第613話 「旅は道連れ①」
妻達を乗せたブランデル家所有の漆黒の馬車は、バルバトス、アモンの騎乗するケルピーと共に、ルウより一足先にロドニア王国王都ロフスキへ向かった。
ルウが下車した街道の地点から、ロフスキまでの距離は約10㎞余り ……
普通に歩いたら大体2時間強であろうか。
ルウは少し考えたが、ゆっくりと街道を歩く事にした。
今日も昨日に続き、天気は快晴である。
ルウの他は街道に人影は見当たらない。
大空を見上げると雲ひとつ無いが、吹く風は穏やかであり、かつ爽やかであった。
ルウの耳元で風がそよぎ、精霊達が周囲に危険が無いことを報せてくれる。
魂に伝えずに、わざとこう囁く事が彼女達の親愛の証だ。
ルウがこうやって1人で街道を歩くのも久し振りであった。
アールヴの里であるイェーラを出た時以来なのだ。
魔法使いのルウがここからロフスキまで早く行こうと思えば方法はいくらでもあった。
大空を飛んで行く飛翔魔法は勿論、転移魔法なら一瞬のうちに移動出来る。
未踏の地へは移動不可な転移魔法もあるらしいが、ルウの使う転移魔法は、この世界を知り尽くした地の精霊により移動するものなので何ら問題は無いのだ。
今回ルウが徒歩で行く事に決めたのは旅人として街道の景色を楽しみたいのと同時に、初心に戻ろうと考えたからである。
暫くして不思議な事が起こった。
ルウが歩き出してほんの10分もしないうちの出来事である。
1kmほど先に誰かが忽然と現れたのだ。
多分、転移魔法らしきものを使ったのであろう。
ルウの索敵によれば出現したのは若い男性らしい。
そしてあちらも同様にルウの事を把握しているようである。
ただ男の放出する魔力波は純粋無垢であり、殺気や邪な波動は皆無であったので、ルウは構わず、そのまま街道を進んで行く。
そして約1km歩いた先にその男は居た。
男は街道脇の大木の下に座り込んでいたのだ。
何とルウの方に向って大きく手を振っている。
それもかなり親しげな手の動かし方だ。
ルウが見てもやはり彼が発する魔力波に敵意は感じられない。
僅かに笑みを浮べながらルウは男へ近付いて行った。
「やあ!」
男は大きな声で挨拶をし、ルウに対して屈託の無い笑顔を浮かべている。
誰もがなごんでしまう優しさに満ち溢れた笑顔であった。
落ち着いた雰囲気の男の年齢は30歳手前くらいであろうか……
栗毛の長髪で鼻筋が通った綺麗な顔立ちをしている。
風体はというと、深緑に染められた木綿製の法衣を着込み、手には魔法が付呪されているらしい長い杖を携えている。
常識的に考えれば、典型的な魔法使いか、司祭の格好であった。
「こんにちは! 俺はルウと言いますが、貴方は?」
「あはは、君ったら初対面みたいな挨拶をして! まあいいや! 僕はアザレアだ。良かったら、ロフスキまでの2時間、道連れになってくれるかい?」
男は面識のないルウへ、いきなり道連れになりたいと申し入れて来たのである。
不思議な事に彼の不躾な願いも全く違和感のない雰囲気であった。
ルウは彼の笑顔に引き込まれるように笑顔で返し、快諾した。
「ははっ、寄り道をせずに普通に歩くだけなら、別に構いませんが……」
「よしっ、じゃあ早速出発だ! 行こう!」
アザレアはすっくと立ち上がり、微笑むと出発を促したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ルウとアザレアは街道をゆっくりと歩いている。
「君とは一度ゆっくり話したくてね、ルウ君」
「それは……どうも」
先程の笑顔と一転した、ルウの素っ気無い返事にアザレアは苦笑した。
そしてずばっと直球を投げ込んで来たのである。
「おっと、冷たいな! 本当は僕が誰だか分かっているのだろう?」
「ええ、だけど……俺から貴方を探るような真似は出来ませんよ」
ルウの答えに対して、アザレアは拗ねたような態度で言い返す。
「ははは、ガブリエルにはいきなり名指ししたじゃあない。これって不公平じゃないか? ああ、そうだ! もしかして女性には優しいのかな?」
※第214話参照
「ははっ、どうやら俺の事は……全部、知られているようですね」
「いいや! 君の素性に関してだけは僕でさえ直接触れる事は禁じられているのさ」
「禁じられている?」
「ははは、まあ良いじゃないか。僕が話したいのはそれ以外の事さ」
やはりルウの素性には秘密があるようだ。
かつて戦の魔女、モリー・アンが一瞬垣間見たルウの秘密もそれに関係があるのだろう。
しかしルウは自分の過去に余り興味が無いようだ。
「まあ……俺は昔の記憶が無いし、今更自分がどのような生まれだとかは、考えても仕方がありませんから」
「ははは、達観しているね。まあ、歩きながら話そうか」
「はい!」
アザレアは違う内容の会話をしようと切り出し、ルウは即座に了解する。
にっこりと笑うアザレアの表情からは想像もつかないくらい、会話の内容はシュールだ。
「まず、聞きたい! 君は悪魔を従え、どんどんその数は増えている。一体、どうするつもりだい?」
「どうする……とは?」
「ははは、個より数は力を生む。集団となれば力は更に強大となり、僕達には脅威となる」
「脅威……ですか?」
「ああ、そうさ。僕達の中には君と従士の存在を危惧する者も結構、居るのさ」
アザレアは柔和な表情を崩さない。
しかし眼差しが一瞬、鋭くなるとルウには信じられない事を言い放った。
「君の師であるシュルヴェステル・エイルトヴァーラがもし同じ事をしていたら、僕達は容赦なく彼を殺していただろう」
「…………」
黙り込んだルウに対してアザレアの口調は変わらない。
「おっと! 怖い波動が伝わって来たよ。さすがに似ているねぇ」
「似ている?」
「おお! 口が滑った。それより君は彼等悪魔が暴走した場合に責任が取れるのかい?」
アザレアは慌てて口に手を当てると、会話の内容を変えて来た。
彼の問いに対してルウは先程と同じ様に反復する。
「責任……」
「ああ、責任さ」
念を押すように言うアザリアに対してルウは首を傾げた。
「俺には天の使徒であるあなた方の思考こそ分かりませんが……」
「分からない? 何故?」
アザリアは怒っている様子ではない。
しかしルウの真意を聞きたいという気持ちははっきりと表情に表れていた。
「かつて創世神の使徒であった悪魔は天から堕とされ、神から与えられた清らかな姿と聖なる力を失った。また、失われし神々や精霊は地位を貶められ、人々の信仰を失った……彼等には素晴らしい過去も、華々しい現在も、輝かしい未来も存在しない……あるのは辛く醜い汚名だけだ」
「確かに、ね。加えて言うならば彼等にあるのは汚名と永劫の時だけだ」
ルウの言葉を聞いてアザリアは頷いた。
それが厳然たる事実だからだ。
「彼等の中には邪悪な災いを振りまく者も存在する。だが、罪を清算して志を持ち、懸命に生きたいという者が居れば、彼等を拒む理由は無い……俺はそう思いますよ」
ルウはそう言い切ると、アザリアを真っ直ぐに見据えたのであった。
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