。

 市民達には、もはや買う事が出来ない。

 指をくわえて見ているしかない、その思われた瞬間であった。


 またもやルウの大きな声が響いたのである。


「さあ、これから、このスープを売るぞ! 元の野菜スープが大銅貨3枚だそうだから、抜群に美味い、この鶏入りのスペシャルスープは悪いが、大銅貨5枚だ! でも味は倍以上だからとてもお買い得だ! さあどうだ!?」


 わああああっ!


 スープの良い香りに『お預け』を食らっていた市民達は、ルウの下へ殺到した。


「さあ、ちゃんと並んでくれよ! おいおい、お前達、また交通整理を頼むぜ!」


「OK! 兄貴!」「俺達、やるぜ!」「任せてくれよ!」


 威勢の良い返事が来た方角をグレーブが見ると、先程行列に割り込もうとした少年達であった。

 どうやら野次馬の中に居てルウをずっと見ていたらしい。


「う、美味い!」

「うめぇ!」

「たまらない!」


 スープを買った市民が口々に感嘆の声をあげるので、列はますます長くなり、並ぶ市民達の数もどんどん増えて行った。


 ここでまたルウが大きな声で叫ぶ。


「さあ、この美味いスープの元は何だ? 美味い鶏と良く燃える薪だ。こちらもどんどん買ってくれよ!」


 おおおおっ!


 今度はスープを食べた市民が『鶏』と『薪』に殺到する。


「ほら、お前達、接客するんだ」


 呆然としていたスープ売りの男と鶏売りの少年、そして薪売りである木こりの老人はハッと我に返り、笑顔で商品を求める客を捌き始めた。


 ――30分後


 特製スープ、鶏、そして薪はあっという間に完売していたのである。


「あ、あの……」


 少年と木こりの老人が商品を売った金を持って躊躇している。

 商品はルウが買った筈なのでどうして良いか分からないのだ。


 ルウは持っていたスープの売上げから彼等に鶏1羽、そして使用した薪の分の代金を渡す。


「ははっ、商品が全部売れたじゃないか? 俺が買うまでもなかったな」


 そしてルウは残った売上金をスープ売りに渡したのである。

 各自の売上げは約束の金貨1枚を楽に超えていた。

 ルウに提示した商品の売り金額は売り切った場合の金額ではなかったらしい。


 商品が中々売れなかった彼等はルウに引き取って貰う為に若干少なめの金額を横並びで伝えたのであった。

 予想外の展開に店主達の顔は喜びの為に綻んでいる。


「ああっ、ありがとうございます!」

「ありがとう!」

「助かった、若者! 感謝するぞい!」


「次回も協力して売れば、こうやって皆、満足出来る。つまらない喧嘩などしている暇があったら、やり方を考えて仲良く売るんだぜ」


「「「はいっ!」」」


 店主達は満面の笑みを浮べながら、大きな声で返事をし、深くルウへ頭を下げたのである。

 続いて、自分の財布を出したルウは交通整理をしてくれた若者達にも金貨1枚ずつを渡した。


 少年達は大きく目を見開いて吃驚している。

 仕事を少し手伝った割りには金額が多過ぎるからだ。


 少年達は首を大きく横に振った。


「あ、兄貴! こんなに!?」

「貰い過ぎだよ!」

「大した事していないのに!」


 しかしルウは金貨を返そうとする少年達を押し止めた。


「俺からのお祝いだよ」


「お祝いって?」


 リーダー格の少年が怪訝な表情になる。


「今日はお前達が真面目に出直すお祝いの日だ。……頑張れよ!」


「あ、ああっ!」

「兄貴!」

「俺達の出直しの日……か!」


 少年達はルウの言葉を聞いて嬉しそうに微笑んでいる。

 彼等も働いて人々に感謝され、それが報われる事を知ったからだ。


 ルウはにっこりと笑って、店主や少年達に手を振ると、踵を返してグレーブの居る方向へ歩き出した。


「「「「「「ありがとう!」」」」」」


 ルウの背中にもう1度、感謝の言葉が掛けられる。


 グレーブの下へ戻って来たルウは穏やかな表情で言う。


「お待たせしたな……と、いうか……そろそろ俺も泊まる予定のホテルに戻りたいのだが?」


「いいや! まだ……私の『見極め』は終わっておらん……今夜は私の家に泊まって貰おう」


 そう言いながら、ロドニア騎士団団長グレーブ・ガイダルの表情には最初の険しさが消えている。


 彼のルウを見詰める眼差しは慈愛に満ちたものに変わっていたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ