第606話 「ノースヘヴンで課外授業を④」
逞しい身体と華奢な身体、対照的な2人の美しい少女が寄り添いながら歩いている。
ジゼルとリーリャの組だ。
「改めて宜しくな、リーリャじゃなかった、……未だアリス……だったな」
「はいっ! ジゼル姉!」
元気良く返事をするリーリャにジゼルは目を細めた。
典型的な体育会系のジゼルは元気な返事が大好きなのだ。
「ははは、お前はヴァレンタインへ戻って帰化の手続きを終わらせれば私達と一緒に住む事になる。異国の人間となって暮らすのは色々と不安もあるだろうが、旦那様や私達が居るから大丈夫だ。何かあったら直ぐ私に相談すれば良い!」
「ありがとうございます! ジゼル姉が居れば本当に心強いです!」
「そうか! 少なくとも腹黒女狐よりは頼りになるのは保証しよう」
リーリャに誇らしげに言うジゼル。
彼女は遠回しにナディアより自分を頼るよう、リーリャへアピールしているのである。
「うふふ、分かりました!」
「うむ! 分かれば宜しい!」
自分の言葉を肯定されて嬉しそうに頷くジゼルであったが、急に表情が大きく曇る。
「さて、この度の勝負における我が隊の戦略だが、現状では私が不甲斐ないばかりにお前の足を引っ張るかもしれぬ」
大きくトーンダウンしたジゼルにリーリャは驚いた。
強気一辺倒のジゼルには珍しい事だからだ。
「不甲斐ないってどういう事ですか? ジゼル姉」
「ああ、言った通りだ。私はフラン姉や腹黒女狐と違って魔法鑑定士の資格どころか、鑑定魔法でさえ習得していない。これは大きなビハインドだろう」
しみじみと話すジゼルは以前のように全てにおいて自信過剰ではない。
自分を客観的に見る事が出来るようになった事が、彼女の成長した証でもあるが、こんな時にさりげなくフォローするのがリーリャの才能である。
その丁寧で思い遣りのある物言いは王族とは思えない。
「それは私も同じです、ジゼル姉。未熟者ですが、頑張りますから宜しくご指導下さい」
「リー……、いや、アリス。……ありがとう!」
「うふふ、でもジゼル姉。旦那様の話だとこの『蚤の市』は普通のお店と違うみたいですね」
さりげな話題を変えるのも彼女の気配りである。
そして年上のジゼルを自然にリードする様はさすがに王族の風格だ。
「普通のお店と違う?」
「はい、そうです。普通のお店では当り前の買い物しか出来ません。基本的に金貨5枚なら金貨5枚相当の買い物が行えるだけです」
「うむ、確かに普通の店はそうだな」
「だけど蚤の市は違います。ここでは値段があってないようなものだと私は理解しました。そして私達は魔法使いです。今ある能力を使い、夢と希望を持って買い物を楽しめれば良いと思います」
「ほう! 今ある能力を使い、夢と希望を持って買い物を楽しめれば良い……か」
リーリャはにこにこと笑っている。
この蚤の市では勝つ機会があるのだ。
ジゼルは先程のネガティヴさが徐々に無くなって、気持ちが前向きになるのを感じた。
「……その通りだな。よしっ! では2人で勝利に向けて頑張ろうか」
「はいっ! ジゼル姉の手を確り握って良いですか?」
こうなると小さな手を差し出すリーリャがジゼルには愛おしくて堪らない。
「おお、良いぞ! この人混みだ、逸れない様にぎゅっと私の手を握れ! ぎゅっと、な!」
「はいっ!」
ジゼルとリーリャは混雑する蚤の市の中を、確り手を繋いで歩いて行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ジゼル姉、旦那様から折角、魔力波読みを教わったのですから、使わない手はありません」
「そうだな! まずはそれで交渉する店を絞ろうか? 勝者の詠唱は短縮化出来るか?」
「はいっ!」
ジゼルとリーリャの作戦は決まった。
魔導拳の奥義――魔力波読みで優良な店主の店を探そうというのである。
日々の訓練でジゼルとリーリャは呼吸法のレベルも上がっていた。
あっという間に2人の魔力は高まって行く。
「「勝者!」」
小さな声で決めの言霊を詠唱したジゼルとリーリャは勝者の魔法を発動させると広場を見渡して行く。
「意外に広い……それにしても様々な人が居るな……」
「はい! 感じます、色々な想い……そして邪な思惑……」
やはり優良店もあれば……偽物を掴ませようという悪質な店もあるようだ。
「むう! 邪な思惑……あいつか? 来いっ! リーリャ!」
どうやらジゼルは悪質な店を見つけたらしい。
しかし彼女が今呼んだ名前は妥当ではない。
「ち、違います! 私はアリスです」
本名で呼ばれ、必死に否定するリーリャ。
しかし興奮したジゼルの頭の中は悪質な店に向かう事だけであり、それ以外の事に考え及んでいないのだ。
「ああ、そうだったな! まあ大きな問題ではない。それより、悪即斬だ! とにかく行くぞ、懲らしめてやる!」
「え? ジゼル姉!? 本当に行くのですか?」
ジゼルの言葉を聞いたリーリャは吃驚した。
悪質店の糾弾より、今は課外授業の最中で勝負を優先すべきであるからだ。
しかしこうなっては誰もジゼルを止められない。
「当然だ! あの詐欺親爺め! 不届き千万な奴だ!」
「わぁお!」
ジゼルはリーリャの手を掴むと、特定した悪質店へ突進して行ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ジゼルが特定した悪質店は2人が歩く正面にある。
屋根がついた屋台という趣きであり、魔道具らしい様々な指輪や古文書が並べられていた。
「おお、可愛いお嬢さん方、いらっしゃい! じっくりウチの商品を見て行っておくれ」
「むむむ!」
厳しい目で睨みつけるジゼルだが髭を生やした人間族の男性店主は丁寧な接客だ。
一見してこの店が悪質な店という雰囲気は全く無い。
「おや? どうしました? 顔が怖いですぞ、背の高い金髪のお嬢さん……でも、これも何かの縁ですな」
にっこりと愛想笑いする店主は甘い?セールストークを吐いて来る。
しかし甘い言葉の裏に潜む本音をジゼルとリーリャはしっかりキャッチしていたのだ。
「貴女方だけに、当店のとっておきの品をお売りしましょう」
(世間知らずの貴族の餓鬼女か? こういう騙し易い奴に掴ませて大儲けしてやるぜ)
「くわっ!」
店主の魂の声が聞こえたジゼルは怒りの余り、大きく目を見開いた。
興奮したジゼルを鎮めようとリーリャが叫ぶ。
「わぁお! ジゼル姉! お、落ち着いて!」
「ど、どうかされましたかな? 本当に貴女方は運が良い。いわばおふたりは偉大なる神に選ばれたと言っても良い!」
(誰にでもそう言っておけば、バカみたいに喜ぶからな)
「ぐぐぐ……」
「おや、ご気分でも悪いのですか? お売りしようと思っている品は貴重な骨董品です。この機会を逃したら、2度と手に入りませんぞ!」
(こんなどこにでもあるものは売れたらまた仕入れてやる、魔法で上手く加工すれば、いかようにも古く見せられる……ははは、こいつらから美味しく稼ぐぞ!)
「にゃにおう! もう許せん!」
「ジゼル姉!」
放っておいたら、店主を殴りかねないジゼルをリーリャが慌てて止める。
しかしアリスに変化したリーリャではないが、これこそが擬態だったようだ。
ジゼルの口調が一変すると、彼女はぞっとするような冷たい笑みを浮かべ、店主にきっぱりと言い放ったのだ。
「店主! 良い提案があるぞ! 我が夫は魔法鑑定士、それもS級の鑑定士だ。貴方の商品を鑑定して貰おうと思うが……いかが」
「へ!?」
いきなりの提案に驚く店主。
ジゼルの冷静な逆襲が遂に始まったのである。
「私は店主の誠意を信じてはいるが、一応真贋を確認させて貰う……その代わり本物だったら言い値の倍で買おう。だが、もし偽物だったら官憲に訴える。詐欺容疑でな……」
「あうううう……」
「ふふふ、店主、大丈夫か? だいぶ顔色が悪いようだが?」
容赦ないジゼルの言葉に店主はどんどん追い詰められて行く。
「どうした? 真っ当な商売をしているならビッグチャンスだ。売上げが倍になるのだぞ!」
「ううう……か、勘弁してくれぃ!」
「やっと正体を現したようだな……せめてもの情けだ、自首しろ! まだ罪が軽くなるぞ!」
ジゼルが促すと、逃げ場の無い店主はがっくりと膝を突いてしまったのであった。
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