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第607話 「ノースヘヴンで課外授業を⑤」

「い、急ぐぞ! リー、じゃない! アリス!」


「もう! ジゼル姉ったら、気持ちは分かりますけど、悪徳商店を懲らしめるのは、この勝負をつけてからでも遅くはなかったですよ」


「確かに! 言われてみればお前の言う通りだな……ちょっとだけ反省したぞ」


 ジゼルとリーリャはさすがに焦っていた。

 ルウから言われた制限時間1時間のうち、もう30分以上が過ぎてしまっている。


「む!?」


「ジゼル姉も波動を感じました? あの店……当ってみましょうか?」


 2人が感じたのは真摯で前向きな人間の魔力波オーラであった。

 それも激しくたぎる大きな力を感じたのである。


「よしっ! 時間もないし、早速行ってみよう!」


「はいっ!」


 2人が向ったのは、敷物をじかに地面に敷き、商品を並べた簡素な店であった。


「ああ、いらっしゃい! 掘り出し物がたくさんあるよ。気に入ったら買ってくれれば良い」


 人間族の男性店主がにこやかに笑ってお辞儀をした。

 彼は未だ若く少年と言って良い。

 年齢は10代半ばを少し越えたくらいであろう。

 だが彼は商人という雰囲気ではない。

 革鎧を身に纏い、ショートソードを腰に差す冒険者という出で立ちである。

 

「ほう! 店主、……貴方は冒険者か?」


 ジゼルはルウ抜きでまともに冒険者と話すのは初めてだ。

 来年、ルウと共に冒険者稼業に身を投じてみたいと熱望しているだけあって、興味津々である。

 

 店主の少年はその質問に慣れているらしい。

 即座に肯定したのである。


「そうさ、そしてこの店も俺の所属するクランアルドルの直営店なんだ」


「クランアルドル?」


 ウェーブのかかった豊かな金髪。

 目鼻筋が通った美しい顔立ち。

 きりりと引き締った口元。

 ダークブルーの美しい瞳が物憂げに少年を見詰めている。


 店主の少年は改めてジゼルを見てどきりとした。

 彼女の風貌が昔、街で見かけて憧れた貴族の美しい少女に酷似していたからだ。

 それが彼の初恋でもあった。


「あ、ああ、アルドルっていうのは情熱っていう意味さ」


 少年はごくりと唾を飲み込むと一気に自己紹介をした。


「お、俺はトビアス・バーディ。クランアルドル所属のシーフ兼鑑定士さ。クランアルドルはこのノースヘブン……いやロドニアじゃあ名の知れたクランだ」


 盛大に噛みながら名乗った少年=トビアスは自分という存在を大きく見せようとする。

 しかし貴族の少女=ジゼルの反応はあっさりしたものであった。


「クランアルドル? ……知らんな。アリス、お前は知っているか?」


「いいえっ!」


 妹分のリーリャまで追随したのでトビアスは落胆したが、ここでこころを折ってしまったら、店の信用にも係わるので何とか踏み止まった。


「ぐう! どうやら、ま、まだ知る人ぞ、知るクランのようだな! だが、直ぐに名前が鳴り響くだろう」


 トビアスは精一杯の虚勢を張るがジゼルにはお見通しであった。

 しかし以前のジゼルと違って必要以上に貶めないのが彼女の成長のあかしである。


「ふむ、そうか……確かに中々のクランのようだ。私が見る限り、結構なお宝が並んでいる。ただこちらには余り時間が無い。早速選ばせて貰うぞ。値段は……金貨5枚均一か?」


 並べられた商品の横に置かれていた紙に大きく『こちらの商品全て金貨5枚均一!』と書いてある。

 値段の表記を見たリーリャも満面の笑みを浮かべている。

 これで最悪ともいえる不戦敗は免れそうだからだ。


「予算もぴったりですね! ジゼル姉、私も選んでみて良いですか?」


「ああ、良いぞ」


 ハイタッチした2人は敷物の上の商品を物色し始めた。

 鋭い視線が敷物の上を走る。


 ――10分後


 ジゼルとリーリャ……2人の意見はまとまったようだ。


「ジゼル姉、自分で選んだ商品を同時に指で差しませんか?」


「ああ、良いぞ!」


「じゃあ、行きますよ。いっせ~の……」


「「せ!」」


 ジゼルとリーリャが指差したのは数ある中で、同じ銀製の指輪であった。

 思わず2人は顔を見合わせ、会心の笑みを浮かべたのだ。

 その様子を見ていたトビアスは感嘆した。


「さすがだな! その指輪はこの店で最高の値段……審美眼は文句無く合格だ」


「合格?」


「いや……何でもない! じゃ、じゃあ買うのだな?」


「ああ、買わせて貰う! 念を押すが……本当に金貨5枚で良いのだな」


「OKだ! それとひとつお願いがある。少し貴女と話をしたい」


 トビアスはジゼルを真っ直ぐ見詰めている。


「ふむ……何か理由わけありのようだな? 良いだろう! アリスよ、時間が無い。買った商品を持って先に戻ってくれないか?」


「ジゼル姉……分かりました、先に戻ります」


 去って行くリーリャの後姿を見送ると、ジゼルはトビアスに向き直る。

 トビアスは改めてジゼルを見詰めた。


 本当にい女だ……

 そしてさっきから気になるが、この身のこなし、只者じゃあない!


 シーフという職業柄、トビアスはジゼルが武技を習得している者と見抜いていたのである。


「店主! 貴方の話は大体想像がつく。私達をクランアルドルに誘いたいというのだろう?」


「そ、そうだ! この店はその為の店でもある! 良いお宝を並べてクランアルドルの素晴らしさをアピールすると同時に、人材の獲得をする目的があるのさ」


「ほう! 確かに目の付け所は良い……」


 このような店を出してクランのアピールと人材獲得を行う。

 ジゼルは感心しているようだ。

 トビアスは胸を張ると肝心な事を聞いていない事に気付く。


「そうだろう! そういえばまだ名前を聞いていなかったな?」


「ジゼル・ブランデルだ」


「ジゼルか……良い名だな。じゃあ改めて聞こう。ジゼル、我がクランへ入らないか? その身のこなし、かなりの腕と見た、歓迎するぞ!」


 トビアスは単刀直入に切り出した。

 彼は相手を見て遠回しに言わない方が良いと思ったようだ。


「結論から言えば、私もアリスもノーだ。2人とも未だ学生である事、そして私に関しては今年卒業したら来年は別のクランに入る事が決まっているからだ」


「むう……」


 ジゼルにあっさり断られたトビアスは思わず唸る。

 しかし彼は直ぐに諦めなかった。

 それは約2年に渡る、冒険者生活で彼が得た最後までベストを尽くす『粘り』である。


「じゃあこれも聞いてくれ」


「ん?」


「俺は冒険者をやって腕を磨き、金を稼いだらそれを種銭にして商売を始めたい。そしていつかはザハール・ヴァロフさんのように商売をする事で国を動かせるような力を得たい。ヴァロフ商会は俺達のような庶民の為も含めて国全体の為に働いているからだ」


 ザハールの名は彼の実績と共に広く知られているようだ。

 そしてザハールのこころざしとその仲間達が働く意図もしっかりと認識されている。

 それは素晴らしい事だ!

 ジゼルはそんな事を考えていた。


「ジゼル! 君にそんな俺の手助けをして欲しいのだ」


 トビアスの言葉は聞きようによっては恋の告白とも取れなくはない。

 ジゼルは少し考えた末にトビアスに同意した。

 それは彼の『考え方』にである。


「確かに素晴らしいこころざしだ。そのような男の手助けをするのは女冥利に尽きるだろう」


「で、では!」


 勢い込んで答えを待つトビアス。

 だがこちらに関してもジゼルの返事はあっさりしたものであった。


「済まないが、私にはこころに決めた人が居る。それに既にその人と結婚しているのだ」


「へ!? ジゼルが結婚している!?」


 トビアスは吃驚した。

 自分と同じくらいの年齢、そしてまだ学生である少女が既に人妻であったからだ。


「ああ、素晴らしい旦那様だ。私はこころの底から愛している……もう将来への道も色々と考えているのだ」


 ジゼルの『ノロケ』が炸裂し、トビアスは理由を想像して溜息を吐く。


「……そうか、君は貴族のようだし、相手も貴族だろうな?」


 良く考えてみれば、ジゼルは貴族に間違い無いであろう。

 で、あれば相手も貴族であろうし、早婚も不思議ではない。

 しかしジゼルの返事は意外なものであった。


「いや! 旦那様は平民だ。だが素晴らしい人なんだ!」


「平民!?」


「ああ、そうだ! 志が素晴らしければそれを理解し、励ましてくれる女は必ず居ると私は思う。そうして生まれた愛は私と旦那様のように身分など簡単に超越するだろう」


「……素晴らしいこころざし……か」


「そろそろ時間のようだから、私は行かなくてはいけない。頑張れよ、トビアス!」


 ジゼルはにっこり笑うときびすを返して歩き出し、あっという間に雑踏に消えてしまう。


「二度目の恋も駄目だったか……でも彼女はやはり美い女だな」


 去って行くジゼルの背中を見詰めて呟いたトビアスであったが、何故か彼のこころは爽やかな思いで一杯だったのだ。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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