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第61話 「解放」

 今日は、フランが教壇に立っている。


 呼吸法、集中力を高めてイメージを持つ―――と来て、

 『魔法学Ⅰ』に記載されている魔法の基礎、次にお浚いするのはリラクゼーションである。

 そもそも魔法を発動する時の心=魂というのは集中してイメージを持ちながら発動する。

 それも上級魔法であればあるほど、魂にかかる負荷は大きい。

 

 自分の魂の状態が平衡でなくても魔法は発動出来る。

 しかし自分を常に平衡に保てる魔法使いは、続けさまに魔法を発動したり、違う魔法を発動する際の切り替えが容易だという利点メリットがある。

 その魂の緊張を緩め、平衡さを保つ為の訓練がリラクゼーションなのである。


 リラクゼーションにはいろいろな方法があるが、このヴァレンタイン魔法女子学園では大きく分けてふたつのやり方を採用している。


 ひとつはイメージトレーニングである。

 これは、各自の適性である属性の風景を思い浮かべ、心の安定を図るものである。

 なかなかイメージが湧かない場合、補助者が付く事もある。

 補助者は、その自然の情景を語れる者が望ましい。


 もうひとつは入浴や沐浴だ。

 水属性の魔法適性が無くても身体を水の精霊ウンディーネに預ける事で、水の浮力による身体の負荷の軽減、風呂であれば湯による体温の適度な上昇などでリラックスする事が出来る。

 

 これは地球の現代でも同じであろう。

 もし大掛かりな物がなければ、沸かしたお湯を適温にして足を浸かる、いわゆる足湯だけでも構わない。


 魔法女子学園学生寮の地下には1度に30人程度入浴出来る、温泉風の大浴場が備えられている。

 湯船も一度に15人は浸かれる大掛かりなものだ。

 寮生でない生徒でも、決められた授業時間に教師立会いの下、限定で使用出来るので人気は高い。

 温泉風といったのは、この世界の風呂は多くが地球で言う西洋風の風呂であり、身体を浴槽の中で洗う物だったからである。


 今日に関して言えば浴場は使用せず、自然の風景を思い浮かべてのイメージトレーニングを行ない、足湯を行なう事になっている。


 しかし彼女達、生徒が大いなる自然の風景に直に触れる事は殆ど無い。

 多くは書物や伝聞からしかないのだ。

 

 何故なら、この世界は危険に満ちている。

 魔物や魔獣は勿論、山賊や野盗などによる被害も多い。

 

 魔法女子学園生徒のような比較的裕福な者達は、金目当ての彼等からすると格好の獲物であり、彼女達は滅多な事では王都から出る事はないのだ。

 

 生徒達は早速準備にかかった。

 足湯用の桶を用意し、湯を注ぐ。

 そして各自が図書館から借用した学園所蔵の書物を手元に用意し、挿絵を見ながら美しい自然の風景に思いを馳せる。


 そんな中、オレリー・ボウは生まれてから今まで出た事のない王都の外に思いを巡らせていた。

 彼女は平民であり、母ひとり子ひとりで暮らしていた。

 母は病弱でまともに働けず、生活は苦しい。

 

 ある時オレリーに魔力が常人以上にあるのが分かり、魔法使いとなる選択肢が出来た。 

 魔法使いとなり、貧しい生活から抜け出したい……

 オレリーは、いろいろ調べた結果、魔法女子学園の特待生制度を知った。

 

 そもそも、この世界で魔法使いは貴重な存在だ。

 人々はまず生活魔法を覚える事を目指す。

 

 生活魔法とは文字通り、料理に使える火を起こしたり飲料用の水を出す簡単な魔法である。

 魔力があれば殆ど誰でも行けるレベルといわれていた。


 問題は魔法使いとして、その上……

 中級以上の階級クラスに進めるかどうかで運命が決まる。


 何故ならこの国は勿論、他国でも、優れた才能を持つ攻撃、防御、回復魔法の遣い手は引っ張りだこ。

 また特殊な魔法の部類に入る召喚、錬金術、占術、そして魔道具作成もその才能が開花すれば、普通の職業に比べて考えられないくらい多額の収入を得る事が出来るのだ。

 

 オレリーはそんな将来を夢見て並外れた努力をし、入学金、授業料免除の特待生としてこの学園に入学した生徒なのである。


 しかし入学してからオレリーが感じたのは、今まで暮らして来た生活環境の違いであった。

 

 貴族の子女達の上品さ、華やかさ。

 商家の子女達の余裕でしたたかな態度。

 

 いずれも平民の自分には無い物だ。

 挨拶くらいは出来たが話題が全く合わない。

 自然とひとりで居る事が多くなった。

 いわゆる『ボッチ』である。


 またオレリーは女子としても、自分には『華』が無い事を実感していた。

 彼女も年頃の女の子である。

 男性からどう見られるか、気にならないわけがない。

 かといっていつか自分の下へ、白馬に乗った王子様が現れるなどと信じる程、夢想家ではなかった。

 

 顔立ちは普通であると思っていた。

 だが他の『華』のある子と比べたら取り立てて『美人』というわけでもない。


 こうなると、もう自分には『魔法』しかない!

 入学以来、黙々と自分を磨いて来た。

 

 そんな時に、突如現れたのがルウであった。

 

 生徒達は勿論、様々な方面から聞こえて来る噂によれば……

 素晴らしい魔法の才で、この学園の校長代理であるフランシスカを助けたのが縁となり、この魔法女子学園に臨時教師とて招かれたと言う。

 

 何と!

 ルウは自分と同じ平民……

 しかもろくに学校さえ行っていないらしい。

 

 これだ! この人だ! 

 オレリーは、そう思った。

 まさに自分の夢を体現している人なのだと。


 しかしオレリーにとって、ルウの初印象はあまり良いものではなかった。

 講習中に、自分のペースで勉強をしていたら彼から注意をされたからだ。

 

 最初は、はっきりいって不快であった……

 だが、ルウは自分に注意した後、あの鼻持ちならないジョゼフィーヌにも、はっきり注意したのだ。

 そう身分を問わず、全く同じ様に分け隔てなく……

 

 だからオレリーはその後の実習の際、思い切ってルウへ話し掛けてみた。

 すると……ルウはやはり予想通り、一緒にやろうと微笑み掛けてくれた。


 オレリーは、とてもうきうきしていた。

 初めて授業が楽しかったから。

 こんな事は、今迄無かった事なのだ。

 授業に臨むのが、とても楽しみになった。


 でも……と、オレリーは思う。


 私には分かっている。

 ……フランシスカ先生は……ルウ先生の事が好きだ……

 態度ではっきり分かる……間違い無い。

 

 でも構わない……

 言い方が妥当では無いけれど……

 私にとってルウ先生は……は高嶺の花だから。

 遠くから見ているだけで満足しよう……


 オレリーが、ぼんやりとそんな事を考えていた時。

 いきなり声が降って来た。


「オレリーはと……確か水の魔法属性だったな?」


「ええええっ! そ、そうです」


 驚いたオレリーが見れば、そこには屈託の無い笑顔を向けるルウの姿があった。


「良かったら、一緒にやってみよう」


「へ、へっ!? わ、私と?」


「ああ、そうだ」


 オレリーを見つめながら微笑むルウを見て、彼女は思わずどきりとする。


「……は、はい……」


 ごくりと唾を飲み込むと、オレリーは掠れた声で返事をし、頷いた。


 こうして……

 ルウが手伝う、オレリーのリラクゼーションによる訓練が始まった。


 オレリーは、ルウから目を閉じるように指示をされる……

 言われた通り、彼女は静かに目を閉じた。


「俺の育ったアールヴの里……近くの森には、小さな泉がある……」


 目を閉じたオレリーの耳に、ルウの声が優しく響いて来た。


「底まで見渡せる……凄く透明でとても綺麗な泉だ。豊かな水量が沸々と湧き上がっている。けして大きくはない泉だが……厳かな雰囲気の、とても静かで落ち着ける場所さ」


 オレリーは、ルウの言葉通り、森の中の美しい泉を思い浮かべる。

 

「そこには……いろいろな動物が水を飲みに来る。だが、水の精霊ウンディーネが禁じている事もあってそこでは一切の争いが無い」


「…………」


「アールヴも魔物も動物も……仲良く泉の水を飲んでいるんだ」


 静かな森にある美しい泉は……

 水の精霊ウンディーネが支配する、一切の争いが無い理想郷……

 

 オレリーはそう自分に呼び掛けながら、軽いトランス状態へと入って行く。


 その瞬間。

 オレリーは生まれて初めて……

 全てのしがらみから解放されていたのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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