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第617話 「騎士団長の試験①」

 ロドニアの王都ロフスキはルウにとっては初めて来訪する街である。

 しかし彼には、まるで勝手知ったる場所のようだ。

 

 彼は迷う事無く、表通りどころか、裏通りもずんずん進んで行くのである。

 また歩くペースは常人の倍以上……

 普段から鍛えているとはいえ、後から着いて行くロドニア騎士団団長グレーブ・ガイダルには結構な負荷がかかっている。 


「くくう! お前、本当にこの王都は初めてか?」


「ああ、そうだ! だけど何故か懐かしい感じだな」


「懐かしい……だと?」


「うん、生まれ育ったとまでは言わないが、以前良く来たような気がするのさ」


 ルウの呟きに対してグレーブも不思議な感覚にとらわれた。


「ふうむ……お前は変な奴だ」


「ああ、自分でも変わっていると思っている」


 ルウは自分でもそう思っているのであろう、苦笑して答えたのである。

 そんなこんなで暫く歩き、中央広場に出たルウとグレーブへ若者の声が聞えて来た。


「うっせえ! 婆ぁ!」


「……あ、ああ、そんな! 貴方達、ちゃ、ちゃんと! な、並んで下さい……」


「うっせ~っ! 引っ込んでろ!」


「てめぇが後ろに並べや、ほら、どけどけどけ!」


 声が響いているのは1軒の屋台の前である。

 どうやら動物の肉を調理した食べ物を売っているようだ。


 市民に人気のある店らしく、客が一列に並んでいる所に若者達3人が割り込んだらしい。

 若者達はまだ少年といって良い年恰好である。

 注意した老婆と口論になっていたのだ。


「あ、あいつら!」


 グレーブは怒りに拳を握り締め、若者達に注意しようと一歩、踏み出した瞬間であった。


「がっ!」「ぐっ!」「げっ!」


 ルウが老婆に絡んでいた若者3人の首根っこを掴んで放り投げたのである。

 3人は無様に地に伏してしまう。


「こ、この野郎!」


 ルウは起き上がった来たリーダーらしい少年の胸倉を掴み、平手打ちを喰らわせた。


 ぱんぱんぱんぱん!


 軽快な音が鳴り響き、少年は苦痛に悶える。


「あがぐぐぐ……」


 そんなリーダーを残りの少年達は呆然と見詰めていた。

 ルウは歯を食いしばっているリーダーに言い聞かせるように言う。


「良い子はちゃんと並ぼうぜ! ルール通りにな。お前等、分かったか?」


「何だと!」


 リーダーの少年はまだ納得がいかないようだ。

 ルウは胸倉を掴んだぐいっと引っ張り、少年の顔を覗きこんだ。


「分かったか、と聞いている……」


 ルウの漆黒の瞳に少年の顔が映り込んでいる。

 少年は底知れない奈落へ堕ちて行く様な錯覚を覚えて、戦慄した。


「あ、あううう……」


「こいつ! 何か……」


 リーダーの少年の様子がおかしいのに気付いた残りの2人ではあったが、ルウがひと睨みすると身体が硬直してしまう。

 ルウは呆気に取られている老婆へ少年を向き直させる。


「お前達! いつまで愚図愚図している。この方に御免なさいは?」


「ごごご、御免なさい!」


「「御免なさい!」」


「よっし! 宜しい!」


 ルウはリーダーの少年を離すと人懐っこい笑顔を見せた。


「よっし! ちゃんと並べば、お婆ちゃんとお前等の分、俺がご馳走してやるから」


「へ?」

「何?」

「ええっ?」


 ルウから持ちかけられた意外な提案に少年達は当初戸惑っていたが、ルウがもう怒っていない事が分かると話に飛びついて来たのである。


「ええっ、本当すか!」

「やった!」

「ラッキーっす!」


「ははっ……その代わり、今の騒ぎで列が乱れた。交通整理してくれるか?」


「了解っす! ええっと、並んで、並んで! 横はいりは駄目だよ」


 あまりに変貌した少年達に並んでいた他の客にも笑顔が浮かんでいた。

 老婆に危害が及ばずホッとしたのと同時に、気持ち良く、食べられるからである。


「おおっ……」


 ルウの鮮やかな対応にグレーブは感心してしまう。

 しかし続いてとんでもない事が起きたのである。


「大変だぁ! 暴れ馬だぁ!」


「何!」


 グレーブがハッとして声がした方を見ると大きな鹿毛の馬が駆けて来るのが見えた。

 そして馬が走って来る先には赤ん坊を抱いた母親の姿があったのだ。

 母親は恐怖のあまり、足がすくんで動けなくなってしまったらしい。


「ああっ! ま、不味いっ!」


 遅まきながらグレーブが駆け出そうとした時!

 長身痩躯の男が親子を庇うようにして両手を広げ、疾走して来る馬に立ち塞がったのだ。

 母子の前に立った男はルウである。

 先程まで露店の傍に居た筈なのに信じられない素早さであった。


「な、何っ! あ、危ない!」


 だが、事態は意外な展開となった。


 ひひひひ~ん!


 暴走して来た馬は大きな声で嘶くと、ルウと母子の手前でぴたりと止まったのである。


 おおおおおおっ!

 わぁあああああ!


 どうなる事か、と息を呑んで見守っていた周囲の群衆が驚きと喜びの声を上げた。

 そこへやっと馬の所有者らしい男が走って来る。

 風体から見て、男は馬を売り買いする博労ばくろうらしい。


 ルウは呆然と立っている母子に優しい眼差しを投げ掛ける。


「ははっ、大丈夫か?」


「はっ、はい! あ、ありがとうございます!」


「ああ、貴女もその子も無事で何よりだ」


 不思議な事に赤ん坊はこのような騒ぎでも泣かずにルウをじっと見詰めている。

 そして天使のような笑顔を浮かべたのである。


「だぁだぁ!」


「あらあら! ご機嫌ね! 普通だったら人見知りする子なのに!」


 母親の笑顔に、ルウもにっこり頷いて赤ん坊に手を振ると、垂れていた馬の手綱を握った。

 ルウと母子のやりとりを見ていた博労は息を切らしながら、安堵の表情を見せている。


「はぁはぁ……あああっ! す、済みません! こんな馬、直ぐに処分しますから!」


 博労のお詫びの言葉を聞いたルウではあったが、彼の眉間には僅かに皺が寄った。


「処分……だと?」


 ぱっちん!


「ぐあっ!」


 悲鳴をあげてのけぞる博労。

 彼の額――おでこがみるみるうちに赤く腫れて行く。

 ルウが神速の『でこぴん』を食らわせたのだ。


「な、何をするっ!」


 いきり立つ博労の額が真っ赤に染まって行く。

 軽く見えても、実は結構な衝撃だったのであろう。


「処分とか……軽々しく言うな! お前から逃げて来た馬の身体を見ろ……」


 ルウが指差した馬の身体は後肢の辺りが蚯蚓腫れになって居る。

 よほど、鞭で打たれたのであろう。


「だ、だっていう事を聞かない……」


 ぱっちん!


 またもデコピンが博労の額に炸裂した。


「ぎゃうっ!」


 のけぞる博労へ、ルウはたしなめるように言う。


「お前はそれでも博労か? 博労といえば馬の扱いのプロだろう? もっと愛情を持って馬に接しないとプロ失格じゃないか?」


「な、何……い、いや……済みません、済みませんでした……」


「分かれば良いさ。お前が要らないと言うなら、この馬は俺が引き取ろう」


 ぶるるるる……


 ルウは甘えて来る馬の鼻面を優しく撫でながら、にっこりと笑っていたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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