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第611話 「ノースヘヴンで課外授業を⑨」

 可愛くて快活な木霊エーコーのエレナも口数が多いのが玉に瑕であったが、モーラルにたしなめられて多少は懲りたようだ。

 加えてモーラルのケアも上手かったので、落ち込まず前向きに受け止めたのは幸いである。


「この勝負、頑張りましょう! モーラル様!」


 色々な意味で恩人といえるモーラルに尊称を付けて呼ぶエレナ。

 些細な事ではあるが、名前の呼び方はずっと続くものである。

 モーラルはここではっきりとさせておきたかった。


「エレナさん、私に『様」は要りません。モーラルで良いですよ」


 尊称を取って呼んでほしいというモーラルに対してエレナはきっぱりと言い放つ。


「呼び捨てになど出来ません、ではモーラル姉」


「姉? ……どうして姉……ですか?」


 不可解な表情で聞くモーラルに対してエレナは即答した。


「他の奥様が呼んでいたのを聞きまして……」


 他の奥様とはアリスに擬態したリーリャであろう。

 しかしリーリャならともかくエレナにそう呼ばれるのはモーラルには我慢出来なかった。


「……姉とは一般的に年長の女性の事を言います。神代に生まれた遥かに年上の貴女に、私が姉と呼ばれるのは、とても抵抗を感じるのですが……」


 姉という名称は『年齢』を考えたらモーラルの言う通りである。

 思い掛けないモーラルの抗議にエレナは慌てた。


「は、遥かに……年上!? え、ええとっ! 年齢の事は置いておきましょう。で、では第一夫人がお呼びになっていた『ちゃん』は如何でしょう? モーラルちゃんとか?」


 窮地に陥ったエレナはふと思い出したフランの呼び方を思い出して、苦し紛れに提案してしまう。

 しかし、それは却って逆効果になってしまった。


「何言っているのです! 『ちゃん』なんて却下です! 論外です! フランシスカ様だから私は許容しているだけです」


 鬼のような形相になったモーラルに怖れをなしたエレナは慌てて提案を引っ込めた。


「あわわ、わ、分かりました! ……で、では、やはりモーラル姉、これで決定です」


 『独特の呼び方』が撤回されるやいなや、モーラルの顔は元の優しい表情に戻った。

 そしてエレナに対してひとつ提案をしたのである。


「やはり……姉ですか? 『さん』とかでは駄目なのですか?」


「さん、では私的にモーラル姉へ尊敬の思いが届きません、却下です。逆に私の事はエ・レ・ナと、呼び捨てにして下さい、私が困ります!」


「もう! ……分かりました……これ以上は時間が無駄なのと不毛な会話になりますので、了解します」


「かしこまりました、モーラル姉! では行きましょう!」


 最後は何となく主導権を取られてしまった。

 モーラルは苦笑しながら、エレナと並んで歩き出した。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 こんなやりとりがあった後なので、モーラルとエレナの距離はぐんと縮まった。

 モーラルはそれを思うと笑みが浮かんで来る。

 ナディアが勝負を持ち掛けたのが、単にルウとデートをしたいだけでなく、妻達の間柄をもっと深める機会を作った事に気が付いたからだ。


 そしてルウもそれを承知で全員を送り出した。

 今頃は皆が楽しみながら、制限時間付きの一風変わった買い物を楽しんでいるに違いない。


「エレナ、確認しましょう! 旦那様の提示条件は購入予算の上限は金貨5枚までで、呪われたものは不可。種類と数は自由。制限時間は1時間……時間だけははっきりしていますね」


「あと50分です!」


「うふふ、急ぎましょう!」


「はいっ! 何かお役に立つ事は無いですか?」


「エレナの特技……聞かせてくれる?」


「ええと、私はですねぇ……」


 やっぱりそうだ。

 適材適所の精神なのである。

 皆が、得意な分野で力を発揮して家族を助けて、そして助けられて、無理なく暮らしていけばよいのだ。


 モーラルはエレナの『特技』を聞きながらそう思ったのである。


 特技、か……

 私はどうだろう?


 モーラルは自問自答した。

 彼女は他の妻には出来ない『裏仕事―影働き』をする事も多い。


 いつもルウ様の……旦那様のお役に立つ事。

 ルウが何を考え、……今と、そしてこの先、何を望まれているか……

 愛する家族に危険が及んでいないか?


 そのような事を踏まえて、私が何をすべきで、何をやりたいのか……


「エレナ、 あのお店、ちょっと行ってみましょうか?」


「はいっ!」


 モーラルが気になった店がひとつあった。

 老夫婦が粗末な展示台に商品を置いて売っているのだが……

 何とその2人は人間ではなかったのだ。


 しかし彼等が人間に擬態しているのは何か理由がある筈だ。

 モーラルは知らぬ振りをして老夫婦の店を覘いてみる事にしたのである。


「こんにちは!」


「こんにちは!」


 モーラルとエレナはぺこりと一礼した。

 小柄な少女2人の来店に老夫婦は目を細める。


「やあ、いらっしゃい! ウチは色々な雑貨を取り扱っている。もし、気に入ったら買って行くが良い」


「そうそう、お嬢ちゃん達! ゆっくり選んでね」


 老夫婦が展示台の商品を示すが、大したものは売っていない。

 そう高くない装飾品と日用品である。


「私達はヴァレンタイン王国から来たのです」


「そうかい、そうかい。それは遠くから来たのだねぇ」


 モーラルの言葉に老婆は柔和な笑顔で答えた。


「ああ、これ綺麗です!」


 エレナの目に止まったのは、色とりどりの花をあしらった絵柄の焼き物を使った銀製の首飾りであった。


「ほほほ、それ、とても綺麗だろう? フィニフティだよ」


「これって、一体どういうものですか?」


 モーラルが聞くと、ロドニア名産の焼き物であり、遥か昔、南の国アーロンビアから伝わった技術を応用しているという。


「お爺さん、お婆さん、これ下さい!」


 モーラルが購入の意思を示すと、エレナは怪訝な表情になる。

 確かに綺麗で素晴らしい商品だが、魔法も付呪エンチャントされていない単なる首飾りなのだ。

 『勝負』に該当する高額商品なのかと問われれば、はっきり言って否である。


 商品には値札がついていた。

 金貨……3枚……


 その瞬間であった。


 助かった!

 これであの家の人達へお金と食べ物を持って帰れる!


 モーラルの魂へ流れ込んで来たのは老夫婦の感情を表す魔力波オーラであった。

 もしかして、この店で買い物をすれば、老夫婦の目的が彼等から発せられる魔力波で分かる。

 モーラルの予測通りであった。

 彼等の擬態の意味が分かるヒントになる筈である。

 

 発せられた魔力波には記憶が伴っていた。


 老夫婦の記憶とは、みすぼらしい家で2人の若い夫婦が暮らしている光景であった。

 そして夫の方は臥せっている。

 どうやら彼は重い病気らしい。

 

 妻は夫を医者や治癒士に診せたいらしいが、どうやらお金が無い為、それもままならないようだ。

 夫が働けない分、生活は更に厳しくなっている。

 妻の表情は明日が見えない分、暗く沈んでいた。


 このお爺さんとお婆さん……やっぱり人間じゃない。

 ドモヴォーイとドモビーハだ。

 そうか、そうだったんだ……


 ドモヴォーイとドモビーハは北の国に住まう夫婦の精霊だ。

 穏やかな性格で家庭を守ると言われている。

 しかし基本的には人間の前に姿を現さず、未来の事を報せるという。


 精霊達の魂から慈しみの波動が伝わって来る。


 この2人は若い夫婦の家に住む精霊らしい。

 並べられた商品は長年に渡り、彼等精霊がささやかに蓄えた『宝物』なのだろう。

 これらの商品を売って生活費として、知られないように家のどこかに置いておこうという気持ちに違いない。


 人間と人外……

 こうやって助け合える事が出来るんだ。

 私達と同じ様に……

 そして私のやりたい事!

 望みって!


「これ下さい!」


 モーラルは念話で今の状況をエレナに伝えると、彼女も納得したように頷いた。

 このままこの店で買い物をすれば、多分、勝負には負けてしまうだろう。

 しかし2人はとても満足だったのである。


 ―――それから2時間後


 法衣姿の青年魔法使いが、とある1軒の家を訪ねていた。


 魔法使いは創世神の意思により、無償で病人を治癒していると告げたので、その家の妻は扉を開ける。

 妻は一瞬、強盗かと思って気にはしたが、そのような者が絶対来ないと確信が持てるくらい貧しい家だったからだ。


 青年は全てを知っているようである。

 驚く妻を尻目に、何の躊躇ためらいも無く病に苦しむ夫の下へ行くと、治癒魔法を発動させたのである。

 魔法発動と共に眩い白光が部屋に満ち、妻は目を開けていられない。

 白光が収まった時、不思議な事に魔法使いの姿は消えていた。


 そしてベッドでは回復してすっかり良くなった夫が、おもむろに半身を起こしている。

 

 若い夫婦は信じられないという眼差しで、お互いの顔を眺めていたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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