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第605話 「ノースヘヴンで課外授業を③」

 勝負?開始から30分が経過した。

 フランとジョゼフィーヌの組は未だ何も目的の商品をゲット出来てはいなかった。

 しかし宝石ジェムでの決め打ち勝負で覚悟を決めた2人に焦りの色は無い。


「あら! ジョゼ、あのお店……良いかも!」


「え? あ、あのお店ですね!」


「そうよ!」


 フランとジョゼフィーヌの2人が見つけたお店とは……

 1人の老婦人が黙ってぽつんと立っている店であった。

 老婦人からは清冽な魔力波が流れ出ていた。

 彼女は誠実な人柄だという証である。


 店の方は古ぼけた木製の台を展示台にして、甲板に被せられた使い込んだ敷物の上には様々な美しい宝石が置かれていた。

 

 しかし、その店は他の店と比べるといかにも地味であった。

 客引きも呼び込みもしないせいか、店には他に客が居なかったのである。


 そんな自分のお店を目指して来るフラン達に、店主である老婦人は気付いたようである。

 2人が老婦人を良く見るとフランの事を孫のように可愛がって貰っているドミニク・オードランに良く似た雰囲気の女性である。


「あらあら! いらっしゃい、可愛いお嬢さん方」


「ええと……私達ヴァレンタインから来たのですが、宝石を見せて頂いて宜しいですか?」


「どうぞ! ゆっくりと見ていって下さいね」


 老婦人は優しく微笑んでいる。

 そんな老婦人に申し訳ないと思いながら、フランは僅かに顔をしかめた。


「それが……そんなにゆっくりもしていられないのです」


「そうなの? だけど宝石を選ぶ時は魂を落ち着けて、じっくりと見た上で自分に1番合う石を選ぶのが私は良いと思うけれど」


「店主さん……確かに貴女の仰る通りです。実は事情がありましてとても急いでいるのです」


「はい! ではお時間の許す限りご覧になってはいかがですか」


 不躾なお願いに対して詳しい理由を聞かず、ゆっくりと宝石を見て構わないという老婦人。

 フランとジョゼフィーヌはありがたくて思わず大きな声で御礼を言っていた。


「「ありがとうございます!」」


 フラン達は展示台の上に載せられた様々な宝石をどんどん見て行く。

 先程の店主同様、何故かこの老婦人の店においても値札は付いていなかった。


「これは!?」


 沢山並んだ宝石は皆、逸品揃いであり、フランはつい目移りしてしまう。


「綺麗! ……全部、素敵ですわね!」


 片やジョゼフィーヌも、とある美しい宝石に目を奪われていた。


 実際、このような蚤の市へ何故出店するのかと思うくらい見事なコレクションである。

 フランが見ても宝石の種類や数が豊富であり、まとめて宝石商へ売れば莫大な金額になる事は確実だ。

 その上、A級魔法鑑定士の眼で見る限り、いくつかの宝石には魔法も付呪エンチャントされて更に価値が上がるものまで含まれている。


 老婦人は相変わらず柔和な笑みを浮かべていたが、フラン達が一通り見終わったと判断して声を掛けて来た。


「どうでしょう? お気に召した宝石がありまして?」


「はいっ! でも……」


 フランが口篭ったのを見て老婦人にはピンと来たようだ。


「分かるわ。気に入ったけど、予算が限られている? そうなのでしょう」


「その通りです。加えて気になった事があるのですが……」


「何でしょう?」


「何故『蚤の市』なのですか? これだけのコレクションは宝石商に売れば適正な価格で纏めて買い上げてくれるのに……」


 フランは先程から思っていた疑問を老婦人に投げ掛けてみた。

 しかし老婦人の返事は意外なものであった。


「それは、ね。この宝石達は私が気に入った人に売りたいからなの」


「気に入った人に……ですか?」


「ええ、そうよ」


 老婦人に自分の宝石を売って、金を儲けるという気持ちは一切無いらしい。

 彼女の言葉を聞いたフランのこころの中につい好奇心が芽生えてしまう。


「……立ち入った事をお聞きして申し訳ありませんが、宜しければ教えて頂けますか?」


「良いですよ……この宝石達はね、今は亡き夫から私がプレゼントされた物なの……結婚記念日や誕生日だけじゃあなくて様々な記念日を創って貰ってね」


「様々な記念日?」


「ええ! 子供が生まれた日は勿論、夫が初めて私と出会った日とか、重い病気が治った日もあったわ」


 老婦人は嬉しそうに語っている。

 自分の事を何かにつけて気にかけてくれた夫の優しさ。

 愛する夫は亡くなっても彼女の中には彼との素晴らしい思い出がしっかりと生きているのだ。


 傍らでフランと老婦人の話を聞いていたジョゼフィーヌの記憶に父ジェラールから良く聞かされた話が甦って来た。

 目の前に置いてある、亡き母ベルティーユが気に入っていた美しい宝石――紫水晶と呼ばれた宝石、アメシスト。


 ジョゼフィーヌが母の思い出を辿っている間にもフランと老婦人の話は続いている。


「私が亡くなったら子供達はこの宝石達を好き勝手に売ってしまうに決まっている。そうなったら誰の手に渡るかも分からない……そんなの私はとても嫌だった。夫との思い出が壊されてしまうようで……そう! 夫の優しい気持ちが失われてしまうようで……」


 切々と語る老婦人の気持ちが今のフランなら分かる気がした。

 いつか死が訪れて自分とルウを引き離したとしても、思い出だけは失いたくないのだ。

 そして自分も現世から居なくなる時には?


「だから貴女が気に入られた人に?」


「そうなの! 私の思い出を押し付ける気は全然無い。だけどこの宝石を気に入って大事にしてくれる人に譲りたい。それがせめてもの夫への私の感謝の気持ち……」


「……無理をお願いしてお話して頂きありがとうございます。私、ぜひ買わせて頂きたいのですが……」


 自分の思い出を継いで欲しい……

 老婦人の宝石を売る理由を聞いたフランは絶対に彼女から買いたいと決めていたのである。

 一方、老婦人もフランが気に入ったようであり、大胆な発言が飛び出した。


「ありがとう! どの宝石が欲しいの? 値段は気にせず正直に言って頂戴」


「ええと……正直に言いますと……そのルビーが欲しいのですが……お金が全く足りません」


「お金は良いけど……理由を聞かせてくれる? 何故ルビーが欲しいと思ったの?」


 老婦人は本音で話してくれている。

 だからフランが理由として真っ先にあげた理由は正直な本音であった。


「ええ、私と彼女は同じ夫を持つ妻なのです。だけど彼は私達を平等に愛してくれます。だから嫉妬心を持たないようにって……」


「うふふ、可愛いわね!」


 老婦人も身に覚えがあるのだろうか、小さく頷きながら笑っている。

 フランはすぐやきもちをやいていた昔の自分を思い出して、少し恥ずかしくなり、他の理由も挙げて行く。


「そ、それにルビーは本来、愛と勇気、そして情熱をもたらす宝石です。私達家族がそのような気持ちを少しでも持てて頑張れるようにって!」


「その通り! 素晴らしいわ!」


 老婦人に賞賛されて切り出しにくそうなフランであったが、肝心な予算の事を避けて通るわけには行かなかった。


「だけど……ええと、実は予算が金貨5枚しかないのです」


「良いわ! 金貨5枚でこのルビーをお譲りしますよ!」


 フランは吃驚して目を大きく見開いた。

 老婦人は信じられない値段で自分へ高価なルビーを譲ると言っているのだ。


「そんな! 私、実は魔法鑑定士A級なんです。このルビーは石の価値だけで金貨50枚、その上、破邪の付呪魔法がかかっていますから少なくとも金貨100枚の価値があります。こちらは正価で買わせて頂きますので、金貨5枚の方は違う宝石にして下さい!」 


「時間といい、予算といい、何か理由があるみたいね……うふふ、ますます気に入ったわ。こうなったら大サービスよ、ルビーの価格は金貨5枚で決定。更にもうひとつ好きな宝石を譲りますよ……そこのお嬢さん!」


 老婦人はいきなりジョゼフィーヌに声を掛けた。


「え!?」


「さっきからずっとアメシストを見ていますね。そんなに気に入ったのなら、それ差し上げますよ!」


「は、い~っ? …………」


 対価を無しに宝石が貰える?

 ジョゼフィーヌは思わず絶句してしまう。


 老婦人の好意をここで断るのも良くないだろう。

 そう判断したフランはジョゼフィーヌへ御礼を言うように促した。


「ジョゼ! 奥様に御礼は?」


「ああああ、ありがとうございます! な、亡くなった母が好きな宝石だったものですから!」


「あ!」


 今度はフランが小さな叫びをあげた。


 何気に見た愛用の魔導懐中時計の針はタイムリミットまであと10分しかなかったからである。

 フラン達はつい老婦人と話していて『盛り上がって』しまったのだ。

 視線を走らせると少し離れた所にバルバトスが佇んでいた。

 彼はフランと目が合うとにっこりと笑う。

 安心して護衛を任せろという意味に違いない。


「ジョゼ! もう時間だわ。商品を受け取って急いで旦那様の所へ戻ってくれる? 私は奥様ともう少し話をするから」


「はいっ! フラン姉! 奥様! 本当にありがとうございましたっ!」


 ジョゼフィーヌは改めてアメシストを貰った礼を言い、商品を受け取るとぺこりと頭を下げ、慌てて走り出した。

 その後をバルバトスがすっと着いて行く。

 彼女の帰り道はこれで安全だろう。


「ふふふ、あの娘も良い子ね……もしかして貴女達の他にも奥様がいらっしゃるの?」


「実は……あと6人居ます……旦那様の妻は8人居て私が1番年上なのです」


「うふふ、それは大変ね!」


「いいえ、にぎやかで楽しいです。皆、仲が良くて姉妹みたいで……それよりも本当に良いのですか? ……お金」


「良いの! 今日は貴女達と会えて良かったわ。そうだ! 貴女にもこれを差し上げます」


「え?」


 老婦人は自分のバッグから小さな箱を取り出した。

 どうやら売り物ではない宝石らしい。


「夫から貰ったアミュレットの中でも気に入っているひとつなの。……エメラルドよ」


「そんな!」


「ぜひ貰って! 貴女なら私の気持ちをとても分かってくれるわ。そしてこれからも妻達の牽引役、纏め役として大変でしょうけど頑張ってね!」


 老婦人は無理矢理フランに宝石箱を握らせる。


 そしてフランが恐縮して受け取ると、こころの底から嬉しそうに微笑んだのであった。


ここまでお読み頂きありがとうございます!

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