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第610話 「ノースヘヴンで課外授業を⑧」

 モーラルは少しうんざりしていた。

 原因は、はっきりしている

 一緒に居る木霊エーコーのエレナの度の過ぎるお喋りのせいであった。

 発端はエレナが助けて貰った礼を言った事に始まる。


「モーラル様! 改めて御礼を申し上げます。今回助けて頂いて、本当にありがとうございました」


 深々と頭を下げるエレナに対して、モーラルはゆっくりと首を左右に振った。


「私は何もしていないわ。貴女を助けたのは旦那様だもの」


「いえいえいえ! ご謙遜を! 貴女は命を懸けて身を投げ出し、私を助けて下さった! 異界に封じられた私は確りと見ておりましたから!」


 エレナはモーラルが囮となった事を言っているらしい。


 責任感の強いモーラルからしたら、今回は囮になっただけで自分は何もしなかったという感覚が強い。

 だが、そう言ってもエレナは納得しないだろう。

 で、あればこれ以上の、この件の会話は不毛である。

 ましてやこれより『勝負』が始まるのだから。


「貴女の気持ちは分かりました、では今回の勝負に全面協力して貰いましょう」


「はいっ! 喜んで!」


 こうして2人は課外授業に参加したのだ。

 ルウの嫁達がペアを組み、それぞれ出発すると同時にモーラルとエレナも出発した。


「モーラル様、私……思うのです。自由って良いなぁって!」


 エレナは自由に動き、喋れる幸せに満ちている。

 それは見ていて微笑ましい。


「そうね! 同意するわ……だけど、自由に義務は付き物ですけどね」


「義務? 義務とは?」


 エレナは可愛らしく首を傾げる。

 自由と義務という概念は、妖精の価値観の中にはない考えかもしれない。


 だがモーラルは元々人間だ。

 外見は夢魔ではあるが、こころは人間であろうと信じているし、努力をしている。

 そしてルウを全身全霊で愛する。

 だからこそ、モーラルは夢魔の本能にとらわれず、価値観も含めた自我を保っていられるといえよう。


「自由を謳歌する為には果さなくちゃいけない仕事や役割があるって事ですよ」


 モーラルは改めてエレナへ優しく教えてあげる。

 エレナがブランデルという家で過ごすのであれば、ルウ達家族の価値観及び人間社会の価値観を知り、それに沿って行動しなければならないからだ。


 モーラルが気持ちを込めて伝えたのでエレナは納得したようである。


「さすが、モーラル様! 博識ですね! 私、知りませんでした」


「博識なんて、そんな事はないわ。……それよりエレナさん、今は勝負の真っ最中です。そのような話はまたにしましょう」


「はいっ!」


 モーラル自身、実はこのような勝負にそれほど執着はしていない。

 彼女にとってはルウから命じられた『影働き』の際に力を発揮するべきと考えているからだ。

 しかし、だからといって勝負は勝負。

 ジゼルに勝るとも劣らない、負けず嫌いのモーラルはわざと負けるつもりも毛頭ない。


「エレナさん、勝負に……集中しましょうね」


「はいっ!」


 モーラルの呼び掛けに対して、エレナは元気に返事をする。

 打てば響く返事だったので、モーラルとしては当然、意図を理解して了解したあかしだと思った。

 しかしそれはとんだ間違いだったのだ。


「モーラル様、私思うのですが、ルウ様って素晴らしい魔法使いですね」


「…………」


 いつものモーラルならルウの素晴らしさを我が事のように教えてあげていただろう。

 しかし現在の状況は違うのだ。

 それも先程、モーラルは勝負に集中するように釘を刺している。


「ルウ様って、どれくらいの知識をお持ちなんでしょうか?」


「…………」


「昨夜食べた食事、美味しかったですねぇ!」


 エレナの勝負に全く関係の無い『口撃』は終わりそうもない。

 とうとうモーラルはエレナへストップを掛ける。


「…………エレナさん……」


「はいっ!」


「先程、私は言った筈です。勝負に集中しましょうと!」


「はいっ! 私は・・集中しています」


「…………」


 エレナは気が遠くなるような年月の間、異界に閉じ込められていた。

 ずっと1人きりで孤独を味わって来たのであろう。

 その心情を考えれば、解放されて嬉しくなり、喋りたいのも分かる。

 しかしエレナがブランデルの家において集団生活をするのであれば学ばないといけない事もあるのだ。


「エレナさん、……いえ、エレナ!」


「はっ、はいっ!」


 いきなり厳しい口調及び呼び捨てで呼ばれたエレナ。

 彼女は何事かと背筋をぴしっと伸ばして返事をした。


「貴女は明るくて人を和ませる。そして容姿に関しても凄く可愛いと思います」


「そ、そんな! そ、それ程でも……」


「そして、これから貴女は私達と暮らし、行動を共にするのでしょう?」


「その通りですっ! 私は女神に呪われた被害者を……」


 エレナは何とか自分から話をしたいらしい。

 しかしこれでは堂々巡りになってしまう。


「エレナ! まず、私の話を最後まで聞いて貰えますか?」


「は、はいっ!」


 話を遮られたエレナは仕方無いという気持ちを隠さずにモーラルをじっと見詰めた。


「先程、貴女は現在行われている勝負に集中していると言いましたね」


「はいっ、確かに!」


「でもはっきり言いますと、私は集中出来ません」


「え?」


 モーラルが集中出来ない!?

 彼女からそう言われても、エレナには到底原因が分からなかった。


 そこへとうとうモーラルから教育的指導が入ったのである。


「改めて言います。今は勝負中です。絶対に話すなとは言いませんが、私も勝負に集中させて下さい。貴女は集中出来ていても、貴女の他愛もない会話で私は集中出来ないのです」


「え、ええっ!? ……そ、そう……だったのですか。す、済みません……つい、話す事が楽しくて……」


 エレナに悪気はあったわけではない。

 彼女からしたら、場を出来るだけ盛り上げて楽しくしようといういじらしい気遣いから来ているのだ。

 しかし、結果は違っていた。


 当然、エレナは酷く落ち込んで俯いてしまう。

 そこへモーラルが優しく諭したのである。


「気持ちは分かるけど、状況を考えてくれるかしら! 集中しましょう!」


「は、はい……御免なさい……きゃっ!?」


 俯いていたエレナの身体が急に強く抱きすくめられた。

 吃驚したエレナが顔を上げると、ぎゅっとしてくれていたのはモーラルである。

 エレナが見るとモーラルは穏やかな笑顔を浮かべていた。


「大丈夫! 貴女を怒ってなんかいないから! 今夜、ゆっくり話を聞かせてね」


「あああ、……ありがとうございます!」


 最初は強張っていたエレナの身体は、モーラルの思い遣りで直ぐにほぐれて行く。


 長きに渡り異界に囚われていた妖精は、またひとつ人間の価値観と優しさを知ったのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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